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デザインの力でものづくりを盛り上げる。クリエイティブカンパニー「TSUGI」が描く鯖江の未来

デザインの力でものづくりを盛り上げる。クリエイティブカンパニー「TSUGI」が描く鯖江の未来

福井県鯖江市

    2024.01.23 (Tue)

    目次

    福井県鯖江市を拠点に活動するクリエイティブカンパニー「TSUGI(ツギ)」。メンバーのほとんどが県外からの移住者でありながら、この地に伝わる「ものづくり」や「地域の魅力」を新たな目線で発見し、全国に伝えています。さまざまな地域資源を活用した取り組みや、そこに込めた想い、地方だからこそできるクリエイティブについて、TSUGIの代表・新山直広さんにうかがいました。

    今も昔も、ものづくりの聖地として栄える「鯖江」

    福井県は日本でも有数の豪雪地帯。冬になると農作業どころか外出すらままならないことから、家の中でできて収入が得られる手仕事が根付き、さまざまな地場産業が栄えました。

    鯖江市・越前市・越前町がある丹南エリアは、漆器やメガネ、和紙、刃物など合計7つもの地場産業が半径10キロメートル圏内に集まる、国内でも非常にめずらしい地域です。

    近年、時代とともに移り変わる消費者のニーズにより、全国各地の地場産業は厳しい状況に置かれていますが、鯖江は日本中から移住者が集まり、開かれた産地として生まれ変わっています。そこには“移住者第1号”として、さまざまなプロジェクトを展開してきた新山さんの存在が関わっています。

    「鯖江には、大きな魅力が3つあると思っていて。1つ目は、ものを作っている人たちがとにかく多いこと。市内にはメガネ会社だけでおよそ530社、漆器の会社が200社、繊維会社が100社ほどあって、居酒屋で『社長!』と呼んだらみんなが振り返る状態。地場産業の集積地という点では、世界でもトップクラスだと思います。」

    2つ目は、チャレンジすることに寛容な土地だということ。「ものづくりを生業とする人が多い地域柄、自分の腕一本で挑戦してきた人も多い。だから新しく何かを始める人が『いいね、やってみなよ』と気軽にいってもらえる空気があります。」

    市や行政との距離も近く、市長から直接「俺が責任を取るから、何でもチャレンジしろ!」といわれたこともあるのだそう。

    3つ目は、移住者や若い人たちがたくさんいること。TSUGIのある鯖江市河和田(かわだ)地区は人口約3800人の小さな集落ですが、約130人の移住者が暮らし、働いています。

    「僕は今38歳で、世間ではまだまだ若手といわれる年代ですが、移住者の中では長老扱い。彼らが暮らしやすく、働きやすい環境を作るのが僕の役目だと思っています。」と新山さんは話します。

    ものづくりを元気にするには、デザインの力が必要

    新山さんが大阪から鯖江に移り住んだのは、2009年。大学生の頃に参加したアートプロジェクト「河和田アートキャンプ」ではじめて鯖江を訪れたのがきっかけでした。

    「まちづくりに携わりたいと思い、鯖江に来ました。移住して気づいたのは、鯖江はものづくりと街が直結していること。ものづくりが元気にならないと、街も元気にならない。」

    移住してしばらくは、市からの委託で漆器産業の市場調査をしていたという新山さん。
    東京や大阪の百貨店を見に行くと、そもそも“越前漆器”と名のついた商品が売られていないことを知り、いいものを作っていても、そのよさを目に見える形で伝えなければ売り上げには結びつかないと痛感したといいます。

    「そんな現状を目の当たりにして、この街のものづくりを活性化させるのに必要なのは、デザインだと思ったんです。」

    「市役所で働いていると、市内の倒産情報などがどんどん入ってきます。このペースでいくと、本当に産地が消滅する。これではまずいと思って始めたのがTSUGIでした。」

    意を決して地域の人たちに「デザイナーになります。」と宣言したところ、返ってきたのは「俺らデザイナー大っ嫌いなんだ。」という言葉。かつて派遣されてきたデザイナーの指示に従った結果、全く売れず、苦労だけが残ったという苦い思い出からでした。

    「かっこいいだけのデザインは、この街では通用しない。もともと鯖江で作られてきたのは“アート”ではなく“産業”としての工芸品なので、作ったらちゃんと売るのが当たり前。多分、職人さんに『この作品いいですね』といったら怒られます。『俺が作ってるのは商品だ!』って。みんなそこにプライドを持っているんです。」

    TSUGIの事務所に併設されている「SAVA!STORE」。

    売る場所がないと、デザインだけして終わりになってしまう。自分は流通にまで関われるデザイナーにならないといけないと始めたのが「SAVA!STORE」です。

    新山さんいわく、ここに並ぶのは「工芸品の技術を生かして、現代にアップデートしているもの。そしてこの土地らしいもの。」

    メガネフレームに使われる樹脂で作った「Sur(サー)」のピアスは、光を通す透明感と、つけていることを忘れてしまうほどの軽さが特徴。

    「おみやげ屋さん」をテーマにした店内にはTSUGIがデザインを手がけた商品や、素材の特徴を生かした遊び心のある地元産の商品が並びます。

    職人たちの意識を変えた一大プロジェクト「RENEW」

    ※写真提供:TSUGI

    技術を継承しながら、時代に合わせたものづくりを続けてきたのが鯖江の強み。その強みをしっかりと生かし、アップデートしなければならないという思いで始めたのが「RENEW(リニュー)」という工房見学のイベントです。

