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地域一丸で守る静岡伝統の有東木わさび 次世代に向けた継承への想い

地域一丸で守る静岡伝統の有東木わさび 次世代に向けた継承への想い

静岡県静岡市

    2023.01.10 (Tue)

    目次

    うどや自然薯、せり、ふきなどと並び、数少ない日本原産の野菜として知られる「わさび」。このわさび栽培発祥の地といわれ、400年前からわさびをつくり続けてきたのが、静岡市の山間部、標高500〜600mの渓谷に広がる有東木(うとうぎ)です。しかし、有東木は現在50戸ほどの集落で、過疎化や高齢化などの課題を抱えています。わさびを次世代に継承するにはどうしたらいいのか─。わさび栽培を代々受け継ぐ「丸一農園」の望月佑真さん・望月ゆうかさん兄妹にわさびや有東木に対する思いについてお聞きしました。

    高級寿司店やミシュラン掲載店も御用達。“静岡のマチュピチュ”が生み出した絶品わさび

    静岡市街から山間部に向かって車で約1時間。安倍川本流に注ぐ支流の有東木沢に沿って沢の谷間に続く曲がりくねった道を10数分走り、さらに急勾配の上り坂を数キロ登ると、そこにあるのがオクシズ(奥静岡)とも呼ばれる“わさびの里”有東木です。

    北と東西の三方を山に囲まれた扇型の地形、急峻な斜面に石を積み上げて形成された階段状のわさび田は、どこか南米ペルーの古代遺跡マチュピチュを彷彿とさせます。ただし、マチュピチュと大きく違うのは、有東木には豊かな湧き水があること。

    「この清らかな水が湧く肥沃な土壌が、わさび栽培にとっては非常に重要なのです」と丸一農園の望月佑真(写真左)さんは言います。

    「有東木のわさびは、鼻に突き抜ける鋭く爽やかな辛味とその後に広がるふくよかな甘味が特徴で、全国の高級寿司店やミシュラン掲載の有名店でも取り扱われています。その味の良さを生み出しているのがこの豊かな湧き水です。」(佑真さん)

    標高1,000mの日本一高い場所のわさび田。徳川家康が門外不出の逸品と認めた言い伝えも

    わさび栽培は、いまから約400年前、有東木沢の源流に自生していたわさびを集落内の湧水地に植えてみたところ、栽培に適した土地だったことから繁殖したのが始まりとされています。

    「駿府城で晩年を過ごした徳川家康公も有東木のわさびを気に入り、有東木から門外不出のご法度品としたという言い伝えが残されています。のちにわさび栽培は同じ静岡県の伊豆地域へと伝わり、そこから日本全国に広がっていきました。」そう話すのは佑真さんの妹で、丸一農園広報の望月ゆうかさんです。

    有東木は山間部のため、わさびの生育地としては寒冷な部類に入ります。望月さん兄妹に案内していただき、この日に取材に訪れたわさび田は、なんと標高1,000mの場所にありました。おそらく日本で最も高いところにあるわさび田でしょう。

    外気温が氷点下になっても、水の中はわさび栽培に適した10℃以上に保たれることが多いそうです。冬に氷点下の日が続く寒い地域では食材が凍らないように雪に埋めて保管しますが、それと同様に、水の中でわさびが温められるのです。

    逆に気温が上昇する夏は外気に比べて水が冷たく、やはり生育に適した水温に保たれます。湧き水が暖房にも冷房にもなるので、1年を通じて良質なわさびを栽培することができるそうです。

    「有東木は伊豆に比べてわさびの生産量こそ少ないですが、先人たちが品種や栽培方法に工夫を凝らしてきました。気温が低くて生育が遅い分、密度が高くて良いわさびをつくれるはずだと。だからこそ私たちのわさびは農林大臣賞を2度もいただき、多くの人に支持されているのだと思います。」(佑真さん、以下同)

    集落は過疎化が深刻だが…。わさび組合青年部の8人で静岡伝統の有東木わさびを守り抜く

    その一方、わさび栽培発祥の地である有東木は、いま大きな課題に直面しています。それは地域の「過疎化」「高齢化」という課題です。現在、日本全国の市町村のうちの半数近くが過疎化しているといわれますが、有東木もけっして例外ではありません。

    「集落では現在、約150人が暮らしていますが、働き盛りの20〜40代はほとんどいないのが現状です。いずれ地域の自治や行事を維持するのもむずかしくなっていくでしょう。有東木から人を減らさず盛り上げたい思いはありますが、山間部の村はどこも同じ課題を抱えています。こればかりはどうしようもないですね。」

    しかし、集落の過疎化が進んでも、有東木のわさび栽培の伝統は次世代に引き継いでいかなければなりません。幸い、「わさび栽培だけなら維持相取るすることはできる」と佑真さんは言います。

    「安倍川流域が生産地である、安部山山葵業組合の青年部には私を含めて20〜40代のわさび農家が8人程度います。たったの8人と思うかもしれませんが、この地域の栽培面積なら、私の父の世代が全員引退しても、8人でわさび栽培を数十年維持することが可能です。その間に次の世代へとバトンをつなぐ。つながなければいけないと思っています。」

    わさび栽培発祥の地の有東木から世界のマーケットへ。本物の「WASABI」を届ける

    有東木のわさびを発展させ、いずれ次世代へと引き継いでいくために、いま佑真さんが視野に入れているのが海外市場。有東木から世界へ、本物の「WASABI」を届けることです。

    「欧米を中心に海外で和食がブームになり、それにともないお寿司に欠かせないわさび需要が高まっています。クレソンとわさびの生育環境が似ていることから、サラダ用のクレソンを栽培していたイギリスの企業が『THE WASABI COMPANY』という会社を立ち上げ、わさびの栽培・販売を行っているほどです。」

    そのため海外に本物のわさびを知りたいという人が増え、丸一農園にさまざまなオファーが舞い込んできているそうです。

    「海外に広げる具体的な方法はまだ何も決まっていません。それよりも、私たちが真っ先に取り組まなければならないのは、日本の料理人のみなさんに満足していただけるわさびをつくり続け、継続的に提供すること。まずは、そこからです。」

    日本の食文化を支えるわさび、その栽培発祥の地が直面する課題と未来のかたち。有東木わさびの挑戦は始まったばかりです。

    わさび生産・販売 丸一農園
    わさび栽培発祥の地である静岡市葵区有東木で、11代にわたって有東木わさびを守り続けている。第27回・第30回の全国わさび品評会で最高賞の農林大臣賞を受賞。

    公式Instagram(外部リンクに移動します。)https://www.instagram.com/maruichifarm1/