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触れば伝わる。「松葉畳店」が生み続ける畳文化との小さな出会い

触れば伝わる。「松葉畳店」が生み続ける畳文化との小さな出会い

静岡県焼津市

    2024.02.13 (Tue)

    目次

    かつてどの家庭にもあった和室、そしてそのメンテナンスや新調に欠かせないのが「畳店」でした。和室がない家も増えた現代、日本の伝統文化「畳」に触れないまま育つ世代も多いようです。静岡県焼津市に、現代にアップデートした畳文化を発信し続ける畳店があります。「松葉畳店」代表である伊藤謙・知美夫妻に話をうかがいました。

    かつて日本のあちこちにあった「畳屋のある風景」

    静岡県焼津市。「松葉畳店」は1977年創業の畳店です。県道に面した通り沿いにあるそのお店は、スタイリッシュな外観。不思議な佇まいは思わず目を惹きます。

    先代である松葉榮さんが、「何か手に職を」との強い思いで脱サラし、未経験での弟子入りから始め、創業したのが「松葉畳店」。現在は榮さんの娘さんである伊藤知美さんと夫である伊藤謙さんのご夫婦がお店を切り盛りしています。

    2021年に全面リニューアルし、今の2階建てのスタイルになった「松葉畳店」。中2階部分が雑貨を中心としたショップになっており、1階部分は畳工場。ショップからは階下の工場で謙さんが作業している様子を見学することができます。

    日本の住宅は欧米化がすすみ、劇的に和室が減ってきたと言われていますが、なくなることはありません。ほとんどは近隣の方からだそうですが、畳の張り替えの際には直接お客様から、住宅の新築の際には住宅メーカーや施工業社から相談が寄せられます。

    そんな「畳屋さん」が実家である知美さん。不動産会社に勤務していたものの、2014年に「家業を継ぐ」と決めたのだそうです。

    「物心ついた時からイ草の香りに囲まれて育ってきていたんです。実家から離れて暮らしたことで、改めてその良さを客観的に見られたのかもしれません。ただ縮小傾向にある業界であることは間違いなかったので、もっと自分にできることはないかな?と考えて、工場の一角で雑貨などをつくり始めたんですよね。」

    「畳ってなんか古い」と思っていた過去の自分

    一方、謙さんは当初はそこまで「畳」というものに思い入れはなかったのだそう。知美さんと同じく不動産会社に勤めていた謙さん。

    「妻が会社を辞めて、畳屋になると聞いても『あ、そうなんだ、頑張ってね』くらいで(笑)。畳がいいものだとは頭ではわかっていても、なんか“古い”というか。そういうイメージだったんですよね。あまり身近に感じていなかったし、よく知らなかったからなんだと今はわかるんですけど、特に魅力的には感じてなかったんです。」

    そんな謙さんが「畳職人になろう!」と一念発起したのは、自身が家を建てたことがきっかけだったのだと言います。

    「日々、畳のある空間で過ごしているうちに『落ち着くな、めちゃくちゃいいな』と思い始めて。やっぱり畳があると香りだけじゃなくて何か凛とした雰囲気になる。それを『空間が変わる』と僕は表現しているのですが、毎日体感してたら、その良さをもっと他の人にも知ってほしい!という思いが強くなっていきました。」

    畳文化を多くの人に知ってもらうために松葉畳店では、「カッコいい」畳のデザインも発信しています。例えば、畳の「へり」に使う布はオリジナルの柄を製作しており、そのスタイリッシュさやモダンさは観るものをワクワクさせてくれます。

    また、畳自体の折り方やデザインで個性を出すことで、現代的な家屋デザインにもフィットしやすいようつくっています。

    例えば、イ草のどの部分を使用するかを変えることで、まるでヘリンボーン柄のような畳をつくることも可能。家屋全体のデザインとトーンを合わせることで、和室を「異空間」ではなく他の洋室とフラットな存在にすることができます。

    「過去の自分に教えてあげたいのは、畳って古いだけじゃない。天然素材ですし、香りもいいし、本当に心身にいい影響があるんじゃないかと思うんです。それはむしろ今の時代にこそ求めているものなんじゃないかと思いますね。」

