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百貨店の屋上を再定義する。京都店8階屋上広場「ことほっとてらす」のエシカルデザイン

百貨店の屋上を再定義する。京都店8階屋上広場「ことほっとてらす」のエシカルデザイン

京都府京都市

    2023.12.12 (Tue)

    目次

    京都の中心街である四条烏丸に店舗を構え、地元の人はもちろん、観光客からも長く親しまれてきた大丸京都店。2023年9月、その屋上広場がリニューアルオープンし、新たなスタートを切りました。リニューアルを手がけたのは、空間づくりを専門とする株式会社船場(以下:船場)と、デジタルから空間まで、さまざまなデザインプロジェクトを行う株式会社ロフトワーク(以下:ロフトワーク)。プロジェクトを担当した5人のメンバーに、2社がタッグを組んだ理由や屋上広場にかける想いをうかがいました。

    【インタビュー参加者】(写真左から)

    生田裕史さん/株式会社船場
    木下浩佑さん/株式会社ロフトワーク
    荒井俊貴さん/株式会社船場
    圓城史也さん/株式会社ロフトワーク
    山下永さん/株式会社船場

    歴史ある百貨店の屋上広場がリニューアル

    大丸京都店のリニューアルした屋上広場「ことほっとてらす」には、天然芝や人工芝が敷かれ、ユニークな形をした木製家具が置かれています。

    「大丸京都店の屋上広場は、かつて遊具が置かれて家族連れに大人気だったそうです。ですが、時代の流れと共に需要が変化し、改装前は芝生とベンチのみのシンプルな空間になっていました。」と語るのは、プロジェクトを担当した船場の生田さん。

    大丸京都店の8階のレストランフロアがおよそ50年ぶりに全面リニューアルされることが決定し、レストランにつながる屋上広場も見直されることに。商業施設の空間デザインを数多く手がけてきた船場に、新たな屋上空間づくりが依頼されました。

    「大丸京都店は『イチから屋上の価値を創り上げたい』という想いをお持ちでした。船場は、未来にやさしい空間を目指したエシカルデザインを推進しています。ただモノをつくるだけではなく、地域社会や自然環境を考慮した空間づくりを提案したいという私たちの考え方と、大丸京都店さまが目指すものは同じだと感じました。」と船場の荒井さんはいいます。

    新たな価値の創出を目指して2社がコラボレーション

    屋上広場のリニューアルは、船場とコンセプトワークに定評がある会社「ロフトワーク」がタッグを組んで進められました。

    「より地域に根差したご提案をしたいと思い、京都にオフィスを構え、以前から一緒に仕事をする機会があったロフトワークさまにコンセプト策定のためのプロセス設計と進行を依頼しました。京都という地域が紡いできた文脈をどう取り入れるか、共に考えるために力をお借りしました。」と船場の山下さん。

    ロフトワークの圓城さんは当時を振り返ってこう語ります。「船場ではすでに大まかなアイデアが練られていたのですが、一旦そのアイデアを白紙にしてゼロからスタートすることを提案しました。新たな価値を創出するというミッションを達成するためには、既成概念に捉われずに話し合う必要があったのです。」

    せっかくのアイデアを白紙にするのは勇気がいるもの。ですが、「あらためて原点から考察する非常に良いきっかけになった。」とメンバーは口をそろえます。「大丸京都店にふさわしい屋上広場とはどんなものか」という問いの答えを探す試みが、ここからスタートしました。

    「ゼロから屋上を考える」ワークショップを開催

    屋上リニューアルプロジェクトの幕開けは、船場とロフトワーク、大丸京都店の3社のプロジェクトメンバーが集って行われたワークショップでした。ワークショップの最初に行われたことは、メンバーのお気に入りの絵本紹介だったのだそうです。

    「ただの自己紹介ではつまらない。まずはメンバー同士、こどもの頃から好きな世界観を共有しようと。そこで役立つのが絵本でした。」(ロフトワーク・圓城さん)

    大人だけではなく、こどもたちが楽しめる屋上広場にしたいという共通認識が生まれ、改めて屋上広場の今後についての話し合いが行われました。

    「そもそも『屋上広場はどんなところなのか』『大丸京都店はどんな存在なのか』を定義し直すことから始めました。誰もが行ってみたいと思える屋上に何があればいいのか、複数の視点から話し合って解像度を高めていったんです。」(ロフトワーク・木下さん)

    2回目のワークショップは、京都市内のお寺で開催。地元・京都のクリエイターを招いてより幅広い視点でアイデアが出されました。

    「京都で面白い活動をしているクリエイターの方々、例えばアーティスト活動をしている大工さんや、植物と人の関わりを研究・提案している方、伝統工芸に関わっている方などに協力していただきました。会場となったお寺の住職にもワークショップに参加していただき、プロジェクトメンバーだけでは出てこないアイデアや視点を引き出していきました。」(ロフトワーク・圓城さん)

    このワークショップでは、大丸京都店の歴史や経営理念についてもレクチャーがあったのだそう。プロジェクトメンバーは大丸京都店の歴史や理念に改めて感銘を受けたといいます。

    「江戸時代までさかのぼる歴史の深さや、創業当初からの経営理念である『先義後利』、つまり利益よりもお客様を第一に考え、社会貢献に努めるという精神を教えていただきました。その際に、大丸京都店のご担当者さまから『今回のリニューアルで、もう一度原点に返りたい』と決意を語っていただいたことがとても印象に残っています。私たちもピンと背筋が伸びる想いでした。」(船場・生田さん)

