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100年後も“生きてる”街。著名クリエーターが熱烈支持する城崎「本と温泉」

100年後も“生きてる”街。著名クリエーターが熱烈支持する城崎「本と温泉」

兵庫県豊岡市

    2023.06.30 (Fri)

    目次

    昭和の文豪・志賀直哉の小説「城の崎にて」の舞台にもなった兵庫県北部の城崎温泉。近年は改めて「文学」を軸にした地域ブランディングがすすみ、さまざまな活動が行われています。温泉や名産品でなく、「文化」そのものを観光資源とした地域創生活動を行なっている「城崎」を現地で取材しました。

    文豪から愛された温泉街、城崎

    枝垂れ柳の並木に太鼓橋がかかる川沿いを、ゆかたに下駄の人々がそぞろ歩く……。城崎温泉は、現在でもそんな古き良き情緒が残る温泉街です。昼間から、7つある城崎温泉の外湯をめぐる人々の姿が多く見られます。

    717年に開湯し、1300年以上の歴史ある城崎温泉は、けがや病気に効能があるといわれ、人々が長期滞在で療養する湯治場として現代まで長く愛されてきました。その情緒ある街の姿は多くの人の心を捉え、平安時代には歌で詠まれ、近代から現代も名だたる文豪たちが滞在したことで知られています。

    また近年では古き良き街並みの中にも、現代風のカフェやショップ、ビストロなどが自然と溶け込んでいて、世代を問わず楽しめる街として訪れる人々に愛されています。

    志賀直哉が滞在した「三木屋旅館」

    志賀直哉が『城の崎にて』を執筆した頃の三木屋旅館 写真提供:三木屋

    志賀直哉は、大正2年、けがの養生のため3週間ほど城崎・三木屋旅館に滞在し、その間に名作『城の崎にて』を執筆しました。すっかり城崎の街と三木屋旅館が気に入った志賀直哉は、その後合計で10回以上城崎を訪れており、三木屋の当主とは二代に渡り交流が続いたのだといいます。大正14年の北但大震災によって倒壊した後に再建した現在の三木屋では、志賀直哉が好んで指定した「二十六号室」が見学用に公開されています。志賀直哉ゆかりの品を間近に見ることもできます。

    晩年、志賀直哉が老齢になってからは逆に、城崎温泉のメンバーが志賀宅に出向き、温泉街全体として交流を続けていたのだそうです。

    三木屋から届けられた贈り物に対するお礼状。「娘、大喜び」などと記されており、その関係の深さがうかがえます

    三木屋旅館は創業300年と古い歴史を持つ旅館で、現在の当主は十代目の片岡大介さん。「本と温泉」の理事でもある片岡さんに話をうかがいました。

    「現在の建物は、およそ96年前のものです。木造3階建ての建物を、少しずつ手直しをしながらいわゆる“旅館らしい旅館”を体験してもらう、というのをモットーにやっています。」

    三木屋の中には2つの内湯がありますが、やはり「外湯めぐり」を推奨しています。
    「外湯めぐりができる温泉街というのは、日本全国に他にもあると思うんですけど、城崎には『旅館のお風呂は小さくないとだめ』というルールがあるんです。基本的には外湯に行ってもらう、という城崎のスタイルをすべての旅館が守っています。」

    昭和25年に定められたというそのルールこそが「城崎の古き良き姿」を守っている要なのだといいます。

    “文学のまち”を再生すべく立ち上がった「本と温泉」

    「もちろん、ありがたいことにたくさんの方に来ていただいているのですが、他の観光地同様、どうやってもっと人を呼ぶかは課題です。城崎は特に冬に人を呼べる『温泉』と『蟹』という強みがあるのですが、それでもなかなか難しい。やはり夏にも人が呼べるようにならなくてはいけないなと危機感を持っていて、いろいろチャレンジしたのですが、結果も出ないし何かしっくりこない、ということが続いていました。」

