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海の京都に魅せられた移住起業家。“移住者だからこそ”広がる地域ビジネスの可能性

海の京都に魅せられた移住起業家。“移住者だからこそ”広がる地域ビジネスの可能性

京都府伊根町

    2022.08.23 (Tue)

    目次

    丹後半島の北東部・京都府与謝郡伊根町で、食や観光にまつわる地域ビジネスを展開する合同会社GURIの當間一弘さん。東京の有名企業で活躍した一級建築士が、なぜこの小さな町へ移住したのでしょうか。働き方やライフスタイルの選択がどんどん多様化する時代において、地域ビジネスの可能性や実際に移住してからの想いなどについてうかがいました。

    “海の京都”伊根。この街に惚れ込んだ8年前

    當間さんと伊根との出会いは2014年。仕事で初めて訪れた伊根の景色に衝撃を受けたのがきっかけでした。

    「小高い丘にある道の駅(舟屋の里 伊根)から伊根湾を一望したときに、目の前に舟屋がずらっと並んでいる風景が圧巻だったんです」と當間さん。12年前、妻の千明さんとの結婚を機に東京から逗子へ引っ越したほど、以前から海釣りやオーシャンスイム、SUP(サップ)などのアウトドアやフィットネスが好きだったという當間さんにとって、海辺の街に移住することは念願だったのだといいます。

    「逗子に住んでみて、海も山もある半島のおもしろさに気づいたんです。伊根には、半島という魅力的な土地条件に“舟屋”という唯一無二のものがある。日本中を探してもこれ以上のものはないだろうと思い、移住することを決めました」と当時のことを振り返ります。

    伊根との運命的な出会いを果たした當間さん。空き物件を探すべく、翌週再び伊根を訪れた當間さんでしたが、移住までの道のりは決して平坦なものではありませんでした。

    「まずはじめにぶち当たったのは住む家がないという物理的な問題でした。不動産屋がない伊根において、空き家の情報を持っているのは町がやっている空き家バンクだけ。すぐに問い合わせたものの、舟屋が立ち並ぶ伊根浦地区にはなかなか空き家が出てこないということで、その後1年間くらいは2~3か月に1回ほどのスパンで伊根へ足を運んで、空き家を探し続けました。」

    その後、少し範囲を広げて、京丹後市には目ぼしい物件を見つけたものの、出産・育児や新しいプロジェクトの始動などにより、移住計画は一時保留に。

    それから2年が経った2016年のクリスマス、事態は大きく動き出します。
    「たまたま空き家バンクのホームページを見ていたところ、物件の空きを発見したんです。そこからすぐ町役場に電話して、2017年の2月には売買契約が成立、あっという間に移住の日を迎えることになりました。」

    おいしい食材と美しい景色。オンラインを活用すればまったく不便を感じない、伊根での最高生活。

    海も山もあり、人も穏やかな伊根での暮らし。食べ物もおいしいし景色もきれいと「移住して本当に、最高だなと思いました。」と笑顔の當間さん。

    野菜や魚は新鮮なものが手に入り、遊ぶ場所がたくさんあるので子育てをするにも絶好の土地であるようです。最寄りのスーパーは山を越えて30分ほどかかりますが、まとめ買いに慣れてしまえば特に不便さを感じることはないのだとか。

    「美術館や博物館などがないので、文化的なところは都会に劣っているかもしれませんが、物資的にはほとんど差がない気がします。お目当ての商品を探して、何店舗も巡るよりもネットショッピングのほうがよっぽど楽ですね。」

    確かにどこに住んでいてもオンラインでの買い物と、実店舗での買い物をうまく使い分けられる昨今では、「周辺の買い物環境」は慣れてしまえばさして不便ではないのかもしれません。

    伊根に移住をしたら、新しい事業を始めたいと以前から夫婦で話していたという當間さんは、移住から1年後の2018年にCAFE&BB guriをオープン。

    「前職で地域活性化のプロジェクトに参加したことがきっかけで、いつかは地域の人と観光客が集うハブとなる場所を作りたいと思っていたんです。新婚旅行で訪れたイタリア・ソレントのB&Bをモデルに、1階はカフェ、2階は1日1組限定の宿として妻が中心となって運営しています。」

    築60年以上だという古民家は當間さん自ら設計し改装。モダンでおしゃれな内装の宿は、おこもりしたくなるような素敵な空間です。

    「外でも中でもある」のが移住者としてのあり方

    いくら魅力的だといっても、そこは仕事も少ない港町。當間さんは移住と同時に、長年勤務していた企業を退職し独立することになります。環境も全く異なる土地で仕事はうまく成立したのでしょうか。

    「いまや多くの会社で導入されているリモートワークを移住前から取り入れていたことが大きかったですね。建築・設計という職業柄、仕事の8割くらいはどこにいてもできるような作業だったんです。今流行っている『副業』を会社員時代からやっていたこともあって、独立することに大きな不安はありませんでした。0からの起業ではなかったので、食べてはいけるかなと。」と、仕事の面では大きな変化はなかったのだそう。

