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春夏秋冬で変わる塩の味。人と自然に寄り添う油谷湾の塩づくり

春夏秋冬で変わる塩の味。人と自然に寄り添う油谷湾の塩づくり

山口県長門市

    2023.06.21 (Wed)

    目次

      山口県長門市の油谷島(ゆやじま)では、春夏秋冬で味わいの異なる、日本でも珍しい塩「za you zen(ざ ゆう ぜん)四季の塩−雪月風花−」がつくられています。油谷湾(ゆやわん)が持つ豊富な土地の恵みと、塩匠が持つ卓越した職人技術。そこから生まれた唯一無二の塩の、誕生までの軌跡を塩匠・井上雄然さんにうかがいました。おすすめの楽しみ方として、レシピもご紹介します。

      山の栄養と海のミネラルが合わさる、自然豊かな土地「油谷湾」

      「za you zen」がつくられる場所は、山口県長門市にある向津具半島(むかつくはんとう)の突端に位置する「油谷島」。原料となる海水は、油谷島の目の前に広がる波の穏やかな湾「油谷湾(ゆやわん)」から汲みあげたものです。

      油谷湾は、棚田が広がる向津具半島と本土に囲まれ、西部を日本海に開いた内湾。昔から「天然の良港」として知られ、はまちや鯛、車えびなどの養殖も行われています。

      周囲の50%以上を原生林が占め、長門市内を流れる粟野川(あわのがわ)と掛渕川(かけぶちがわ)の2本の川が流れ込んでくる湾。山の栄養と海のミネラルが混ざり合うこの海水こそ、「山と海の恵みが凝縮された塩」を作りだすために必要なものでした。

      理想の塩を自らの手でつくりたいと全国各地の海岸線を見て歩いた井上さんは、思うような場所が見つからず、「日本にはないのかもしれない…」と諦めかけていたところ、知人の紹介で油谷島に出会います。

      井上さんが理想の塩をつくるために必要とした、①閉鎖域(汽水域)であること、②原生林があること、③工場がないことの3つの条件を全て備えていた油谷湾を目にしたとき、「ここしかない」と感じたのだといいます。

      はじまりは人間本来の暮らしや、食の安全に興味を持ったこと

      佐賀県で生まれ、山口県下関市で育った井上さんは、地元の工業高校を卒業後、大手企業に就職し上京。東京在住時、台風により停電し、まちのほとんどの機能が停止した経験から、人間が文明の利器に頼りすぎていると痛感したのだそう。1年後、Uターンをし、今度は食品の原料を扱う地元の商社に勤めましたが、そこでは食品業界の裏側を知ることとなりました。

      「人間は本来、電気もガスも水道もない暮らしができていたはず」「食の安全にもっと目を向けなければ」、そんな思いをめぐらせた井上さんが、出した答えは自給自足。「昔の人みたいに生み出す力があって、自然のものを口にしていれば十分に生きていけるはず」と考えました。

      23歳で脱サラし、山口県下関市豊田町(当時は豊浦郡豊田町)の山の中で自給自足生活をスタートした井上さん。米も野菜も自分でつくり、合鴨やにわとりも飼育していましたが、ふと、「自分で育てた食材でも、塩が安全でなければ意味がないのでは?」と思ったそうです。

      塩づくりに興味を持った井上さんは、熊本県天草市まで塩田の見学へ。「自分で塩をつくりたい」と強く思ったものの、当時、塩は法律により専売制となっており、誰もが製造できる状況ではありませんでした。

      油谷湾だからこそ生み出せた「四季の塩」

      時が流れて1997年、法律が改正され、ついに塩の製造が解禁。井上さんは、天草の師匠から塩づくりを学びました。

      納得のいく塩をつくれるようになるまで、約半年。その間、炊く時間や寝かす時間を変えたり、炊く時の温度を変えたりと、試行錯誤を繰り返しました。ようやく本格的に塩づくりをスタートさせると、今度は全く同じ条件でつくっても味が変わることに頭を悩ませます。

      原因は、季節によって油谷湾の海水が変化すること。「春は藻がびっしり生えるので、海藻の風味が出てくる。夏は、梅雨の雨で山の栄養が豊富に流れ込むので旨みが強くなる。秋からは徐々に落ち着き、冬に至っては雨が少ない影響もありさっぱりとした味わいに。油谷湾だからこんなに激しく味に差が出るんです。」

      この土地だからこそ、この違いを生かせる方法を探した井上さんは、
      「春夏秋冬それぞれの塩として打ち出そう!」と、味の違いを逆手にとって、「油谷湾でしかつくれない商品」として売り出すことを決意。これが「za you zen」誕生の瞬間でした。

      井上さんにしかできない技術「本炊き」と、クライマックスの「天地返し」が味を決める

      井上さんが採用したのは1953年ごろに導入された塩づくり。

      まずは、油谷湾から海水を汲みあげ、立体式塩田(流下式塩田)で太陽と風の力を用い、約1週間かけて濃縮します。

      塩田の裏手には油谷湾が広がり、直で海水を汲みあげていることがわかります。デッキを設置したのは井上さんのアイデア。見学に訪れた人たちに、油谷湾の自然もしっかりと感じてもらうためだそうです。

