福岡県八女市
2023.09.27 (Wed)
目次
「もんぺ」を現代風にアレンジし、年間約2万着を販売する大ヒット商品に育て上げた「うなぎの寝床」。同社は、福岡県八女市を拠点に、伝統工芸品などを販売するアンテナショップを運営し、オリジナル商品の企画開発や旅行関連事業、体験プログラムの提供など、広範囲に活動を展開しています。多角的な事業展開と地域文化の再生がどのように関わりあっているのか、創業者の1人である、春口丞悟さんに話をうかがいました。
福岡市内から電車とバスを乗り継ぎ、1時間半ほどの場所に位置する八女市。街には文化的景観条例によって守られた伝統家屋が立ち並び、その中に古民家をリノベーションして作られた、「うなぎの寝床 旧丸林本家」があります。同店に一歩足を踏み入れると、色とりどりの「もんぺ」が出迎えてくれます。
もともとは雇用創出にまつわる事業に関わっていた、春口さんと代表取締役の白水高広さん。思いがけず、筑後地方の伝統木綿織物、久留米絣(くるめがすり)のもんぺに出会い、その履き心地の良さに感動したそう。かつて着物の生地として使われていた久留米絣。時代の変化に伴い生産量が減少していました。着物に限らず他の用途にも利用されるようになりましたが、主に年配の女性向け商品が主流だったそう。そこで春口さんたちは「細身で無地のデザインを作れば、若い世代にも受け入れられるだろう。」と考えました。
春口さんたちのアイディアは形となり、オリジナル商品『MONPE』が誕生しました。生産者の利益を守るため、持続的に生産できる適正価格で販売。現代の洗練されたデザインに作り替えたことで、新たな価値を見出しました。機能性やデザイン性の良さが徐々に広まり、今では多種多様な柄のMONPEが作られています。
春口さんたちは久留米絣をきっかけに、さまざまな伝統文化商材と出会うことに。それらは、大都市である東京や大阪に集められ販売されていましたが、地元にも地域産品が集まる場所があるべきではないか。そう思い、アンテナショップ「うなぎの寝床」をオープンさせた春口さんたち。(現在は「うなぎの寝床 旧寺崎邸」にてアンテナショップを展開中)
「自分たちの好きなモノだけを集めたお店ではありません。」
そう語る春口さんたちが選ぶ商品は「ネイティブスケープ」の理念に基づいたもの。ネイティブスケープとは、土地の特有性を表す「ネイティブ」と「風景」を意味する「ランドスケープ」を組み合わせた造語で、地域の歴史や文化を尊重し、未来に継承しようとする人々が創り出す風景を指しています。そして、この風景の中で生まれるアイテムだけが「うなぎの寝床」に並ぶのです。
地域の文化を現代に適応させて未来につないでいく役目として、春口さんたちは、自らを「地域文化商社」と定義づけています。「文化商社」という聞きなれない組み合わせの言葉は、わざと「違和感」を生み出しており、人々の印象に残す工夫をしているのだとか。
初めてのショップ・旧丸林本家のオープン当初、企画展などのイベントを開催し、まずは近隣の住民に声をかけていった春口さんたち。これらのイベントが新聞やWebメディアで取り上げられるようになり、現在では福岡都市部や他県にも店舗を広げています。
「都市部で当店のことを知ってくれた人が、八女まで足を運んでくれることもあるんです。ある意味、八女の店舗は、伝統工芸が好きで『わざわざ来る』人たちが集まる場所です。それに対して都市部の店舗は、伝統工芸に興味のない人たちにもアプローチできるように工夫されています。」
文化や伝統に触れ、過去の文化と未来を繋げる。この設計作りには、春口さんが大学で学んだ建築の知識も関係しているのだといいます。
「建築の設計は、まず与件整理と呼ばれる事前準備から始まります。土地の特性や、建築する目的の整理。そして、これに基づいてコンセプトを作り、予算や法律上の適合性を検討していきます。この一連の思考プロセスは、応用しやすく、地域文化商社の活動にも活かされています。」
商社として、あらゆる地域の商品を取り扱う姿勢には、文化に対する想いが秘められています。
「日本全国の伝統工芸品を取り扱う理由は、商品を比較できるようにするためです。仮に、織物について1種類だけ知っていても、他のものと比較できなければ特徴を理解しにくい。比較したうえで『自分は軽い素材が好きだから、久留米絣を選ぶ』といった感じで、良し悪しを自分の目で判断し、選んでほしいと思っています。そんな想いで、多くの商品を展示し、『参照できる』をコンセプトにしました。」
春口さんたちは全国各地の作り手とのつながりを築き、2023年には初めての九州外となる新店舗を愛媛県大洲市にオープンしました。この店舗には、四国固有の地域産品が集まっており、愛媛と九州をつなぐ歴史がその裏に息づいているのです。
「大洲店で扱う商材の1つに『丸亀うちわ』という伝統工芸品があり、香川県丸亀市で作られています。実は熊本を訪れた旅の僧侶が、この丸亀うちわの技術を熊本の地に伝えたという歴史があります。そのため、現在でも熊本県山鹿市で同じ技術を用いたうちらが作られているんです。」
遠く離れた土地に受け継がれた伝統工芸品の歴史を、テンポよく語る春口さん。
一時は新型コロナウイルスの影響で経営に苦しむこともありましたが、現在は次々に新しい店舗を展開しながら、「リアル」の場をこれまで以上に活性化し、文化を伝え続けています。
そこでもっと多くの人に、より丁寧に伝えるためには何が欠けているのか、与件整理をしたという春口さんたち。たどり着いた先は「滞在」や「体験」の提供でした。
「ものづくりの事業に関わる中で、2つの不足が浮かび上がりました。モノに興味がある人には店舗を通じて文化を伝えることができますが、モノに興味のない人との接点が不足している。加えて、モノを購入した人にとっても、僕たちから間接的に聞いた文化の理解を、さらに深める場が足りない。この2つの不足を補うのが、滞在や体験というアプローチだったのです。」
消費者へのアプローチは作り手側、ひいては地域への貢献にもつながるといいます。
体験に価値をつけ、経済を循環させる。綿密なコンセプト設計のもと、2019年「UNAラボラトリーズ」というグループ会社を立ち上げ、旅行関連事業を開始しました。
九州各地の生産者を訪ね、制作の工程を体験できるツアーの提供をスタート。また、Craft Inn 手 [té]と名付けた宿泊施設では、客室に八女在住の竹細工職人によって制作されたランプシェードやテーブルが備えられており、朝食は地元の食材が伝統工芸の食器を彩るなど、クラフトの魅力を全身で堪能することができます。
幅広い事業展開を行う春口さんですが、「八女の街を観光地にしたいわけではない。」と、一過性のブームで終わらない、常に長期的・サステナブルな視点で地域社会を捉えていると話します。
「モノの購入を通じて、文化への興味関心を深めていけるよう、体験や宿泊施設の提供をする。この八女の仕組みが成功したからといって、他の地域や街でも成功するとは限りません。他の都市に展開する際には、まずその土地を理解し、その特質に合わせたアプローチが肝心です。」
「たとえば、大洲市は八女市よりも観光客が多く、独自の特性がありますから。その土地に適した方法で、不足している要素を見つけることから始めないといけないですね。」
伝統文化を未来へつないでいくための強い情熱と考え抜かれたロジカルな仕組み。この融合が今後どのように発展していくのか、これからも注目です。