    そんななか訪れた2013年という年は、志賀直哉が初めて城崎を訪れてから100年という節目の年でした。
    「このチャンスを生かさない手はない」と考えた片岡さん。同世代の若手旅館経営者たちと、なんとか「文学」を城崎の強みにできないかと動き出しました。

    「『志賀直哉が城崎に滞在して、城崎を舞台の作品を創作した』という現象そのものを再現しようじゃないかということになったんです。つまり、現代の小説家にも城崎に滞在してもらい、城崎の作品を書いてもらおうと。」

    もちろん全員が「出版」や「文学」とは無縁。何をすればいいのか、まさに暗中模索だったそう。

    「さまざまな人に相談を持ちかけているうちに、ブックディレクターの幅允孝さんを紹介してもらいました。『確かに街を歩いていて文学のエッセンスは今はない。だからこそやる価値がある』と城崎を見た幅さんが仰ってくれました。そこから『本と温泉』が生まれたんです。」

    「本と温泉」という出版レーベルを立ち上げ、「アーティスト・イン・レジデンス」ならぬ「作家・イン・城崎温泉」として作品を制作してもらうという活動が始まりました。
    また、その作品は全国展開するのでなく、あくまで「城崎温泉」での販売のみ。つまり、城崎温泉に来てくれた人しか手に取れないものという希少性をつけたのです。

    “城崎でしか買えない”というのは、インパクト抜群でした。お土産にしやすいフレーズでもあるし、作家のファンの方はわざわざ買いに訪れてくれる。オリジナルプロダクトをつくる、ということだけでなくその先にある狙いまできちんと設計されているといえます。

    全国の読書好き、温泉好きからそれぞれの作家のファンまで広く話題となることに成功しました。

    また、そのコンセプトだけにとどまらず、作品のユニークさも多くの人の心を掴んでいます。
    タオルの装丁が話題の『城崎裁判』は、作家の万城目学さんの作品です。

    幅さんが声をかけ、万城目学さんが城崎に滞在して書き下ろし作品を執筆しました。装丁がタオルで出来ていて、書籍本体も撥水性の高い紙でつくるなど“湯船に浸かりながら読める”仕様がユニークです。
    「万城目さん自身も、名刺がわりじゃないですが、挨拶に使うこともあるようで、気に入っていただいていますね(笑)。」

    湊かなえさんの『城崎へかえる』は、“蟹”の装丁。作品を読むときは、蟹の脚を剥くようなスタイルになっており、城崎で蟹を食べる追体験になっているのがおもしろいと評判です。

    「万城目さんの作品が話題になったとき、万城目さんとかねてから親交のあった湊かなえさんは、城崎にプライベートで通っていたようで、『万城目さん、ずるい。私が書きたかった』と冗談めかしていわれたそうなんです。それを聞いた私たちは、『もしかしてお願いすればいけるのでは……?』とダメもとでお願いしてみたら、ノリノリで引き受けてくださいました。」

    絵本作家「tupera tupera」さんの『城崎ユノマトぺ』は手にとる人々の年齢の幅を大きく広げることができました。

    「『本と温泉』の“本”を『文学だけにとどめない』という思いで絵本にしました。すごくキャッチーなので、イメージがグッと柔らかくなったんですよね。」

    片岡さんは「最初は出版なんて縁もない、素人だった」と語りますが、どの作品もそうそうたる小説家・クリエーターが手がけています。

    「万城目さんにしても、湊さんにしても、何万部・何十万部と作品が売れる先生だと思うんですが、僕らは最初1,000部とか、そういうお願いをしているんですよね(笑)。それでも引き受けてくれたのは、“城崎でしか買えない”というコンセプトをおもしろがってくれたからなんですよね。なので、増刷しました、1万部売れました、2万部売れましたって階段上がることに報告しているんですけど、本当に一緒に喜んでくださっているんですよ。なので、作品を依頼して制作してもらっている先生というより、“城崎の応援団”みたいな関係性でしょうか。」

