滋賀県長浜市
2023.10.11 (Wed)
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まんなかに大きな湖を抱える滋賀県では、親しみを込めて琵琶湖を「うみ」と呼ぶことがあります。豊かな水源と肥沃な土壌に恵まれたこの土地では、古くから米づくりが盛んに行われ、豊富な水と米から作られる酒や味噌、糀などの発酵食品が人々の暮らしに根付いてきました。そんな発酵をテーマとする商業文化施設「湖(うみ)のスコーレ」は、おいしいものを食べて、買って、体験して、学べる場所として今話題となっています。
湖のスコーレがあるJR長浜駅の周辺は、豊臣秀吉の建てた長浜城がある城下町。情緒的な街並みが残る長浜市旧市街エリアにあった、商業ビルの老朽化に伴う再開発計画によって生まれたのが湖のスコーレです。
「老朽化した商業ビルをもう一度ただの商業施設として建て直すのではなく、何年も続いていく“文化”を取り入れた場所にしたいという思いで計画が始まりました。どこかから借りてきた文化ではなく、自分たちが文化を育みながらこの場所を育てていくことを大切にしています。」と話してくれたのは、広報担当の髙本絢子さん。
400坪という広い空間をどのように生かしていこうかと、滋賀県に根付いてものづくりや活動をしている方々とお話を重ねる中で、自然に浮かび上がったキーワードが“発酵”だったといいます。
昔は冬になると雪に閉ざされてしまうことがあり保存食が必要だったこと、また年間を通じて湿度が高く発酵が進みやすいことから、滋賀県では古くから発酵食の文化が育まれてきました。発酵こそが滋賀県の人々の暮らしにとって欠かせないものである、と湖のスコーレの開業に際し改めて見つめ直されたようです。
湖のスコーレの一番の特徴は、発酵食品を製造する場所と、それを飲食したり購入したりする場所が一体になっていること。400坪もあるという開放的な空間には、ショップにカフェ、チーズやどぶろくを製造する工房、ギャラリーなどがゆるやかに繋がりながら共存しています。
滋賀県の子供たちは小学5年生になると「うみのこ」という学習船に乗って、琵琶湖の上で1泊しながら自然の大切さや環境について学びます。滋賀県の人が琵琶湖を呼ぶ「うみ」という言葉に思いを馳せて「湖(うみ)」の字を、そしてこの場所を暮らしの中にある知恵を学び合える場所にしたいという願いを込めて、ギリシャ語で「学校」を意味する「スコーレ」という名前がつけられました。
「“学びのある場所に”というのは、湖のスコーレの社長であるデザイナーの月ヶ瀬雄介さんの思いでもあります。長浜で生まれ育った雄介さんは、十代の頃、海外の書籍やファッションに触れたいと思っても、近くにそれができる場所がなかった。だからわざわざ都会に出なくても、自分の身近にいろんな刺激や学び、発見を得られる場所が作れたらいいなと思ってこの場所を作られました。」
湖のスコーレは、販売しているものもワークショップの題材も、滋賀に関わるものから海外の文化に触れられるものまでさまざま。ただひとつ、一貫しているのは「ものづくりや文化に対する姿勢に信頼がおけるもの」なのだそうです。
これまでにも、滋賀県の伝統織物「高島ちぢみ」でリラックスウエアを作るシャツブランド「COMMUNE(コミューン)」のオーダー会や、地元の子供たちが音楽家の良原リエさんから楽器の演奏を学んで「湖のスコーレ楽団」として商店街を練り歩くワークショップなど、国内外で活躍する人を招いてさまざまな文化に触れる機会を提供してきました。
「新品はもちろん、店内で什器として使用している棚やテーブルもほとんどが販売品です。アンティークの椅子などは『ずっと探していたんです!』と目を輝かせながら購入される方もおられるんですよ。」と笑顔で話すのは、店長の菊池志乃さん。
新しいものとアンティークが垣根なく配置されている居心地のいい空間には、スタッフが実際に使ってみて「心地がいい」と感じた暮らしの道具が並びます。
「居心地がよく開放感のある空間でありながら、売り場でも製造の現場でもある。これが他にはない、湖のスコーレだけの特徴だと思います」と髙本さん。
髙本さんのいう、「製造の現場」とは、主に滋賀県の文化を受け継ぐ発酵にまつわるものが多いようです。
