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自分らしく表現できる場所。映画監督・安藤桃子にとってのローカルタウン・高知とは?

自分らしく表現できる場所。映画監督・安藤桃子にとってのローカルタウン・高知とは?

高知県高知市

    2022.08.23 (Tue)

    目次

    32歳で高知県に移住した、映画監督の安藤桃子さん。映画監督としての自分、母としての自分、一人の人間としての自分……。さまざまな顔を持つ中で高知は「自然なままに表現できる場所」と話します。移住から8年。「高知にはすべてある。最先端の場所」と言い切る安藤さんに、高知県の魅力、ローカルへの想いについてうかがいました。

    心を軽くしてくれた高知の気質。「あなたのままでいい」が移住の後押しに

    東京生まれ東京育ち。バリバリの“シティーガール” という言葉がよく似合う安藤さんですが、2014年に移住を決断したのは、森林率日本1位の高知県。生まれ育ってきた環境と真逆とも思える、日本のローカル・高知を選んだ理由は何だったのでしょうか。

    「山川海、大自然にあたたかな人、高知は生き生きしている魅力的な場所です。とても豊かで、食べ物もおいしい。特にピタッと合ったのは、高知県の気質かも。よく、都会との違いを聞かれますが、高知は何をするにも “情熱や心” が先に立つ。そんな高知の気質に共鳴して、ここで生きていくと思ったんです。」

    安藤さんが高知を初めて訪れたのは、映画「0.5ミリ」のシナリオハンティングでのこと。全編高知ロケで映画製作を進める中で、驚いたことがたくさんあったそうです。

    「都会で何かプロジェクトを立ち上げようとしたら、まずは理屈、見込みや、数字を重視しなければスタートさせてもらえないことが多い。でも、高知では『理屈じゃなく、その中身、ハートを見せてみろ。本音で話そう!』と当たり前のように言われる。これは本来の“ものづくり”があるべき姿です。今まで、都会での既存のやり方を踏襲してやってきていたけれど、心のどこかでは『ものづくりは理屈じゃない』と思っていた部分もあって、そんな心のもやもやを晴らしてくれたというか、『あなたのままでいいんだよ』と高知の人に背中を押されたような気がしたんです。」

    さらに安藤さんが気に入ったのが、高知の人が持つ “分かち合う精神” 。

    「『これ、もっていきやー!』とおすそ分けをしてもらうことがよくあります。住んでみてわかるのは、高知の人が『喜びを分かち合いたい』という気質をもっているということ。高知は、よさこい祭り発祥の地ですが、よさこい祭りは全員一人一人がスポットライトを浴び、喜びをみんなで分かち合う祭りなんですよね。つまり、全員が主役。この気質は映画にも通ずるところがあって、この世界のあらゆる存在にスポットライトを当て、照らすことができる。塵一つとっても、主役にできる。強い日差しも、原風景も、高知がもつあたたかな気質も、感性にぴったりとあったんだと思います。」

    両親が与えてくれていた、場所にとらわれない愛情

    高知への共鳴をきっかけに、家族も親戚もいない高知県へ単身移住を果たした安藤さんですが、ここで思うのが「生まれ育った東京に未練はなかったのか」という疑問。しかしながら、「東京も高知も、地球規模で考えたら大した距離ではない」と安藤さんは笑います。

    「仕事柄私も両親と同じように全国、世界と移動することが多いですが、今自分が母になってみて思うのは、 両親が『場所にとらわれない愛情を注いでくれていた』 ということです。両親は、たとえば大阪から四国に移動するようなスケジュールで仕事があっても、わざわざ顔を見るために一旦東京に戻ってきてくれたり、海外にいても変わらず電話をかけてくれたり、とにかく互いに心の距離が常に近くあるよう努力をしていたと後から聞きました。」

    どんなに距離が離れていても、両親が心を寄り添ってくれていたからこそ、物理的な距離感に抵抗がなく育ったのだそうです。

    「『高知にいると移動が大変では?』と聞かれることもありますが、高知だからと距離を諦めることはないですし、物理的に行けるなら日帰りで何処でも行く。一度ヨーロッパへ日帰りで行ったこともあります(笑)。

    でも、今の自分はその時の両親と同じ。よく飛び回ってるイメージがあるといわれますけど、娘は小学生なので毎日学校へ送り出しています。学校に行っている間に日帰りで東京へ行ったり、両親がサポートしに高知まで交代で来てくれたり、友人達が協力してくれたり、高知にはみんなで子育てをしてくれる環境がある。そのおかげで、全力投球ができます。」

