京都府京都市
2024.02.09 (Fri)
目次
京都御所の南、烏丸通沿いのビル壁面に見える「香」の文字。ここは、創業300年を超えるお香の老舗・松栄堂です。伝統を受け継ぎながら、2018年に京都本店の隣に香りの文化を発信する体験施設・薫習館(くんじゅうかん)をオープンさせるなど、お香に対する新しいアプローチを続けています。その原動力を専務取締役・畑元章さんにうかがいました。
明治維新まで、天皇の御所であった京都御所の南にある二条通は、昔から和漢の薬問屋が多くあった通りで、今も薬局や漢方店が点在しています。
薬の材料は、お香の材料とも共通しているものが多く、そういった縁から、この地とお香づくりの歴史を見ることができるかもしれません。
仏教とともに日本に伝わったといわれているお香は当初、仏前を清め、邪気を払う「供香(くこう・そなえこう)」として用いられていましたが、仏教の教えとともにお香の配合技術が伝わると、貴族たちの間で教養として広がり、日常生活の中でも香りを楽しむようになりました。
そんな地で、ひときわ存在感を放っているのが「松栄堂」です。
松栄堂の創業は1700年代初頭。最初は「笹屋」という屋号で商いをしていましたが、御所の水や氷の管理をする「主水職(もんどしょく)」を勤めていた3代目が「松栄堂」として本格的にお香を扱うようになり、現在の松栄堂につながります。
「お線香を作る技術は、江戸時代中頃に大陸から入ってきたといわれています。かなり昔のことなので、明確な理由はわからないのですが、おそらく初代は、新しい技術に触れて、チャレンジしてみようとお香づくりを始めていったのではないでしょうか。」と畑さんは話します。
松栄堂で現在作られている香りは200種類以上で、レシピはもちろん門外不出。
調合帳は代々受け継がれ、現在も調合師が守り続けています。
「松栄堂の香りは、音に例えるとオーケストラのようなものですね。香りが合わさったときの豊かな重なりとボリューム感が特徴だと思います。」
例えば、定番の人気商品「堀川」は、甘さの中に苦味のような香りをほのかに感じるのが特徴。ゆらりと立ち上る煙から、優しく押し寄せる豊かな香りの重なりこそ、長きに渡って継承されてきた技術や経験が生み出したものなのです。
創業から300年を超える歴史を紡ぎながら、香りの軸となる配合の技術を受け継いできた松栄堂。生活様式の変化などによって危機感を実感し始め、近年では時代に合わせた取り組みを積極的に行っています。
「約100年前のカタログを見てみると、暮らしのなかでお香が使われるのは、防虫香やにおい袋のほか、お仏壇で使用されるお線香がほとんどでした。しかし、一戸建てからマンション住まいの人が増えたりして、次第にお仏壇がない家も増えてきました。今後どうすればお香を使っていただけるだろうと模索してきました。」
まっすぐ立った細長いお香から煙が出ている見た目は、どうしても仏事のイメージが強くなってしまいます。そこでニュートラルな視点で、香りをライフスタイルに取り入れてほしいと、約30年前に立ち上げたのが「lisn(リスン)」というブランドでした。
四条烏丸にあるlisn店内に並ぶのは、約150種類の「インセンス」。「お香」とは呼びません。そうすることで固定観念をなくし、香りの新しい価値を生み出しています。また、カラフルな7センチのスティックタイプのインセンスすべてがイメージストーリーとビジュアルを持っており、インセンスが香立をはじめとするプロダクトに斜めに立つ姿、スタイリッシュな空間からも、香りの新たな一面を見せることに成功しています。
「『lisn』だけでなく、松栄堂の商品ラインナップも時代に合わせて変化させてきました。お仏壇で、お線香を焚きたいけれど火を使うのが怖いという方も増えたので、どうやったらより安全に使ってもらえるかを考えて、横に寝かせて使うものや、少し短くしたものも販売しています。」
さらに広い世代にもお香に触れる機会をと、2018年、京都本店横にオープンしたのが薫習館(くんじゅうかん)です。