「今、熟成庫ではころっとかわいい『カチョカバロ』というチーズを熟成しています。完成品はショップで購入することも、カフェで味わっていただくこともできます。ミルクの優しい味わいが楽しめるチーズで、そのままでも焼いて食べてもおいしいですし、お酒のおつまみにもおすすめです。」
緑いっぱいの中庭を一望できるカフェでは、施設内で作ったチーズや味噌をはじめ、滋賀県産の食材を使ったメニューが楽しめます。「スコーレ特製クロックムッシュのワンプレートランチ」は、ふんわり柔らかい食パンに、たっぷりのチーズと季節の野菜、チーズを作る際に出るホエイで伸ばしたホワイトソースを乗せて香ばしく焼き上げた一品。できる限り無駄を出さず、大切な素材を施設内で生かすことで暮らしの循環を生む。そんな作り手、売り手としての思いが、空間のあらゆる場所に息づいています。
施設内にある「ハッピー太郎醸造所」の窓から笑顔で迎えてくれたのは、ハッピー太郎さんこと池島幸太郎さん。
「僕は、ひとことでいうと、糀(こうじ)屋。糀作りをしている職人であり、その糀を使ってお味噌や甘酒、どぶろくを作っている醸造家です。ここはきれいで明るい商業施設の中なので、お客様からは『ここで作っているんですか⁉︎』と驚かれることもまだまだあります。」
工房で使う水はすべて地下水で、米は長浜市内で作られた無農薬無肥料栽培のもの。湖のスコーレでの出会いを商品作りに生かすべく、ホエイやスパイス、旬の素材を使ったどぶろくを日々開発中だそうです。
「これは『something happy オリエンタルホエー』といって、チーズ作りで出るホエイという液体を仕込み水に使ったどぶろくです。チーズ作りの過程では、生乳の9割近くがホエイとして廃棄されてしまいます。もったいないので何とかできないかと髙本さんから相談を受けたことをきっかけに、何度も試作を重ねてホエイのミルキーな風味とスパイスのふくよかさ、お米の甘みが相まったどぶろくが出来上がりました。」
「同じ米麹から作っているのに、お味噌汁が嫌いな人はほとんどいないけど、どぶろくになると『苦手』と思われる人が多い。どぶろくは、重い、甘い、きつい、すっぱいといったイメージがありますが、実際はフルーツ入りのヨーグルトスムージーのような感じで飲めるお酒。米麹には異なるもの同士を溶かして調和させる力があるので、人と人との関係においてもそうありたいという願いを込めて、心を溶かせるような味わいを目指しています。」
発酵の魅力は?と尋ねると「必ず、自分の想像を超えてくるところ」という答え。糀作りの過程で最初は硬くて小さかった蒸米が、最後には大きくブワッと膨らむことにいつも驚かされるといいます。タイミングが合えば、実際に糀を作っている現場をガラス越しに見ることもできるそう。
「湖のスコーレのおもしろさは、作り手と売り手の境界がないこと。ショップで働いているスタッフさんに、できたての糀の塊を手でほぐすのを手伝ってもらうこともあります。糀を触った手は、驚くほどすべすべになります。そういうことを売り手が自分の体験として知っておくことで、より実感をもってお客様に説明できるのが、この場所のいいところだと思いますね。」
「人によって、学びの入り口はいろいろあると思います。体験教室で実際に講師の先生から教わるのが合う人もいれば、ガラス越しに製造風景を眺めながら自分で学びとるという距離感が合う人もいる。本が好きな人にはブックストアがあるし、食べて実感したい人にはカフェ、使ってみたい人にはショップがあります。学びの入り口を多角的に、どんな人が来ても何かしら引っかかって帰ってもらえる。湖のスコーレには、そんな学びのきっかけを散りばめています。」
「今後は農業や漁業、ものづくりに関するもっと専門的なプログラムも実施していきたい」という髙本さん。
さまざまな人ともの、文化が交わるこの場所での出会いが、また新たな文化を生み、育んでいく。「ここに来れば何かおもしろいことがあるかも」「新たな発見に出会えるかも」そんな期待を抱かせてくれる場所が、湖のスコーレです。
湖のスコーレ
滋賀県長浜市元浜町13−29
公式WEB(外部サイトに移動します。)https://www.umi-no-schole.jp/