    「RENEWの計画を始めたのは2015年。そのころ僕は、TSUGIが提案する考え方と意見の違う人たちとの間に少し距離ができていて。でも、RENEWをやるからには彼らにも出てほしいと、1軒ずつ、震えながら話をしに回りました。」

    「そんなことやっても意味がない。」、「工房を見せて技術を盗まれたらどうしてくれるんだ。」と反対する人が多い中、ただひたすら職人さんのもとに通い「せめて1回実施させてください、お願いします。」と説得して回ったという新山さん。

    ※写真提供:TSUGI

    そんな逆風の中、2015年10月に開催された第1回目のRENEWは、結果として大成功をおさめます。

    「いざ開催してみたら東京から来たメガネマニアの人たちが3時間ぐらいずっと工房に居座って。『今まで60年間、工房に人を入れたことはない!』と、イベントに抵抗があると仰っていたメガネ職人さんの手元を見ながら、その一挙一動に『すごい!すごい!』と感動してくれる。職人さんにとっては普段から当たり前にやっている仕事を、東京の若者が『かっこいい!』というんです。イベント後の飲み会で、涙を浮かべながら『やってよかったわ。』といってもらえたのが今でも忘れられません。」

    作り手の顔がわかればよりいっそう愛着が湧き、使うたびに工房の音や匂いを思い出す。日々の仕事の合間に、目を輝かせて「すごい!」といってくれた顧客の顔が思い浮かぶ。そんな体験は、作り手にとっても使い手にとっても、何ものにも代え難い宝物になることでしょう。

    1人のスーパーヒーローより、たくさんの日替わりヒーローが生まれる街に

    RENEWの実行委員長を務める、谷口眼鏡代表取締役の谷口康彦さん

    RENEWの成功には、第1回目の開催から現在まで、実行委員長を務める谷口康彦さんの存在も大きかったといいます。

    「毎年RENEWをやっていると思うのですが、かつては、日本のどんな伝統工芸にも元気な時代があったのに、今は力をなくしている産地が多いなと。鯖江は産地として沈んでいく中で、たまたま外からの視点を持った移住者がいて、伝統工芸を現代に合わせてアップデートしている人がいた。こういうことが必要なのかな、と地域のみんなが感じ始めたタイミングでRENEWの話が持ち上がったので、私からも職人さんに『やってみようよ。』ということができました。新山くんと一緒に職人さんを説得して回ったのも、今ではいい思い出。私たちの産地はとても運がよかったんだと思います。」

    「みんなが自分の力でこの街を元気にしようとがんばっている、そんな持続可能な街になったらいい。たった1人のスーパーヒーローがいるんじゃなくて、日替わりヒーローがどんどん出てくる街がいいですね。目の前にかっこいいことをやっている人がいるから、自分もやってみようとか。そういう連鎖があるのが、ずっと元気でいられる街なんじゃないかと思います。」

    RENEWを始めてからの10年間で、丹南エリアには34軒の新店舗がオープンし、たくさんのオリジナルブランドが生まれています。

    職人さんたちの意識をポジティブに変え、小さなエリアで戦うのではなく、お互いをリスペクトして個性を生かせる環境を作る。そんなきっかけをRENEWは提供し続けているのかもしれません。

    地域の課題をデザインで解決する「インタウンデザイナー」の存在

    「デザイナーにとって、ものづくりに携わる人たちが身近にいるのは最高の環境です。今まで脈々と続いてきたものづくりの技術と、これからの社会がどうなっていくかという予測をつなぎ合わせるのも、僕にとってはデザインの仕事。見た目のデザインが優れているのはもちろんですが、そこに未来に対する眼差しも兼ね備えた商品であることが、僕は大事だと思っています。」

    • 越前和紙の老舗工房「五十嵐製紙」が手掛けるブランド「Food Paper(フードペーパー)」の、野菜と果物からできた小物入れ

    たとえば新山さんが手にとったのは、廃棄される野菜や果物から作られた紙の小物入れ。和紙の原料となるコウゾやミツマタが減り続けている中、原料不足の問題をなんとかできないかと考えていた時に、クライアントの倉庫で見つけたその家の息子さんの自由研究が商品開発のヒントになったそうです。

    「都市部と違って、地方でのデザインの仕事は、根っこのところから関われるのがおもしろいですね。相談を受けてリサーチし、地域の現状や特性まで理解しながら答えを見つけてしっかり売れるところまで伴走する。僕らのようなデザイナーが各地域にいれば、大袈裟ではなく国力が上がるんじゃないかと思っています。」

    こんな風に、地域に根ざした活動を行うデザイナーのことを「インタウンデザイナー」と新山さんは呼んでいます。街の電気屋さん、街のお医者さんのような、その街のデザイナー。デザインという言葉には本来「骨組みを作る」や「工夫する」という意味があるのだそう。地域に根付いて活動する「インタウンデザイナー」が日本各地に増えれば、街の課題がデザインで解決できる、そんな未来もそう遠くはないのかもしれません。

    TSUGI llc. (合同会社ツギ)
    福井県鯖江市河和田町19-8
    公式ウェブサイト(外部サイトに移動します。)https://tsugilab.com

    SAVA!STORE
    公式ウェブサイト(外部サイトに移動します。)https://savastore.jp

    RENEW
    公式ウェブサイト(外部サイトに移動します。)https://renew-fukui.com