「京都本店に来られるお客様の多くは、松栄堂のことをすでにご存じです。松栄堂の香りが好きだからと来てくださるお客様が多いのはもちろんうれしいのですが、そういうお客様に支えてもらいながら、どうしたら新しいお客様にも来ていただけるか、松栄堂の香りを伝えていけるかが課題でした。」と振り返ります。
薫習館の1階は入場無料のパブリックスペース。
「お香のような和の香りに関することは知らない方が多いので、無料にして、どなたでも気軽に入っていただけるようにしました。“和の香りに出合える体験スペース”を作ろうというのがコンセプトでした。」
1階にあるギャラリースペースでは、アーティストが個展を開くなど、多彩な使い方が可能です。内容はお香に関係のないアートでもOKだそう。「お香に直接関係のない展示イベントも行っているのは、松栄堂以外に興味をもって来てもらうことで、そのなかの何人かが『なんかいい香りするね』と興味をもってもらえたらいいなと考えているからなんです。」と、お香文化に自然と触れられる仕掛けを散りばめています。
薫習館がオープンした翌年、コロナ禍の影響も受けたといいます。しかしあるインフルエンサーの投稿がきっかけで来場者が急増し、年間10万人以上が来館するようになりました。
そこで次に畑さんたちが考えたのは、1人でも多くの人に商品を手に取ってもらう工夫。
「香りのサンプルを配ったり、『この香りを今焚いていますよ』と掲示したり。2種類の香りを焚いて、どっちの香りが好きかアクションをするような仕掛けも作りました。そういう働きかけから、松栄堂に対する印象や香りに対する捉え方など、流れが変わっていったような気がします。」
さらに、大ヒットしたのが、2022年3月に設置した「薫ガチャ」です。
「薫習館の運営チームにいる社員から出てきたアイデアです。館内を体験した後に、香りを楽しんでもらう仕掛けとして、多くの人が楽しんでくれています。」
実はこの「薫ガチャ」の設置ですが、一度は見送られたアイデアだったといいます。
「カプセルトイに対して、なんとなく隅に置いてあるもののようなイメージもありまして、どのように薫習館に設置するのがいいのか、デザインや置く場所を検討しました。そして思い切って、分かりやすい場所にメインで置いたところ、普段はにおい袋やお香に関心がない方にも手に取ってもらえたのだと思います。」
歴史ある老舗とカプセルトイ。一見結びつかない販売方法を取り入れることで、新たな客層がカプセルトイという仕掛けを楽しみながらにおい袋を知ってくれる。こうした柔軟な発想が、結果としてお香の文化を広げ、次世代に継承していくことにつながっています。
畑さんは、代々守り継がれてきた品質と歴史を、自分の代で途絶えさせるわけにはいかない、と常に思っているといいます。しかし「アクションを起こさない限りは前に進めないと思うんです。」と自身の使命について話してくれました。
「松栄堂のお香を使っていただいているお客様がたくさんいらっしゃいますから、お香の製造から販売まで、“変えずに守る”部分は当然あります。ですが、『薫ガチャ』のような販売の仕方など、あくまでお香を軸にしながら、新しいことも取り入れていきたいと思っています。」
「例えば、10代の方が修学旅行で京都に来て、薫習館の『薫ガチャ』で出たにおい袋を家に持って帰ってくれる。その人が大人になってまた京都へ来たときに、松栄堂に出合ったことを覚えてくれていたら、自分の家族やお世話になった人へ、お線香を贈りたいと思ってもらえるかもしれないですよね。」
300年の歴史を大切に想い、受け継いだ技術をつなげていこうと、この先のお香のあり方を模索し、提案をしていく。守るべき伝統と、従来の枠にとらわれないチャレンジ精神こそ、同社のスピリットです。松栄堂は、これからも新たなお香の文化を発信し続けます。
香老舗松栄堂
京都本店・薫習館
〒604-0857
京都市中京区烏丸通二条上ル東側
電話 /075-212-5590
公式ウェブサイト(外部サイトに移動します。)
https://www.shoyeido.co.jp/menu.html