STORY
人と、地域と。直島初の本格旅館「ろ霞(か)」が提案する島時間

人と、地域と。直島初の本格旅館「ろ霞(か)」が提案する島時間

香川県香川郡

    2023.08.25 (Fri)

    目次

      瀬戸内海に浮かぶ直島は、周囲約16km、人口3,000人ほどの小さな島ながら国内外からたくさんの観光客が集まることで知られています。“現代アートの聖地”と呼ばれるこの島には、「地中美術館」「ベネッセハウスミュージアム」など4つの美術館のほか、いたるところにアート作品が展示されており、島のどこにいてもアートを感じることができます。今回はそんな直島の魅力について直島初の本格旅館「ろ霞」のオーナーである佐々木慎太郎さんと、若女将の夏子さんにお話をうかがいました。

      直島の魅力=アートを循環させる。「ろ霞」の役割

      2022年に「ろ霞」がオープンするまで直島の宿泊施設といえば、ベネッセが運営する高価格帯の「ベネッセハウス」か、地元の民宿の2択。魅力的な美術館や膨大なアート作品があるにも関わらず、宿泊の選択肢が多くないため、多くの観光客が日帰りで帰ってしまうのが現実でした。

      そんな中、直島初の本格旅館としてオープンしたのが「ろ霞」です。オーナーである慎太郎さんは、岡山の湯郷温泉で90年近く続く旅館「季譜の里」の4代目。そんな慎太郎さんがなぜ直島で旅館を営むことになったのでしょうか。

      「きっかけは、季譜の里の隣で民家の施工をしていた建設会社の社長が声をかけてくれたことでした。季譜の里のスタッフの丁寧な挨拶を評価してくださり、その社長の故郷である直島でホテルをやってみないかと。」

      「ろ霞」が掲げるコンセプトは「現代アートと共に直島の自然や瀬戸内の豊かな食材、日本ならではのおもてなし文化を体験し、そして旅人同士の交流が自然と生まれるような旅館」。このコンセプトには、代々湯郷温泉で旅館を営んできたからこその慎太郎さんの想いが込められているといいます。

      「本来、旅館でいただく“宿泊料”というものは、料理にその土地のお米やお味噌を使ったり、その土地の人の工芸作品を展示したりすることでもらえるものだと僕は思っています。その土地のものに触れ、気に入ったものを購入した宿泊客がほかの人におすすめして、その評判を聞いた人が旅館を訪れるというように、地域の魅力を循環させるのが旅館の仕事だと思っているんです。それが直島の場合は“アート”。ホテルにアート作品を展示し、購入できるようにすることで日本のアートの魅力を海外で広めてもらう。そしてまた直島に来てもらう。そういうふうな循環ができればと思いこのコンセプトにしました。」

      「ろ霞」では、客室に今最も注目される国内の若手現代アーティストの作品を展示。これらの作品はすべて実際に購入することができ、いまのところ全作品に買い手がついているほど人気なのだとか。直島の美術館でアート鑑賞するだけでなく、旅館でもアートと出会うことにより、滞在客はより直島最大の魅力であるアートと接することになるのでしょう。

      「明日はどこへ?」旅人同士がつながれる囲炉裏

      若女将の夏子さんは旅人同士の繋がりを大切にしているのも「ろ霞」ならではの魅力だと語ります。

      「宿というと自分たちだけの空間で“おこもりを楽しむ”というイメージが強いと思いますが、私たちはあえて空間をオープンにして、ほかのお客様の存在を感じられるようにしているんです。」

      日本古来の長屋を思わせる客室の作りは、隣の部屋のお客さんとも気軽に話してほしいとの思いから。長い廊下を歩くと、客室と廊下の間に設けられたガラス張りの小上がりによって内外が曖昧につながれており、人の気配を感じてほしいという思いが伝わってきます。

      “交流”というキーワードを感じられる場所はほかにも。

      「建物の中央にある屋外の囲炉裏は、旅人同士が語り合ってほしいという思いで作りました。」と、かつて自身が世界一周をしたときの経験をもとに囲炉裏を作ったと話す慎太郎さん。

      「実際に多くのお客様が囲炉裏でアートについて語り合ったり、翌日以降の旅の予定を聞き合ったりと、自然に会話が生まれる場所になっているんですよ。」

      囲炉裏は、「ろ霞」にとって欠かすことのできない場所だと説明してくださいました。

      島での共同生活と地域住民との交流。これこそが「島時間」

      欧米圏からのインバウンド客も多く受け入れている「ろ霞」ではスタッフの顔ぶれも多国籍。直島が好きということが理由で入社した方がほとんどだそうで、スタッフの中には直島が好きすぎるあまり、自らお客様のガイド役を買って出るメンバーもいるのだとか。

      スタッフのほとんどはオープンに際し直島に移住したのだといいます。慎太郎さん、夏子さんも含め古民家での共同生活を行っているそう。

      「都会ではできない丁寧な暮らしを送っています。夜飲みに行くところもないので、コンビニでビールを買って、海辺で飲む“星空飲み会”をするのも楽しいですよ。」と移住生活を満喫している様子の慎太郎さんと夏子さん。

      アートが最大の魅力として知られている直島ですが、瀬戸内海の穏やかな美しさや、直島の内部の緑豊かな里山風景は、一見アートと相反するものかもしれません。しかし、それこそが直島のポテンシャルなんだとふたりは語ります。

      「“ただそこに在る”を愉しむ時間を過ごしてほしいですね。」と慎太郎さん。

      「ろ霞」では宿内のどこにいても虫の声や鳥のさえずりが聞こえ、里山の風景がじっくり眺められます。そこには都会では感じることのできない、ゆったりとした島時間が流れており、自分が自然の一部になったような感覚を味わうことや、何もしない、ただそこにいるだけで癒しの時間を過ごすことができるのです。

      「直島というとアートやインスタ映えスポットが注目されがちですが、地中美術館の近くの小道から見える海や、何もない坂を上がったところの景色、山つつじに染められた紫の山並みなど、そういうなんでもない直島の自然も楽しんでほしいですね。」と、夏子さんも笑顔で話してくださいました。

      より自給自足の島暮らしへ近づくために

      瀬戸内は、その豊かな自然環境から食の宝庫といわれます。豊かな土壌を持つ里山では多種多様な野菜や果物が育ち、瀬戸内海にはなんと400種以上もの魚介類が生息しています。それらの食材を料理として口にすることで、より直島の魅力を感じられることでしょう。

      • 写真提供:ろ霞

      • 写真提供:ろ霞

      • 写真提供:ろ霞

      • 写真提供:ろ霞

      空間だけでなく、提供される料理でも「直島」を感じることができる「ろ霞」。

      「今も食材の8割以上を瀬戸内の食材で用意しているのですが、敷地にある畑をもっと広げていって、より自給自足の島暮らしに近づいた食事を提供できるようにしていきたい。」と慎太郎さんは今後の展望を語ります。

      アートを見て、写真を撮って、次はここへ向かって……とつい足早になりがちな直島観光ですが、宿泊し、ゆったり滞在することで初めて見えてくる直島の素顔がそこにはありました。

      穏やかな瀬戸内海と里山の風景、そしてアートを共通項とした旅人同士の出会い。「ろ霞」で過ごす島時間はそんな直島の魅力を最大限感じさせてくれます。

      ろ霞
      香川県香川郡直島町1234
      公式ウェブサイト(外部サイトに移動します。)https://roka.voyage/