福岡県朝倉市
2024.03.22 (Fri)
目次
古くから、春は桜、秋は紅葉が代表的な城下町として親しまれてきた福岡県朝倉市。豊かな自然と水に恵まれたこの土地に、草木染めの工房「工房夢細工」があります。自然の桜だけを使って染め上げる「桜染」を日本で初めて成功させた工房です。桜の花の色を忠実に再現するのは容易ではなかったと話す社長・小室容久(こむろやすひさ)さんに、「桜染」に込められた秘話をうかがいました。
朝倉市は、福岡市内から車で一時間圏内にありながら、豊かな自然に恵まれたエリア。朝倉市北部には標高860メートルの古処山(こしょさん)がそびえたっています。江戸時代の面影を残す街の中には、古処山を水源とする水路がいくつも流れており、良質な水資源を持つ街としても知られています。
約32年前、この土地に足を運んだ小室さんも水の豊かさに魅了され、東京からの移住を決意したといいます。
「当時、会社員として働く傍ら、カメラマンもしていた私は、レンズ越しに見る草木染めの色に魅了されてしまって。東京にいる頃から独自で草木染めをしていました。草木染めに適した場所があれば脱サラをして、『本格的に草木染めをしたい』と思うほどにのめり込んでいました。そんなとき、たまたま観光で訪れたこの場所で、ふと野鳥川に目をやると、川底が白くなっていることに気づいたんです。」
その後、白さの原因はアルカリ性の石灰だと判明。さらに調べると朝倉市の秋月エリアには硬水、軟水、アルカリ水の3種類の水が流れていることがわかりました。水が変わると染め上がりの具合も変化するため、草木染めには、大変重要な要素である水。日本全国どこを探しても3種類の水が1箇所に集まっているというのは稀なのだそう。工房夢細工では、それぞれの井戸から水をくみ取り、3種を使い分けているのだといいます。
染物だけでなく、手すき和紙も朝倉市を代表する伝統工芸品。どちらも水が肝となる工芸品であり、昔の人々も水の恵みを利用して、ものづくりをしていたことがうかがえます。
※注釈:硬水・軟水は、水に含まれるカルシウムやマグネシウムなどの量が異なります。
人は長い間、植物など自然から採れる染料を利用して染め物を行ってきました。しかし、近現代になると、植物を収穫した後、何十日も煮出したり、熟成させたりする手間がかかる自然由来の染料よりも、手軽に利用できる化学染料が登場し、徐々に昔ながらの染色方法は減少。現在では、市場に流通する商品のほとんどが化学染料で染められています。
草木そのものが持つ色彩の美しさを、多くの人に伝えたいという想いで、小室さんは新天地での草木染めを本格的にスタート。さらに、まだ誰もやったことがない新しい染物をしたいと考え、「桜染」の研究を始めました。
桜から染料を抽出して淡いピンク色を再現することは難しく、オレンジ色を抽出することしかできない、とこれまでいわれていたそう。その理由は、桜の染料の中にはオレンジやベージュの色素が多く、ピンク色だけを抽出することが技術的に難しかったためです。
以前から存在していた「桜染」と呼ばれるものは、桜以外の草木や化学染料を使い、ピンクの色を出した「桜色に染めた染物」だったそう。また、赤と白の染物を重ねた「桜重ね」が「桜染」に近い商品として販売されていました。小室さんも多くの文献を読んだり、詳しい人に会いに行ったりしましたが、これは無理だといわれるばかり。
化学染料を一切使わない伝統的手法にこだわり、自然の桜だけでピンクに染める研究を続けたと話す小室さん。桜の花びら、つぼみ、木の皮など、さまざまな部位から染料を作ってみたといいます。さらに、煮出す湯の温度、煮出し時間を少しずつ微妙に変えながら、染めていく過程はまさに実験そのもの。
一度成功しても、次に同じ分量、同じ工程で試したところで、同じ桜ピンクが出ないのだそう。成功と失敗を繰り返した小室さんがたどり着いた答えは、「ピンクに染まる直前の桜の小枝」でした。