    コロナ禍を経てリモートワークが一般化してきた今の時代であれば、移住に際してのハードルにおいて「仕事」のウェイトはさらに下がってきているといえるでしょう。

    移住当初から続けている食や観光にまつわる地域ビジネスについては移住当初と今では取り組み方が少し変わってきたといいます。
    「前職での経験もあって『移住をしたら地域活性化のために全力を尽くしたい』と思っていたんです。だから、移住当初は地域が抱えている問題を解決するためには100%身を投じなければいけないと気負っていた部分がありました。先進的な取り組みをしてみたこともありました。でも、実際に伊根で暮らしてみて、地域の人たちと関わっていく中で、3分の1だけ足を突っ込むくらいの適度な距離感を保ちながら、地域に貢献するくらいが心地いいのかもしれないと思うようになったんです。移住者としての視点を生かせればと、今は新たな事業に挑戦しようとしています。」

    地域との距離感が感じられない都会で育ち、アイデンティティーの根幹がそこにある當間さんは、地域の中にどっぷり浸かるより、移住者というある種ふわっとした立ち位置だからこそできることに「自分らしさ」を見出しているようです。

    どこに住んでいても同じことと、ここに住んでいるからこそできることの両立

    ずっと東京で仕事をしてきた當間さんが伊根に移住して5年。伊根での暮らしにも慣れてきたところで、新たに始めようとしていることがあります。

    「移住してからの仕事というと、京都や東京など伊根以外の都市から依頼されるものばかりだったんです。せっかく伊根に移住してきたのに、外の仕事ばかりするのももったいないとは思っていたんですが、伊根で設計事務所の看板を掲げても、依頼してくる人は多分いない。そこで目を付けたのが不動産業です。不動産屋をやれば、地域(伊根)にいながら地域の仕事ができるし、これまで培ってきた設計のスキルも生かせるなと。」

    ご自身が伊根に移住したい!と決めた頃は、その情報の少なさゆえに苦労した思いがある分、そこをうまく活かせるのではと気づいたのだそう。

    伊根で不動産屋をやることのメリットは多いと感じているそうです。
    「2店舗目を作りたいとなっても、伊根には不動産屋がないので待っていても空き物件の情報は入ってこない。でも、不動産屋をやっていれば、自然と情報が入ってくるのではないかと。不動産の流通を僕が動かせられれば、事業も拡大できるし、移住者を増やすことができる。いろんな可能性が出てくると思ったんですよね。」

    設計の仕事をしながら勉強を続け、2年前に宅建の資格を取得。この1年は京丹後市の不動産屋に往復2時間かけて通い、週2回ほどアルバイトで実務経験を積んだのだそう。
    「自身がやりたいことを実現する」ということへの行動力は目を見張るものがあります。

    「今年の11~12月にはカフェの近くに不動産事務所を開業する予定なんです。カフェには僕らのように移住したい人が空き物件があるか、訪ねに来ることも多い。そんなときに僕が不動産屋をやっていれば、“夫がやっているので案内しますよ”となる。不動産屋がたくさんある京丹後市でするよりもビジネスチャンスも大きいと思っています。」と、移住者だからこそ気づいた課題によって、仕事のバリエーションが広がっているのだと教えてくれました。

    ボーダーをひかないライフワークバランス

    「仕事は仕事、暮らしは暮らし」と分けるのではなく、仕事を暮らしに活かし、暮らしを仕事に活かしている當間さん。伊根に移住して5年が経つからこそ、ちょうどいいバランスをつかみつつあるようです。

    「今は賃貸物件で暮らしているのですが、50代前半までに、伊根に家を建てるというのが目標です。あとはやっぱり子育てかな。不動産業をやりつつ、教育や人の交流などの文化的な取り組みとかができたらいいなぁと思いますね。田舎に住んでいても、子供たちにはいろんな選択肢を与えてあげたいですね。」

    暮らしのそばに子供の存在があるからこそ、子育てへの思いも強くしたようです。実際、取材中に一緒に移動していると小学校の前を通りましたが、ちょうど當間さんのお子さんが校庭で遊んでおり、遠くから手を振っていました。
    「こんなに近い距離にいつも子供がいて、仕事中でも常に“暮らし”がある。それは東京で会社に通勤していた頃にはなかった価値観かもしれませんね。」

    「仕事が落ち着いたら、また海で遊ぶような生活をしたいなぁ。魚を釣って、それで物々交換して……という楽しい老後を想像しています。」

    移住生活5年目を迎えてやっと自分なりの地域との関わり方を見つけられたという當間さん。「移住」はたやすいことではないようですが、これまで東京で学んできたことと移住したからこその気づきを活かせれば、地方でのビジネス展開もおもしろいものになるようです。
    惚れ込んだ土地で、自分にできることと自分のしたいことを両立する……。當間さんはこれからも舟屋が立ち並ぶノスタルジックな港町で挑戦を続けていきます。

    CAFE & BB guri
    電話番号(0772)45-1534

    (CAFE)
    営業時間 13:00~17:00
    営業日:水、木、土曜

    (BED&BREAKFAST)
    チェックイン/アウト 15:00~19:00/10:00
    料金 16,500円~(2名1室の場合の1名あたりの料金)
    https://guri-ine.com/