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大人の“まほう”で子供を支える。奈良・生駒の駄菓子屋「チロル堂」が目指す新たなコミュニティーのカタチ

大人の“まほう”で子供を支える。奈良・生駒の駄菓子屋「チロル堂」が目指す新たなコミュニティーのカタチ

奈良県生駒市

    2023.09.15 (Fri)

    目次

    奈良県の北西部、大阪府や京都府に接する生駒市。緑豊かで子育て世代にも人気のエリアに、一風変わった駄菓子屋さんがあります。「まほうのだがしやチロル堂(以下、チロル堂)」は、そのユニークな仕組みが全国から注目を集めています。この場所の仕掛け人であり、オーナーの1人である石田慶子さんにお話をうかがいました。

    カプセルトイに仕掛けられた「まほう」

    近鉄生駒駅から歩いて3分ほど。のれんをくぐると、色とりどりの駄菓子が並ぶスペースの一角に、カプセルトイの機械があります。18歳以下の子供は1日1回、100円を入れてこの“ガチャ”を回すと、カプセルを手にすることができます。

    中には1~3枚の「チロル札」。1枚のチロル札は店内で100円の価値があり、札の枚数によっては100円以上のお買い物ができる仕組みです。つまり、100円が100円以上の価値になるという「まほう」がかかるのです。

    子供たちはこのチロル札で駄菓子を買ったり、店内で提供しているフードを注文したりできるのです。店舗の奥のカウンターには、カレーやフライドポテト、夏はかき氷もスタンバイしています。

    「親子連れもいらっしゃいますが、子供同士で誘い合って来てくれたり、『ここに来れば誰かがいるから』といって1人でフラリとやってくる常連の子も多いですよ。」と石田さん。放課後の時間帯や週末は「足の踏み場もないほど」多くの子供たちで賑わうのだとか。

    この仕組みを支えるのは、大人たちです。チロル堂で大人が飲食や買い物をすると、その代金の一部が寄付され、子供たちの「チロル」になります。例えば、コーヒーは600円で1チロルの寄付、大阪の焼肉の名店「海南亭」の牛すじ丼は600円で2チロルの寄付が含まれています。このほか、サブスクリプションで毎月決まった金額を寄付することも可能だそうです。

    アートとデザインの力で福祉の限界を超える

    チロル堂が誕生するきっかけとなったのは、長く福祉に関わってきた石田慶子さんのある思いでした。

    「福祉の現場で子供たちの困りごとに向き合っていると、大人や社会の問題にたどり着くんです。貧困や教育など、問題が複合的に絡み合っていることも少なくありません。それなのに、福祉の世界は縦割りが当たり前。窓口が違っていたり、問題が分断されてしまったりすることで、十分に支援が届けられない状況にジレンマを感じていました。」

    そんなときに出会ったのが、生駒市内で「たわわ食堂」を運営する溝口まさよさんでした。地域の高校生やお年寄りがごはんをつくり、誰もが利用できる食堂。地域の人々が世代を超えて一緒に食卓を囲む風景に、石田さんは強い憧れを抱いたといいます。ただ溝口さんにも、売上を目的にしない子供食堂ゆえに常設が難しいという課題がありました。

    石田さんは、溝口さんと共に子供たちの新しい居場所づくりに取り組むことに。さらに、生駒市内の別プロジェクトで行動を共にしていた、アートスクールを営みミュージシャンとしても活躍する吉田田タカシさんと、地域やコミュニティーづくりに関わるデザイナーの坂本大祐さんにも声をかけ、4人がチームとなった新しい場所づくりがスタートしました。

    「デザインやアートの世界にいる2人と共に事業を運営するのは、従来の福祉の力だけでは限界があると感じていたから。これまでのイメージを払拭するには、たくさんの人を惹きつける発信力が必要でした。吉田田さんと坂本さんは、すでに福祉関係の活動もされていたので『福祉的な言語が通じる』のも心強かったですね。」

    「楽しそう!」を引き出すアイデアとストーリー

    4人でチロル堂の構想を練る中で大切にしたのは「どんな子供も受け入れられる場所」であることでした。

    「『〇〇のため』と目的をつくってしまうと、そこから外れていると思われたら来てもらうのが難しいですよね。困っている人、かわいそうな人と決めつけられたくない気持ちも湧いてしまいます。まずは『楽しそう』『面白そう』と思ってもらえることを大切にしました。」

    ミーティングを重ね、アイデアを出し合っていたある時、4人のLINEグループに吉田田さんからのメッセージが送られます。

    「メッセージの中身は、チロル堂の仕組みを決定づけた物語でした。『店には大人の入口、子供の入口に分かれていて、子供は1日1回カプセル自販機を使うことができる。カプセルにはチロル札が入っていて、子供はそれを使ってカレーを食べたり、駄菓子を買えたりする…(後略)』というような。これまで出してきたアイデアにワクワクするようなストーリーがプラスされていて、読むとお店の姿がありありと見えてきたんです。夜中2時だったのですが、『天才!』『それやりましょう!』とみんなが大興奮でした(笑)。」

    こうして、子供は「寄付を受けている」ことを意識することなく利用でき、大人も気負いなく子供を支えることができる、チロル堂のベースとなる仕組みが完成します。駅からほど近い、元スナックだった物件を全面改装し、いよいよ2021年の8月、チロル堂がスタートしました。