「桜を見極めるため、たくさんの桜の木に触れてきました。すると、人間にも体調や気分の移り変わりがあるように、桜を含む草木にも目には見えない変化があるのだとわかり、それを感じ取れるようになったんです。」
数年間の実験で、小室さんはデータ収集ができただけでなく、自身の感性が磨かれたといいます。データと独自の感性によって、試行開始から3年かけてついに日本で初めて、自然の桜だけを使った「桜染」に成功しました。
「昔は『こんな色に染めてやる』という思いで草木染めをしていましたが、自然への愛が足りていなかったのかもしれませんね。不思議なもので、自然界の声に耳を傾け、寄り添うようになると、昔よりも自分が表現したかった色が自然と生まれるようになりました。」と、小室さんは語ります。
古来から伝わる「染め」の技術をベースに独自の技術を加え、新しい染料を作り出す小室さん。「伝統とは、絶えず『NEW』を作ること」だといいます。
はるか昔から存在する草木染めは、時代を重ねるごとに少しずつ手法が進化し、現代まで受け継がれてきています。私たちが受けとった伝統を次の世代に伝えるためには、絶えず時代に合わせて、変化(NEW)を生み出す必要があると話します。
そんな伝統への想いは、息子の小室真以人さんにも受け継がれています。
「息子は東京でお店を経営しながら、大学で草木染めの研究も進めています。常に新しいことに挑戦したいという部分は父親譲りでしょうね。」と笑顔を見せる小室さん。
息子の小室真以人さんは、Maito Design Worksの名で複数の店舗を経営しており、草木染めの糸を使用したニットを中心に、さまざまな商品を展開しています。靴下メーカーとのコラボをはじめ、異なる分野のものづくり職人たちとコラボレーションし、さらなる「NEW」な伝統を生み出しています。
草木染めには、経年による色褪せの特徴があります。いつまでも染めたての色を楽しみたい人にとっては、これが「欠点」と捉えられるかもしれません。しかし、小室さんは「そうではない」といいます。
「草木染めは染めた瞬間が色の誕生です。その後、使う人とともに色が変化していく様子を、私は草木の生涯だと捉えています。ぜひ命ある草木の色を、大切に愛でる気持ちで、色褪せることも楽しんでほしいです。」
工房夢細工では、桜の枝を煮出す工程から見学でき、最後は自分で染める作業を体験する「体験染め」の場も設けているといいます。
「自分で染めて草木染めを楽しんでいただきたい。染める人によっても色見が多少変化するんですよ。『自然の草木から、こんなきれいな色が出るのか』と感動してもらえたらうれしいですね。伝統だけでなく、身近に存在する自然にも関心を寄せるきっかけになればと思います。」
そんな「桜染」を愛する小室さんに、工房夢細工を立ち上げてから今までの苦労をうかがうと、「苦労はありません」と笑顔でいい切ります。新しいことへの挑戦がとにかく楽しいのだそう。
今後も気の向くままに「染めたい」と思った草木で染め物を作るという小室さん。現在は、新しい素材自体を作ろうと挑戦している最中だといいます。
自然にある植物だけで染めた草木染めは、独特の色合いを楽しめるだけでなく、環境やヒトにも優しい染色方法です。自然の中で、自然と対話しながら、さらに感性を磨きたいと話してくれました。
あらゆる素材が草木の色をまとい、今後も多くの人を魅了していくことが楽しみです。
工房夢細工
・秋月工房
〒838-0011 福岡県朝倉市秋月野鳥469-1
電話 0946-25-0273(代)
・秋月本店
〒838-0011 福岡県朝倉市秋月野鳥708-6
電話 0946-25-0032(代)
公式ウェブサイト(外部サイトに移動します。)https://www.yumezaiku.com/
工房見学・体験染めはこちら。※要予約