兵庫県神戸市
2022.08.23 (Tue)
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神戸・南京町にある「老祥記」。その豚まんは、唯一無二の美味しさで常に行列が絶えない人気店です。テレビやSNSなどでも頻繁に取り上げられるため、ご存じの方も多いことでしょう。街とともに歩んできた老祥記のストーリーは、南京町という街、そして人々の笑顔の歴史そのもの。今回は、四代目の曹祐仁(そう まさひと)さんにお話を伺いました。
神戸は、明治時代からさまざまな国の人が集まる国際色豊かな街。19世紀の末には華僑の方が外国人居住地の西側に市場をつくり、やがてそのエリアは「南京町」といわれるようになりました。
老祥記が南京町に店を構えたのが1915年。浙江省出身の初代・曹松琪(そう しょうき)さんと日本人の妻・千代さんが中国の「天津包子」を日本向けにアレンジして考案した「豚饅頭」の提供を始めました。曹さんたちは、お店の繁栄だけでなく街の発展にも尽力し、いつしか南京町をひっぱる存在に。その後、太平洋戦争、阪神淡路大震災、そして近年のコロナ禍など幾多の苦難のなかでも、豚まんの味はもちろん南京町の街の火を絶やすことなく歴史を刻んできました。
「(戦災や震災など)何かあった時に『制約の中で今何ができるのか?』と考えてすぐに行動するところは、もはや企業風土みたいになっていますね。僕らが沈んでしまうと周りに波及してしまいます。荒波に立ち向かう役割は、自分たちが担うものであるというのは、子供ながらに感じていました。」
そう語るのは老祥記四代目の曹祐仁さん。ご自身も幼少期に阪神淡路大震災を経験し、広場で炊き出しをする先代の姿を見て育ってきました。
「幼い頃からお店で働く先代の姿を見て思っていたのは『仕事は自社だけのためにするものじゃない』ということです。お店で豚まんを作ることも、春節祭などのお祭りやイベントも同じ仕事で、それを区別する認識は今でもないですね。お店のことも街のことも同じように取り組むことが自然な姿として映っていました。」
この「街と共に繁栄する」という姿勢が代々受け継がれていることが、老祥記が南京町のシンボル的存在たる所以なのかもしれません。
老祥記は、以前から春節祭などの地域イベントや、神戸元町の「四興樓」と「三宮一貫楼」の老舗と共同し神戸名物である豚まんをPRする「KOBE豚饅サミット」など、交流活動を積極的に行ってきました。その活動は、四代目になるとさらに広がっていきます。神戸の飲食店とお客様が参加する地域貢献事業「ドリーム豚饅プロジェクト」では、老祥記と他業種の飲食店がコラボレーションして新しい豚まんを開発。コラボレーションの相手はお客様の応募によって決めていくというおもしろい取り組みです。
「新しいことをしたいという思いと、次世代に『神戸の食』をいかにしてつないでいくか、そんな気持ちからプロジェクトを立ち上げました。お店を知ってもらって来てほしいのはもちろんですが、それ以前に、『神戸の食』を小さな子供たちにもっと知ってほしいという気持ちがありました。」
コンセプトは「神戸の食文化」と「子供たちへの食育」。プロジェクトの一環ではじめた「老祥記放課後キッチン」では、祐仁さん自ら厨房に立ち、子供たちと一緒に楽しく豚まんを作っています。
「どのように作られているか知らずに出されたものを食べているだけだと、どうしても愛着は湧きづらいですよね。そこにちょっとでも自分で何か手を加えて、自分で完成させることを経験すると、子供たちって、ちゃんと興味を持つし、ご飯を食べることが楽しみになると感じたんです。その時間を通して、『食っていいな』と思ってもらいたい。『食べること、作ることの楽しさ』をちゃんと伝えることが、次世代への食育だと考えています。」(以上、祐仁さん)
地域や他業種との交流を積極的にすすめ、新しい豚まんの味もどんどん生み出していく祐仁さん。変化や進化をのぞむ一方で「変えないもの」もあります。それが代々受け継がれる老祥記の「麹」です。
「『豚まんを通じて人々の幸せと神戸の発展に貢献する』というのが経営理念です。これは、創業時から変わっていません。だから、他の地域にお店を出すようなことはしません。そして、麹で発酵させてつくる生地。これも絶対にいじらないと決めています。このふたつは大切に脈々と受け継がれてきたDNAのようなものなので、変えられない部分です。お客様にとっても『ずっと変わらない老祥記の豚まんがある』ということこそが価値だと思っています。」
風土や環境によって発酵の度合いが変化するため、クオリティーや同じ食感を維持するのがとても難しい麹菌。一代目から受け継がれてきた麹と生地の製法こそ老祥記のアイデンティティーといえるでしょう。麹の生地は、ほのかな甘さともちもちした食感はやみつきになる美味しさ。これが、何個も、何度でも食べたくなってしまう老祥記の豚まんの秘密であり、歴史なのです。
大丸・松坂屋は今年から、店舗がある地域の隠れた逸品を持って他店へおじゃまするプロジェクト、その名も「おじゃマーケット」を始めました。第一回目は、松坂屋静岡店で開催。その静岡での販売にご協力いただいたのが老祥記でした。イベントを担当した大丸神戸店の企画担当・土居は、老祥記に依頼した経緯をこのように語ります。
「老祥記は、神戸の人にとっては『そこにあることが当たり前の場所』。美味しいお店はたくさんありますが、神戸を象徴するお店でもありますし、曹さんが語られていた、お店の考え方にとても共感し、日頃から一緒に取り組みもさせていただいています。静岡へ神戸の食を届けるなら、単純に味が良いとか、有名なお店だから、というだけではなく、神戸の食文化そのものを届けたいと思い曹さんを誘い、当日は私たち大丸神戸店のスタッフはもちろん曹さんにも店頭に立っていただいて、静岡のお客様と交流の場を設けました。」(土居)
老祥記の豚まんは、鮮度が命。前日の夕方に神戸で仕込んだ豚まんを翌朝の静岡で食べられるという取り組みは、1日開催ながら多くのお客様にご来場いただき、用意した2,500個の豚まんはすべて完売しました。曹さんもその反響には驚いたそうです。
「僕は朝9時30分に松坂屋静岡店に着いたのですが、それよりも早く来て並んでくださっていたお客様もいらっしゃいました。老祥記を知らないお客様との新しい出会いもうれしいですし、『昔神戸に住んでいて、とても懐かしい気持ちになりました』と言ってくださる方もいらして、やって良かったなと思いました。時間が経ってもうちの味を覚えてくださっている方がたくさんいることは、静岡に行ったからこそ知ることができたことでもあります。そうやってつながりができたことがうれしかったですね。」(祐仁さん)
老舗の味と文化を受け継ぎ、若いながらも次世代を見据えた活動に取り組む四代目・曹祐仁さん。最後に、そんな曹さんに神戸に対する想いを語っていただきました。
「月並みですけど、ふるさとですね。愛着もものすごくありますし、この街をもっと良くしていきたいという気持ちも強いです。それは住人としても商売人としても。やはり神戸あっての南京町ですし、南京町あっての老祥記です。
食文化から見ても、神戸は横のつながりがとても強い街だと思います。KOBE豚饅サミット(※)をやることによって、『粉もん』というファクターからパン業界の方々と仲良くなって、さらにつながりが広がったり。
※KOBE豚饅サミット2022は、南京町及び大丸神戸店界隈で11月開催予定
他府県からのお客様ももちろんですが、地元の方たちを大切にして、常に今この場所に対してどんなことができるか、考え続けていきたいと思っています。」