    見た目を新しくするだけではなく、「親から子へ、子から孫へと、日常の中にあるあたたかい記憶として語り継がれるような空間」「京都の森や、工芸をはじめとした文化、産業を次世代に繋げていく場」にしたいという想いを固めたプロジェクトメンバーたち。いよいよ、具体的なリニューアルに向け、準備が本格化していきます。

    京都の自然と産業の課題から家具デザインを考案

    屋上広場のコンセプトが固まり、次に行われたのは京都市北部の京北(旧京北町)の森林を訪れるツアーでした。市街地から車で40分ほどの距離にある京北は、良質な木材の生産地として古くから知られています。

    「豊かな森を歩きながら、地域の課題についてお話をうかがいました。京北では古くから床の間の柱となる北山杉の磨き丸太が生産されてきましたが、最近は和室の減少によって余剰が生まれています。また、餌を求めるクマによって樹皮を剥がされ、建材として活用できずに廃棄処分となる木材が増えていることも問題になっていました。」(船場・荒井さん)

    実際に足を運んだからこそ、森林の素晴らしさや地域が直面している課題を深く理解できたのだそう。屋上広場のデザインを考えるうえでも重要なツアーとなりました。

    「ただ地元の素材を使うだけではなく、現地で得た知見を活かし、社会課題の解決に貢献するモノをつくるのが、エシカルデザインのアプローチです。デザインから素材を選ぶのではなく、地元の課題からデザインを考えるのは難しいですが、挑戦しがいのある課題でした。」(船場・荒井さん)

    こうして、床柱用の木材や「小径木」と呼ばれる製品化されにくい細い木材などの素材が選定され、具体的なデザインが検討されました。

    「不可能」なはずのアイデアが実現できたワケ

    生まれ変わった屋上広場「ことほっとてらす」でまず目を引くのは、さまざまな大きさの木製スツールです。生き物や自然界の仕組みをデザインや技術開発に活かす「バイオミミクリー」の手法をヒントに、ハチの巣を思わせるハニカム構造や自然の造形美を取り入れ、側面には端材や未活用資材の広葉樹や北山杉が有効利用されています。

    「『お客様が自由に使えるものにしたい』というリクエストがあり、家具をあえて多角形にしました。他の家具とつなげたり、好きな場所に移動させたりと、柔軟な配置ができるデザインを意識しました。」(船場・山下さん)

    樽状のテーブルは、コーヒー豆の輸送に使用され、その後は廃棄されていた樽を再利用しています。開放感と個室感が両立するやぐらも、自由な発想で使ってほしいという想いが込められています。

    屋上に置かれた家具の中には、構想時は実現不可能だと思われていたものもありました。
    実現不可能と思われたアイデアの一つが、木製の「ゆれるベンチ」です。

    「百貨店の屋上空間は、安全性の確保や立地を考慮するため多くの制約があります。ワークショップで出し合ったアイデアは『さすがにこれは無理だろう』と思うものも多かったのですが、大丸京都店のご担当者さまは『面白いものはぜひ実現したい!』と安全性と両立できるよう、力を尽くしてくださいました。」(ロフトワーク・木下さん)

    「座るたびに揺れる椅子があったら、知らない人同士でもお互いを意識してコミュニケーションが生まれるのではないか?という視点から、このアイデアが生まれました。普通ならケガやトラブルを心配して却下されるようなアイデアでしたが、採用されてかえって私たちが驚きました(笑)。このアイデアは、面白いかもしれないけれど安全基準をクリアするためにはプロジェクト全体の難易度を上げることにつながるからです。安全性を確保しつつ、ちょうどいい揺れ方になるよう何度も試作を重ねて船場さんが実現してくださいました。」(ロフトワーク・木下さん)

    ゆれるベンチの周囲には人工芝が敷かれ、その一角に円形のブルーの床材が張られています。これは「屋上に池をつくりたい」というアイデアから生まれたものです。

    「池そのものは実現できませんでしたが、五感を働かせるデザインを模索しました。無難に済ませることもできたはずですが、『屋上をもっと良いものにしたい』という大丸の熱意と妥協しない姿勢に背中を押されました。」(船場・荒井さん)

    京都の自然や伝統産業のエッセンスを取り入れた「ことほっとてらす」は、幅広い世代が自由に楽しむ空間へと見事な変貌を遂げました。

    「設計図やデザインがあらかじめ決まっている従来の方法とは違い、実際にその場に置いてみないとわからないこともたくさんありました。リニューアルオープンして、お客様に楽しんでもらえているのを見るとうれしいですね。」(ロフトワーク・木下さん)

    プロジェクトを通して見えた百貨店の魅力

    今回のプロジェクトを通じて、大丸京都店の魅力を再認識したとメンバーは振り返ります。

    「百貨店と地域の皆さんとの距離の近さに驚かされました。京都の方々にとって、大丸京都店は特別な場所であり、身近な存在。その思い出やつながりを感じることができました」(船場・荒井さん)

    「ワークショップで場所を提供していただいたお寺の住職をはじめ、たくさんの方々から『大丸京都店での思い出』を聞くことができました。食べたものや、買ってもらったもの、遊具で遊んだことなど、それぞれの心に残る良い思い出があります。これからも、ますます愛される百貨店であり続けてほしいですね。今回のプロジェクトがその一助になればうれしく思います。」(船場・生田さん)

    今後は、屋上でのイベントや季節ごとのデコレーションが計画されているとのこと。装い新たに生まれ変わった屋上広場「ことほっとてらす」で、これからも温かな記憶が生まれることでしょう。

    株式会社船場ニュース記事(外部サイトに移動します。)https://www.semba1008.co.jp/ja/release/news/press-20230830

    株式会社ロフトワーク事例記事(外部サイトに移動します。)https://loftwork.com/jp/project/daimaru-kyoto_rooftop_renewal