京都府京都市
2025.03.11 (Tue)
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サステナブルな価値観が重視される近年、金継ぎの「長く使い続ける」という文化が改めて注目を集めています。そんな中、大切なうつわを修繕し、思い出とともに次世代へつなぐ「金継ぎサロン」が大丸京都店にオープンしました。このプロジェクトには、単なる修復にとどまらない、モノへの想いと新たな価値観が込められています。サロンの立ち上げに関わった2人に、その背景と金継ぎを通して伝えたい想いをうかがいました。
欠けや割れが生じたうつわを漆で修復し、金粉などで装飾を施す、金継ぎ。この技法は単なる修復という目的だけでなく、「モノに新たな命を吹き込む」という側面もあるため、持続可能な社会へ貢献することにつながり、国内外で認知が広がっています。
2024年3月、大丸京都店は4階リビングフロアに「大丸金継ぎサロン」をオープンしました。京都市内の金継ぎ工房「リウム」の協力のもと、お客様の大切なうつわを修繕する新しいサービスを展開しています。
モノを販売する百貨店がなぜ「金継ぎサロン」をオープンすることになったのでしょうか。その背景には、大丸松坂屋の「モノそのものだけではなく、形のないモノにも価値がある」という精神が深く息づいていると大丸松坂屋百貨店 美術担当バイヤー・松島孝治は語ります。
「大丸金継ぎサロン」の企画を担当する大丸松坂屋百貨店 美術担当・松島孝治
「コロナ禍を経験して、モノとの関わり方を見直すようになりました。自分にとって本当に必要なモノは何か、どのような形でモノと関わるのが幸せなのかを考えた人もいるのではないでしょうか。例えば洋服やクルマは、破れたり壊れたりしても修理することで長く使い続けることができます。しかし、うつわは割れたり欠けたりすると、捨てるか、そのまま置いておく人が多かったのではないでしょうか。
大丸・松坂屋では、これまで多くのうつわを販売してきましたが、破損したために泣く泣く手放された方もいらっしゃったことでしょう。金継ぎで修繕すれば、世代を超えて長く使い続けることができます。さらには、美しい金継ぎの装飾が、アートとして新たな価値を加えてくれます。モノの価値をさらに高めることができる金継ぎという手段をお客様にお届けしたいと強く思いました。」(大丸松坂屋百貨店 美術担当・松島孝治、以下松島)
リウム代表・永田宙郷さん
一方、金継ぎ工房「リウム」の代表・永田宙郷さんは、コロナ禍真っ只中の2021年、当時の大丸松坂屋百貨店の澤田太郎社長と話す機会があり、その際に「金継ぎはどの百貨店でも行っていない。ぜひ手を組みたい」と提案したといいます。
「大丸松坂屋さんは、世界中から質の高いモノを集めて販売するだけでなく、モノにまつわる『モノ語り』を伝えるストーリーテラーであったらいいなと感じています。工芸の世界では、作家や職人の名前が表に出ることが少ないため、モノだけを目の前にして歴史や文化を語るのは難しいと感じていました。しかし、大丸松坂屋さんには長い歴史があり、長年にわたって信頼関係を築いているお客様がたくさんいらっしゃいます。大丸松坂屋さんなら金継ぎを通して、『モノ語り』を語ることができると思ったんです。」(リウム代表・永田宙郷さん、以下永田さん)
大丸松坂屋の「形がないモノにも価値がある」という精神と、それを金継ぎという技術で体現する「リウム」。互いの理念が響き合い、「大丸金継ぎサロン」が誕生しました。日本では、衣類と同じようにうつわを修繕して長く使う考え方は自然に受け入れられています。しかし、海外にはこうした文化はほとんどなく、金継ぎは日本独自の価値観だと永田さんは語ります。
「日本には約800の工芸技術があるといわれていますが、その多くは中国がルーツ。しかし、金継ぎと刃物の技術だけは、日本独自の工芸技術です。海外には、金継ぎのように割れたうつわを修復し、傷を愛でながら使う文化はありません。例えば、ベトナムでは割れたうつわのかけらを漆のようなモノで接着する技術がありますが、それは新しいうつわを買うより安価だからという理由で選ばれることが多いんです。」(永田さん)
金継ぎ工房「リウム」の職人の方が使用している道具
