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100年後の海のために。「フィッシャーマン・ジャパン」がつくる石巻の未来

100年後の海のために。「フィッシャーマン・ジャパン」がつくる石巻の未来

宮城県石巻市

    2024.02.29 (Thu)

    目次

      宮城県・石巻市。宮城県北東部に位置し、太平洋に面した港町です。2011年3月の震災で大きな影響を受けた石巻の漁業ですが、“水産業に革命を起こす若き漁師集団”が積極的な活動を行い、活気を取り戻しています。三陸の若きフィッシャーマンたちを束ねる「フィッシャーマン・ジャパン」を訪ねました。

      石巻と水産業を取り巻く環境

      石巻の東側は世界三大漁場と呼ばれる「金華山沖」があり、その豊かな海洋資源により、石巻市は古くから漁業・水産業が盛んでした。鮮魚や水産加工品は外食産業を支え、観光もまた鮮魚や海産物を中心とした食のコンテンツが中心。まさに、石巻は漁業・そして海によって支えられている街なのです。

      提供:FJ

      しかしながら、近年、漁師の高齢化や新たに漁師になる若者が少ないこともあり、日本における漁師の数は減ってきています。また、漁獲量も減っており、過去40年間で、世界の漁獲量は約2.5倍になっているにもかかわらず、日本は3分の1まで落ち込んでいます。かつて漁獲量世界1位を誇った日本の漁業は、11位まで転落してしまいました。そんな状況もあり、漁師の中でも「自分の子には継がせたくない」といったネガティブな声が出るようになり、悪循環を止められずにいました。

      さらに追い討ちをかけたのが2011年の東日本大震災です。家屋や職場、人々の暮らしの大切なものの多くが流されてしまいました。津波による死者は3200人以上、震災から13年が経つ現在でも行方不明者は400人以上。石巻は壊滅的な被害を受けたのです。

      水産業の未来のために生まれた「フィッシャーマン・ジャパン」

      現在フィッシャーマン・ジャパンの代表を務める石巻の阿部勝太さんは、家も船も職場(水産加工場)も流されて失いました。すべてがゼロになったものの、「ここで東北の漁業を失うわけにはいかない」と奮起。それまで、特に繋がりのなかった他の浜の漁師や、さまざまな人たちを巻き込んで強いチームをつくるため、2014年に「フィッシャーマン・ジャパン」を立ち上げたのです。

      どうせ新しく始めるなら、もっと漁師をカッコいいものにしたい。そんな思いで「カッコよくて、稼げて、革新的」な「新3K」となる産業にしようと活動を始めます。

      具体的にどのような活動をしているのか、石巻のフィッシャーマン・ジャパンを訪ね、阿部賀一さんと香川幹さんにお話をうかがいました。

      なぜ漁師が減る?課題にすべて取り組む「TRITON PROJECT

      「次世代を担う漁師を育て、水産業の未来をつくる。それが僕らの目的です。」と語るのは、主に「TRITON PROJECT」と名づけられた人材育成プロジェクトを担当する阿部賀一さんです。

      「最初は手探りだったので、東京に行って海産物を売る、など出店を繰り返していたのですが、その中でも、漁師の担い手がいない、というのは大きな課題だったので、『人』を僕らの事業の軸にしようと決まっていったんです。これって実は震災前からあった課題なんです。震災で何もかも失った時にそれが思い切り露呈したというか。水産業を次世代に残していくためには、本気で担い手育成に向き合わないといけないぞと。」

      強烈な危機感が彼らを突き動かします。

      「最初は石巻の他の地域などから担い手を受け入れることを疑問視する声もあったのですが、漁師さんの深刻な課題感やボランティアの方に来てもらった経験から、閉鎖的だった浜の空気が変わっていったんです。」と語る香川さん。

      「2015年に、石巻市や漁協とも一緒にやろう、という話になりました。漁師の担い手というのは、石巻市にとっても漁協にとっても喫緊の課題。チームになったことで、活動はどんどん具体化していきました。」

      「TRITON JOB」と命名した、水産業専門の求人サイトを立ち上げました。

      提供:FJ(TRITON JOBサイト)

      「漁師って、なり方がわからないというか、入口がどこかわからないというのも多くの人と議論していく中で出てきた課題でした。他業種からの転職で漁師になる人を増やすためには、やはり浜ごとに散らばっていた求人情報を集約することが必要でした。こういったサイトをつくることで、水産業全体の仕事、給与や条件も含めて可視化できましたね。」

      また、石巻市外から漁師になりたいと思って来てくれた人のために、住む場所を整備。具体的には新人漁師のために、シェアハウスを用意しました。

      「見知らぬ土地で漁師になるには、そもそも住む家がないということもハードルのひとつでした。まずは就業前の研修の際に使用したり、就業当初の住居にも使えるよう、シェアハウスを準備しました。現在は市内に5ヶ所あります。漁師に興味はあるけれど、引っ越しの問題でいきなり就業を決めるのを躊躇している……という人たちにとても好評です。」