    チロルの「まほう」はオープン当初から大きな話題となり、たくさんの子供たちで賑わいました。全国から行政や福祉の関係者が視察に訪れ、メディアにもたびたび取り上げられるように。ユニークな仕組みが評価され、2022年にはグッドデザイン賞大賞を受賞しました。

    「ルールを押し付けない」ことで生まれた子供たちの変化

    スタッフは子供たちと気軽にお喋りをすることはあっても、「どうしたの」と積極的に介入することはありません。オープンから2年経った今、この方針こそが子供たちに変化をもたらしたのだそうです。

    「子供たちの代表的な居場所である学校や学童保育、習い事、もちろん家庭でも、大人たちはルールをつくり、子供に守らせます。そうすると、子供たちは大人のジャッジを頼りに自分の行動を決めるようになってしまい、結果としてそれは『良い子/悪い子』『正しい/正しくない』といった価値観の分断を生んでしまうんです。

    ここでは大人から『やってはいけない』といわれることがほとんどありません。宿題をしても良いし、ごはんを食べながら動画を見ても怒られはしません。勉強している友達の隣で、楽器を弾く子だっています。チロル堂は誰もが自分の意思で行動することを許される場所だと気づいた子供たちは、『ここが自分の居場所であり続けるにはどうすれば良いか』を自分で考えるようになりました。」

    取材中も、テーブルに空のグラスがあることに気づいて「ここ片付けようか?」と声をかけてくれたり、会話の邪魔にならないようにそっと移動したりと、子供たちが細やかに気遣ってくれるのを感じました。それだけ、チロル堂を大事にしたいという強い思いが子供たちに根付いているのでしょう。

    「近所の公園にゴミが落ちていたと、チロル堂で販売しているお菓子の包み紙を拾ってきてくれた子もいました。私たちが頼んだわけでも、私たちに褒められるためでもなく『チロル堂の評判が悪くならないように』と。チロル堂という場所づくりを『自分ごと』として捉えてくれるようになったのはうれしかったし、驚きでしたね。」

    新しいものを受け入れる生駒だからこそ始められた

    「もともと、生駒の人は新しいことが好きで、移住者も快く迎え入れてくれる土地柄。ユニークな活動をしている人は市役所が運営するWebサイトでインタビュー記事が紹介され、取材を受けた後も横の繋がりが生まれていきます。そんな生駒だから、新しいアイデアがあればきっと面白がってもらえるし、誰かが手伝ってくれるだろうと思っていました。」

    その思惑通り、地域の人がお店を手伝ったり、「一日店長」として活躍してくれたりしているのだとか。生駒市役所が徒歩圏内にあることもあり、行政と地域の人が垣根なく話せる場所にもなりつつあります。2023年4月には、夜の居酒屋営業もスタート。お酒を飲みながら気軽に「チロる(寄付する)」場所として、生駒市内はもちろん奈良県外からもたくさんの大人がチロルに集います。

    「地域の課題や社会問題を気軽に話せる場所って、意外と少ないですよね。ここでは、チロル札が見知らぬ人同士の会話のきっかけになります。チロル堂で、ふだんは出来ない話をたくさんしてもらえたら嬉しいです。」

    「まほうつかい」を増やして福祉を地域に返したい

    子供たちの居場所として機能しはじめたチロル堂ですが、2年間の運営を通して課題も見えてきたといいます。

    「課題は、『まほうつかい』がまだまだ足りないこと。学年や学校を超えてたくさんの子供で想定以上に賑わってはいるのですが、大人の支援がセットになって運営し続けることが理想なんです。」

    子供の利用の増加に比べると、寄付は十分とはいえない状況。サブスクや居酒屋をスタートさせたのも、より多くの大人に関わってほしいとの思いからでした。さらに、チロル堂だけでは解決しない問題もあると石田さん。

    「そもそも、チロル堂や子供食堂が必要とされるのは、それだけ生きづらさを抱える子供がいるということ。福祉の支援制度はたくさんの人を救うものではありますが、一方で『誰かがやってくれる』『自分には関係ない』といった、無関心を生んでいる面もあります。福祉の世界だけではなく、地域全体に強い縦割り思考が根付いていると気が付いたんです。」

    最近では「チロル堂をやってみたい」という他地域からのリクエストが増え、大阪・四条畷市や金沢に新たな店舗がオープン。2023年秋には、生駒市内に2号店も登場予定です。2号店では、チロル堂1号店で見えた「無関心」を解消する試みも行われます。カプセルトイに入ったチロル札で子供が買い物をするという楽しい仕組みはそのままに、より寄付に重点を置いた運営スタイルに。運営の主役は、地域のお年寄りで構成される有償ボランティアの方たち。地域全体で場を盛り上げていきたいと石田さんは意気込みます。

    「チロル堂を通して新しい寄付文化をつくれたらと思っています。困っている人がいたら誰もが『自分に何ができるか』を考え、助け合うのが本来の福祉の姿。制度やサービスの名前としてではなく、人がより良く生きるものとして、福祉を地域に返していきたいです。」

    チロル堂から生まれた「まほう」は、子供も大人も幸せに生きられる場として、さらなる広がりを見せています。

    まほうのだがしや チロル堂
    奈良県生駒市元町1丁目4-6

    公式ウェブサイト(外部サイトに移動します。)https://www.tyroldo.com/