いわゆる伝統工芸品に使われる技術の多くは、特定の地域で長年受け継がれ、その土地ならではの技法や産業とともに発展してきました。しかし、金継ぎのような修繕技術は、日常生活の中で必要とされるものであり、特定の地域に依存することなく広がってきたといいます。そんな中でも、京都は金継ぎの技術が特に発展した土地のひとつ。その背景には、茶道や華道、香道、呉服、陶芸、京料理など、多彩な文化が育まれた環境と、職人が集う土地柄が深く関係しているといいます。
「京都は楽焼や京焼・清水焼など、焼き物の産地としても知られています。ここでは、陶磁器を『作る』生産者と、それを『使う』人々のバランスがうまく取れており、そのため金継ぎの技術が発展したといえるでしょう。昔、京都の料亭では、うつわの修繕方法を学ぶために、料理人が漆職人に教えを請うこともあったと聞いています。」(永田さん)
「京都の龍安寺の『つくばい』には『吾唯知足』の文字が刻まれています。これは『今、ここにあるモノで満足する人は心が平穏であり、幸せだ』という意味です。私は『吾唯知足』と金継ぎに、『今、ここにあるモノを大切にしよう』という共通の精神性を感じています。」(松島)
大丸京都店の「金継ぎサロン」
大丸京都店4階のリビングフロアにオープンした「金継ぎサロン」では、現在、月に3日間、日程を限定して予約相談会が実施されています。この相談会では、お客様が破損したうつわを持参すると、大丸京都店のスタッフが対応し、仕上げの見本を使いながらうつわやお客様のイメージに合った素材を提案。対話を通じて、修繕のイメージを固めていきます。
お客様には見本を使って、金継ぎによって修復されていく工程を説明します
金粉のほかにも銀粉や色漆など、うつわや仕上がりの好みに合わせて色を選択できます
「毎回、ほぼ満席で大変な反響をいただいています。お客様が修繕を希望するのは、うつわそのものだけではなく、思い出が詰まった品々です。相談会では、『孫からプレゼントされたマグカップを修繕したい』『結婚の際に買った夫婦茶碗の片方だけ欠けてしまった』『受験勉強の時に使っていたマグカップを、子供にも使わせたい』というようなさまざまな想いをお話しいただきます。
多くのお客様が、『長年抱えていたわだかまりを信頼できる大丸さんにお預けできた』と、満足げに帰られます。相談会には関西近郊だけでなく、東京や名古屋といった遠方からお越しになる方も多くいらっしゃいます。」(松島)
サロン内では、金継ぎによって新しい価値をプラスしたうつわも販売しています
うつわの修繕を終えたお客様の多くは、「以前よりも美しくなった」と喜び、金継ぎによってうつわが新たな表情をまとい、生まれ変わることに大きな価値を感じています。永田さんは、「リウム」の金継ぎの技術に対するこだわりをこう語ります。
「金継ぎは、割れたかけらをただ接着し、金粉を乗せるだけの技術ではありません。金継ぎの本質は、うつわをさらに美しく生まれ変わらせることにあります。こだわりは、金が主張しすぎないように、静かに施すこと。
同じうつわでも、同じヒビや割れはひとつとしてありません。修繕は一つひとつオーダーメイドで行い、風合いのあるうつわにはその表情を活かし、凹凸が少ない磁器には極細の筆で漆を重ね塗りするなど、感性と技術を融合させて丁寧に作業を進めています。」(永田さん)
お客様からの反響の大きさなどが認められ、2024年秋、大丸京都店の金継ぎサロンは、大丸松坂屋百貨店全店で実施された「相談・共有会2024」において、エントリーのあった36企画の中から総合賞を受賞しました。
「割ってしまったからとうつわを捨ててしまうのではなく、金継ぎを施すことで『使い続ける』ことができます。持続可能な社会へ向けた取り組みと、金継ぎによる新しい価値の創生が評価されたのだと思います。」(永田さん)
「金継ぎというすばらしい日本文化、工芸技術の伝道師としての役割も担うことで、社会貢献ができると考えます。大切なうつわを割ってしまった、ヒビが入ってしまった、でも思い入れがあるから捨てられないという方は、ぜひ相談会にお越しください。リウムさんとともに、心を込めてお直しいたします。」(松島)
「大丸金継ぎサロン」の取り組みは、ものの価値を再認識し、持続可能な未来へとつながる新しい文化を育んでいます。大切なものを修繕し、次の世代へと引き継ぐその手法は、単なる修復にとどまらず、心を込めたものづくりの精神を未来へと伝える架け橋となることでしょう。
大丸京都店 4階 大丸金継ぎサロンhttps://www.daimaru.co.jp/kyoto/topics/daimaru-kintsugi-salon.html