    今年で、2013年の「本と温泉」のスタートから10年。全4作を10年間で、累計発行部数は6万部を突破しました。全国の流通網には乗せず、城崎温泉の土産物屋や書店、売店のみでの販売にも関わらずこの数字は驚異的といえます。

    「城崎温泉で、文学作品と触れ合ってほしい」という当初の思いは、10年をかけてまさに現実のものとなっているといえるでしょう。

    待望の第5弾と、アートブック仕様の10周年記念作品

    2023年は「本と温泉」の設立10周年。待望の第5弾が発表になり、2012年『ある一日』で織田作之助賞、2016年『悪声』で河合隼雄物語賞を受賞した、作家のいしいしんじさんが手がけることが発表されました。

    また、「本と温泉」の10周年を記念し、世界へ城崎温泉の魅力を発信するコンテンツとして『新訳・城の崎にて(英語版)※仮称』の出版も同時に発表されました。単に英訳をするだけではなく、『城の崎にて』の世界観をより感じられるよう、フォトアートブックの要素も含めていくとのこと。

    この新規プロジェクトで写真を担当するのは、世界的にも評価の高い写真家・川内倫子さんです。打ち合わせと制作を兼ねて城崎温泉に滞在していた川内倫子さんに、城崎温泉についてうかがいました。

    「城崎は、すごく活気がありますよね。今、歴史がある温泉街って、寂れつつあるところが多いなか、ちょっと驚きました。趣のある、歴史のある街の良さを持ちながら、“人が作っている力”がすごくあるのが特徴的だなと思いますね。『本と温泉』チームのメンバーもそうですけど、街の人たちの、『地元を盛り上げていこう』という気持ちをすごく感じます。元々ある土地の豊さに加えて、人の力がうまく調和されているのが魅力だと思いますね。」
    川内さんが感じた、城崎の“生きている”感じが次作には投影されるのでしょうか。

    「現在制作しているのは、あくまで『志賀直哉作品』であるので、直哉さんがどういう視点で見られていたのかなというのを想像しながら制作しています。直哉さんの視点と、現代の自分の視点をどういう風に調和していこうかなというのが、作品にあらわれてくると思います。」

    「城崎は全体のバランスがとてもいいですね。街並みも、新しくオープンしたお店と老舗の旅館が隣り合っていても違和感がなく、新旧が入り混じりながら少しずつアップデートしていく……。そのバランスがすごく絶妙なんですよね。多分、あまり考えすぎなくても、その良さは写真に映ってくると思います。」

    「来てもらえればわかる」城崎らしさを守り、100年後のために見つめ直し続けること

    城崎を訪れる人に聞くと皆一様に「城崎は街並みがいい」と話してくれます。

    「街のお風呂に行き、街の飲食店で食事し、街の土産物店で買い物をする。それが“街が生きる”ために必要なことだと思うんです。城崎は、街全体が1つの旅館なんです」と語る片岡さん。

    「昭和の文豪の先生方に支持されていた城崎が、時を経ても現代のクリエーターの方々に同様に“城崎は街が生きている”と思っていただいているのがうれしいなと思います。元々温泉街というのは、こういうことが求められていたんだと思います。バブル期の団体旅行などに対応するためなどで大型旅館ができ、施設のなかですべて完結するようになってしまうと、周辺の小さなお店が閉まっていってしまう。それは街を滅ぼしてしまうということなんですよね。この先も、「温泉街」は、元の姿に戻っていくんだと思います。」

    城崎らしさという核の部分は守れるように仕組みを整え、それ以外は少しずつアップデートをしていくという手法で、活性化を進めています。そして、「本と温泉」の活動とゆかりのあるクリエーターが増えていくことでまた、100年先に向けてまた新しく文化の香りをまとい続けていくことでしょう。

    本と温泉(外部サイトに移動します。)
    https://books-onsen.com/

    三木屋旅館(外部サイトに移動します。)
    https://kinosaki-mikiya.jp/