    高知での年月が一つの線に。映画を軸にはじまった街づくりへの想い

    移住以降、映画監督としての活動だけでなく、子供たちの笑顔を未来へと描く異業種チーム「わっしょい!」や “すべてのイノチにやさしい” をテーマに有機農業に携わる「高知オーガニックフェスタ」といった活動を通じ、高知の地域コミュニケイターとしての役割も担っている安藤さん。地域に根付いた活動をしてきたことで「心の豊かさは経済的な数字では測れない」と感じていると話します。

    移住を経験してまもなく10年。高知という地で、結婚や出産、離婚だけでなくコロナ禍という世界的な危機を経験したことで見えてきたものは何だったのでしょうか。

    「みなさんも同じだと思いますが、世界がコロナを経験したことで、改めて自分のあり方や生き方について考えてみたんです。そのとき、高知がきっかけで映画監督としての想いが反転していることに気が付きました。」

    これまでは『自分が納得する映画』を重きにおいて活動をしてきたと話す安藤さん。しかし、冒頭での『高知の人たちの分かち合う精神』に浸ってきたことで、自己の満足よりも『みんなが幸せになる映画を撮りたい』という想いに変化していたのだそう。

    以前の「キネマM」の様子

    「映画を突き詰めていくと、映画の出口にあたるのが映画館。以前、高知の方たちと連携をして『キネマM』という映画館を一年半の期間限定で高知の中心地で運営していたんです。映画文化を通じて幸せを届けたいと考えだしてから、高知の街に映画館をつくる夢を、もう一度みんなと見たくなりました。みんなが幸せな世界を実現したい。今まで耕し、歩んできた道が、すべてが今、線でつながろうとしています。」

    現在建設中の新生キネマM。この秋、ここからまた新しく物語が始まります

    今年の秋頃に、新たに生まれ変わろうとしている「キネマM」。再出発に関して、映画館としての役割だけでなく、新たな想いを込めた場所にしたいのだとか。

    「新たなキネマMは、文化の発信の拠点、ミュージアムとして生まれ変わります。キネマMの「M」は桃子のMなの?とよく聞かれますが、ムービー、ミュージアム、マジック、ミラクル、みんな!色々なMです(笑)。『わっしょい!』や『オーガニックフェスタ』で、子供たちと一緒に味噌づくりに取り組んだり畑を耕したりと、命の視点に立つ体験を行ってきましたが、『キネマ ミュージアム』では、誰もの心の中に灯る夢、美しいドラマを映し出し、映画を通じて心と文化を伝えていきたいと思っています。」

    さらに、映画館のプロジェクトだけでなく、高知で学んだ「みんなに幸せを還元していく」という想いを込めプロダクトをつくったのだそう。それは、「お茶」です。

    「高知に来てからの生活は、いろんな人の想いに支えてもらって、家族と、仲間と、自然と共に生きていると実感しています。これもまた“映画的”なんですけど、高知で感じてきた想いを込めてお茶(桃山トゥルシー)をプロデュースしました。一番最初に高知へ降り立ったときに、肩の力がすっと抜けて、ほっとしたのを感じたんです。そんなあたたかく、優しい気持ちを、お茶を通じて、分かち合っていきたいです。」

    やっと見つけた私自身。高知こそが私の生きたい場所

    高知の魅力を溢れる想いいっぱいに語ってくださった安藤さん。最後に、安藤さんがパワースポットとしても利用しているという、高知のお気に入りの場所についてたずねました。

    「高知市に牧野植物園という場所があるのですが、そこには3,000種類の植物が生息しています。南国土佐の風土をいっぱいに吸い込んだ高知の植物は本当に個性的で、背が高いものであったり、カラフルなものであったり、花がつかないものであったり、姿形さまざま。でも植物の世界は、一つ一つが個性的なのに、完全に調和しています。」

    高知県立牧野植物園

    高知の植物にたとえながら、「高知の良さは、植物と同じようにいろんなものが個性的なことだ」と話します。

    「自然界が教えてくれるように、個性は一見バラバラに見えても、本来はぶつからずに調和するもの。高知に来て自然に触れたら、『これでいいんだ』と思えて、どんな自分も受け入れてあげられたんです。高知での生活を一言で言うと『自然のまま』って感じです。そんな風に思わせてくれたのが、私が生きていきたいと思ったこの地と、ここに住む人たちなんです。」

    高知に来て、何かを得たわけではなく、「いらないものを捨てることができた」と語る安藤さん。本来持っていた価値観と不思議なほどに高知という場所が合致し、「これが本来の自分なんだ」という自分になれたのだといいます。

    自身のいろんな感情と向き合うことによって、映画監督としての活動だけでなく、街づくりの活動へと世界が広がっていった、そのきっかけは高知への移住でした。高知県の『自身をありのまま受け入れてくれる環境』と『喜びを分かち合う県民性』が「高知はすべてある、最先端の場所」と安藤さんが言い切れる魅力なのかもしれません。