      塩田にたくさん組まれた竹の枝は、海水が伝わる面積をできる限り広げるため。ここで海水を少しずつ蒸発させることで、ミネラルが濃縮されるのだとか。

      塩田で濃縮させた海水は、その後、4日間かけて予備炊きします。

      予備炊きの間は、毎日、朝と夕方の2回、カルシウムを除去。予備炊きが終わったら、今度は塩づくりの要である本炊きを行い、約10時間かけて塩が結晶になるまで炊きだします。現在、この作業を手掛けられるのは、井上さんただ1人なのだとか。

      本炊き完了後は、塩をまんべんなくかき混ぜる「天地返し」を行います。
      塩は、段階を追って、結晶が4種類できます。まず最初にカルシウム、2番目はナトリウム、3番目はカリウム、そして、最後にマグネシウム。この4つの塩を、海水の組成に戻す天地返しは、井上さんの塩づくりにおいて最も大切なものだといいます。

      本炊き後、天地返しを終えたら、樽に移し替え、もう一度天地返し。その後、1週間寝かせます。ここで余分なマグネシウムが美しい琥珀色のにがりに溶けていきます。

      樽で寝かせた後、自然乾燥をさせて完成。ここから塩に混ざった樽の木屑やカルシウムのかけらを人間の目と手で取り除いていきます。
      「何度も何度もひっくり返し、ほとんどが1mm以下の、塩の結晶についた点みたいなものを取り除いていく作業は本当に大変です。」と井上さん。

      地元の人たちの手も借りながらこの作業を終えたら、重さを測って、最終作業となるパッキングを経て、ようやく商品となります。
      「より分けとパッキングは近所の方にパートタイマーとして参加してもらっています。こうして、地域に雇用を創出できていることもうれしいですね。」

      おすすめは季節の食材をその季節の塩で味わうこと

      井上さんに春夏秋冬4つの塩で、おすすめの楽しみ方をお尋ねしました。すると、春は山菜、夏は夏野菜、秋は新米のおむすび、冬は油がのった魚や肉に、と季節の素材に合わせるのが一番なのだとか。そんな中でもこれから迎える夏と秋に楽しめるレシピをうかがいました。

       

      【夏のレシピ】焼きそら豆の夏塩かけ

      [材料(2人前)]
      空豆(5,6個)・オリーブオイル(適量)・塩(ひとつまみ)

      [作り方]
      1.軽くオリーブオイルを引いたフライパンに洗った空豆を重ならないように並べます。
      2.強めの中火で4~5分、少し焦げ目がつくくらい焼きます。
      3.裏返して弱火で3~4分焼き、食べる前に塩をかけて召しあがってください。

       

      【秋のレシピ】いちじくと生ハムのサラダ

      [材料(2人前)]
      いちじく(2個)・生ハム(30g程度)・オリーブオイル(小さじ1)・バルサミコ酢(小さじ1)・塩(ひとつまみ)※お好みで乾燥パセリ(適量)

      [作り方]
      1.4等分にしたいちじくに、生ハムを乗せます。
      2.オリーブオイル、バルサミコ酢、塩を混ぜ合わせ、1.にかけます。
      3.お好みで乾燥パセリをいろどりに添えて完成。

      • さらに販売を開始したばかりの「米つや姫」もご紹介。塩づくりの過程でできるにがりをそのまま詰めたもので、お米2合に対し、キャップ1杯分加えて炊くと、ふっくらツヤツヤに炊き上がるのだとか。ほんのちょっぴり塩味も加わり、旨みもアップするそうです。

      まずは、春夏秋冬4種類の塩がそれぞれ10gずつ試せる「四季のソルトレター」で味を確かめてみるのもおすすめ。大切な方への贈り物にもうれしいセットです。

      おいしくて安全な塩を届けるだけでなく、環境について考えてもらうきっかけに

      井上さんは、作りあげた塩を食卓に届けるだけでなく、塩を通じて環境問題について考えるきっかけを提示することも自身の使命だと話します。「おいしい塩は、美しい海があってこそできる。海を汚せば、それが自分たちに返ってくることを知っておいてほしい。」

      また塩づくりによって油谷島が、長門市が活気づき、豊かになっていく様子を多くの人たちに見てもらうことで、今一度、地域のあり方、地域のなすべきことを考えてもらいたいとも話します。「自給自足から始まった私の塩づくりですが、今は会社として発展し、地域創生を目指すものとなっています。自分だけが生き抜く力を備えるのではなく、このままでは消滅してしまうかもしれない地方都市を変えていきたいと思っています。」と、井上さんは穏やかな油谷湾を眺めながら語ります。

      今後、井上さんたちは、オリーブの栽培も始める予定だそう。
      「米、野菜、魚、肉、塩。あとは油があったら完璧です。」
      地域とともに発展し続ける井上さんの活動。油谷湾発のオリーブオイルが誕生する日も近そうです。