      そして、いきなり漁師になる前に「研修」や「体験会」などを行うのが「TRITON SCHOOL」というプロジェクトです。

      提供:FJ

      「なり方や応募方法、住む場所やお試し体験など、漁師という仕事に少しでも興味を持ってくれている人の不安や疑問を解消すること。考えうる課題解決をすべてやろう、ということで日々活動しています。」

      まるで転職アドバイザー。一人ひとりと向き合うことがお互いのために

      実際にTRITON PROJECTを通して、漁師になった後藤大樹さん。つい最近までTRITON PROJECTのシェアハウスに住んでいましたが、“自身の勤める浜”に近い場所に引っ越したのだそうです。

      「僕は軽い気持ちでオンラインの就業フェアに参加しました。いきなり就業、ではなく、研修からでいいよというところが多く、『それなら試しに行ってみよう』と思いました。研修期間も給与が出るところだったし、シェアハウスは就業前の研修中は光熱費も含めて無料で使えるので(笑)。」

      「もちろん色々あるものの、実際に働いてみたら、やっぱり性に合っているなと感じました。仕事の自由度も高いし、来てよかった。」と語る後藤さん。

      「漁のスタイル、給与条件、就業先の環境など細かい希望など、一人ひとりと向き合って就業先を紹介します。無理やり就業しても長続きしないし、先方としても誰でもいいわけじゃない。そういう意味では、求職者とも求人元の人たちとも、密なコミュニケーションが必要ですよね。」

      就業後も常に接点はあり、サポートをしてくれるのだとか。有料にはなりますがTRITON PROJECTのシェアハウスに住み続けることも可能。石巻に知り合いが一人もいない、というような人とは食事などを共にして生活全般もフォローしていくこともあるのだそうです。

      未来のために、持続可能な海の環境をつくる。「ISOP」

      フィッシャーマン・ジャパンが「担い手育成事業」と同様に注力しているのが、ISHINOMAKI SAVE THE OCEAN PROJECT(通称ISOP)という、海洋環境に関する事業です。ISOPを担当する香川幹さんは、自身も海に潜って作業をする潜水士でもあります。

      「海藻などが減少したり無くなってしまうことを磯焼け、というのですが、これを引き起こす原因のひとつがウニです。ウニといっても食べられるものではなく、中身のないウニなのですが、増えすぎて海藻を食べてしまうんです。海水上昇の影響で、ウニは活発に動くのですが海藻は育ちにくくなってしまうんですよね。海藻がなくなると、魚のすみかやえさがなくなってしまう……という海洋環境悪化のスパイラルを引き起こしていきます。これをなんとか食い止めるべく、宮城県の漁協や地域の方と連携しています。」

      提供:ISOP

      具体的には、ウニを駆除し、陸で育てた海藻を海中に設置して海藻がまた自生する環境をつくっていきます。また、ウニを駆除するだけでなく、そのウニを実入りのいい“食べられるウニ”にまで育てて売ることで、地域の事業・雇用を生み出すのです。

      また、担い手育成事業と連携することで「潜水士」を育て、海洋環境も就業環境も持続可能なものにしていくのだといいます。

      提供:ISOP

      「これは今日、明日結果が出るということはなくて、本当に100年後の石巻の海のための地道な活動。すぐに海藻が生えるようにはなりません。でも、こうしたことをコツコツ積み上げ、同時に子どもたちに環境や産業への学びの場としても機能することで、環境に対するサステナブルな活動として石巻に根付いていってほしいですよね。それが、100年後の石巻の未来を決めると思うので。」

      広がり続ける、フィッシャーマン・ジャパンの活動

      フィッシャーマン・ジャパンは設立10年目を迎え、さらにその活動の幅を広げています。学生や子どもへ水産業を理解してもらうためのプロジェクト、販路を広げるための販売店や飲食店経営、水産業のプロモーションにいたるまで。そのすべてが、「東北の漁業をもっと盛り上げる」ため。震災をきっかけとして生まれたフィッシャーマン・ジャパンですが、すでに復興というフェーズは突き抜けた印象を受けます。

      話をうかがった阿部さんも香川さんも、フィッシャーマン・ジャパンに参加したのは、ここ数年のこと。

      「カッコいいビジュアルやキャッチコピーに最初は惹かれて。そこから興味を持って、話してみたらすごく熱量がある人たちで。自分もそうなりたいというか、そこに参加したいという気持ちでフィッシャーマン・ジャパンに入りました。」

      フィッシャーマン・ジャパンの熱量に触れ、「石巻の未来」に惹かれて水産業に携わる若者は、確実に増えているといえそう。復興という通過点を経て、100年後を見据えるフィッシャーマン・ジャパンから目を離せません。

      フィッシャーマン・ジャパン(外部サイトに移動します。)https://fishermanjapan.com/