    「触れる機会さえあれば」、良さは絶対伝わる

    松葉畳店に一歩足を踏み入れると、イ草の香りに迎えられ、思わず「いい匂い!」と言葉を漏らしてしまうほどです。

    「やっぱり日本人って、イ草の香りに反応するんですよね。」と笑顔の知美さん。

    「DNAレベルで染み付いているというか、皆さん『懐かしい』とか『落ち着く』とおっしゃいます。旅館に行った時もそうですよね。おそらく、特別意識はしていないけれど幼い頃とか、気づかないうちに畳に触れた記憶があって、香りに触れるとその記憶が思い出されるのではないでしょうか。」

    2階のスペースでは、雑貨類を手作業でつくっているスタッフさんの姿が見られます。

    その細かい作業や、ミシンの音は、作業場ながらどこか郷愁を感じます。畳が張られた場であるということもプラスされ、かつて日本のあちこちにあった、温もりのある空間になっているのです。

    タッチポイントをつくり続けるのが使命

    「畳店って、地域に密着していると言われるのですが、それは家屋に何部屋も和室があった時代の話だと思うんですよね。核家族化が進んで、一家にある和室はそう多くない。畳を変えるのって10-15年に一回なんです。そうなるとお互い代替わりをしてしまえば畳屋と地域のお客様でも『はじめまして』の場合が多いんですよ。」と謙さん。

    「今までは、そういう10年に一回のお客様がたくさんいらっしゃって、産業そのものが地域密着型だったんですけど、もうそれを待つだけではダメなんですよね。」

    畳店だけでなく、畳店を支えてくれる、イ草を育てる農家さんなどの生産者も守りたい……。産業自体を支えるためには、「和室がある家の良さ」を伝えていく使命が自分達にはあるのだと言います。

    「かつての自分がそうだったように、畳って古い文化なだけではなくて本当にいいものなんだということが伝わりさえすれば、新築やリフォームの際に『じゃあ畳にしようか』という家庭も増えていくと思うんです。」

    そのためには、「畳・イ草に触れる機会」を増やしていくことが大事なのだとおふたりは語ります。

    「雑貨はそういった役割と捉えています。例えば都市部のワンルームで暮らしていて、和室はないという人にも、イ草の雑貨を使ってもらうことで『生活にこの香りって必要だな』って実感してもらうことはできると思うんです。それから、畳に寝っ転がってもらうことも実は重要。3階のスペースはたまにイベントなどで開放するのですが、子どもは畳でゴロゴロ転がりますね。その気持ちよさが、その子の記憶に畳の良さとして残ってくれるのが嬉しいです。」

    中2階のショップスペースには、イ草を使った可愛い雑貨類がずらりと並びます。季節での入れ替えや、地元のクリエイターとのコラボなども積極的に行なっているため、定期的にチェックするのも楽しそうです。スタッフさんが雑貨を製作する場面を見学できたり、謙さんが畳を張り替えている様子も間近に見ることで、畳文化をより身近に感じられる場所となっています。

    • 「イ草香る名刺入れ」 向合わせに名刺を収めて縁起が良くなるよう、二つ折りになっている

    • 「イ縄のかみどめ」 イ草縄をキレイに揃えながらあわじ結びで編み上げた髪留め。留棒は挽物職人により1つ1つ丁寧に仕上げられ、天然素材のやさしさが際立つ

    • 「イ草香るブックカバー」 レーザーで名入れをするサービスが人気。ギフトにも最適

    「駿府エリアは、家康公のお膝元であったこともあり、職人さんが多い地域なんです。なので、そういったことを活かして地元の職人さんの新旧の力を集結させるのも面白いと思います。やがてはこの場所が、イ草をはじめとした「文化」と「生活」の交わる拠点みたいなものになっていけば面白いなと思っています。」

    「畳のオーダーやメンテナンス」だけでない、畳文化と地域の人をつなげるタッチポイントの拠点になりつつある「松葉畳店」。地域の畳文化を守るスタイリッシュな店舗は、イ草の芳しい香りに包まれた、幸せな空間でした。

    大丸松坂屋オンラインストア
    https://www.daimaru-matsuzakaya.jp/small/List01.html?cate=otoriyose_area&cand=home_012

    松葉畳店
    静岡県焼津市中新田1005-5

    WEB(外部サイトに移動します。)https://www.matsubatatamiten.jp/