福井県鯖江市
2024.03.29 (Fri)
目次
漆のまちとして知られる福井県鯖江市河和田(かわだ)地区。1793年の創業から230年を超える「漆琳堂(しつりんどう)」は、伝統工芸品「越前漆器」を継承してきました。近年、漆琳堂が行っている新たなチャレンジは漆器のみならず、北陸の工芸品を全国に発信し、新たなファンを増やしています。8代目代表の内田徹さんを訪ねました。
豪雪地帯である福井県・越前地方。ものづくりの地域としても知られていますが、それは厳しい気候ゆえに、屋内で作業が可能な「手仕事」が根付いたことが始まりといわれています。中でも曇天で湿潤な越前の気候は、漆を硬化させるのに適していることから漆器は古くから越前地方の地場産業として根付いてきました。漆器づくりにはさまざまな工程がありますが、越前には漆を採取する“漆掻き”と呼ばれる職人が多かったといわれており、また材木も良質なものが多く穫れる地域だったことから越前漆器は発達したのです。
漆器というと、石川県の輪島塗が全国的に有名ですが、越前地方は6世紀頃から始まった、日本最古の漆器産地といわれています。特に鯖江市を中心に、古墳の時代から越前漆器はつくられてきたのだそう。
1793年から伝統工芸品「越前漆器」を継承してきた老舗メーカー「漆琳堂」は、そんな越前漆器の生産の中心となる、鯖江市の河和田(かわだ)地区を拠点としています。三方を山に囲まれた小さな集落ながら、かつては“漆掻き”の半数が河和田地区にいたのだとか。越前漆器に携わるメーカーは200軒ほどありますが、親戚や知り合い同士も多く、技術や情報を共有しながら歩んできたという歴史も特徴なのだそうです。
「越前漆器は、実はつくり方や工程に明確な定義がなく、この土地でつくられたものを『越前漆器』と呼ぶんです。なので、取引先のニーズに応えて椀物だけでなく重箱、盆、花器など製品ラインナップを増やしたり、量販体制を整えることで業務用漆器を多く輩出するなど、時代のニーズに合わせたものづくりをしてきた、いわばマーケットに近い製品であることも大きな特徴といえるかもしれません。」
そう語る内田徹さんは、「漆琳堂」の8代目。
「漆琳堂は200年以上にわたり代々、越前漆器の“塗り”の工程を手がけている塗師屋です。私はもともと継ぐつもりだったわけではないのですが、大学進学時に実家を出ました。実家を離れて生活していたので家業とも少し距離があったのですが、帰省した時に家業を改めて見てみた時にやはり自分もやりたい、と思ったんですよね。家業に入り、父や祖父から10年ほど“塗り”の技術を学びました。2019年より8代目の代表を務めています。」
そんな内田さんは、家業に入った頃から一貫して「越前漆器をもっと日常に近いものにしたい」との想いを強く持っているといいます。
「日本人の食生活は、この20〜30年で大きく変わりましたよね。カレーやパスタ・ラーメンが食卓に登場する回数も多い。漆器の定番はお椀なので、ご飯や汁物を中心とした和食が想定されます。でも逆にいうと、和食じゃない時に出番がないんですよ。これから先、もっと食の多様化が進めばどんどんニーズが減っていくだろうな、という危機感がありました。それから、扱い方も難しいというイメージもありますよね。核家族化も進んで、生活文化の継承はうまくいかなくなってきたんだなと実感してきます。なので特に若い方にとっては漆器はあまり馴染みがないものなんだと思います。どうやったらそういう世代にも手に取ってもらえるのか。新しいブランドをつくろうと構想を練っているなかで、good design companyの水野学さんと出会って相談するようになったんです。」
ともに新たな挑戦をすることになった水野学さんは、さまざまな企業ロゴ制作やブランディングを手がけるクリエイティブディレクター。「くまもん」の生みの親でもあります。
水野さんとディスカッションしたり、一緒にリサーチしたりしていくなかで、ぼんやりと考えていた「挑戦」のビジョンがクリアになっていったのだそうです。
「もともとは、新しい漆器のブランドをつくりたいと思っていたのですが、越前漆器のみならず、北陸地方の工芸の総合ブランドにすることにしました。さまざまな産地を巡っている中で、埋もれてしまっている職人の技術をもっと世に出したいと思ったこともありますが、北陸の工芸を支えているのはなんといってもその風土です。漆に適している気候だけでなく、山林や雪解け水など、自然の恵がもたらすこの風土ゆえにこの地に息づいてきたものづくりを改めて素晴らしいと思ったんです。この想いこそが新たなブランドのコンセプトとして挑戦するに値する。漆器という業界だけでなく、もっと広く、北陸のものづくりを世に広めたいと思いました。」
新たなブランドの名前は「RIN&CO.」。「RIN」は「Reason In Northland(北陸の地である理由)」、「CO.」は「産地や地域の仲間たち」を意味します。
「漆琳堂は“塗り”専門。なので、製品をつくるにはその前後の工程は別の会社さんにやってもらうことになります。そういう意味でも“仲間たちと一緒だからこそできるものづくり”なんです。」
いわゆる漆器というと、赤や黒がメインの和食器を想像しますが、RIN&CO.は、洋食と和食が混在する現代の食卓にフィットするような雰囲気の製品が多くつくられています。
カラフルで可愛らしい見た目は、外の曇天を忘れさせてくれるほど食卓を明るく彩ってくれます。そこには若い世代にも漆器を手に取ってもらいたい、親近感を感じてもらいたいという想いがあるのだそうです。
「日照時間が短く、冬が長い。自宅で過ごす時間が長いからこそ、家の中のものにこだわり、大切に使うという点では北欧にも似ていますよね。北欧のものも参考にしつつ、技術や表現力で北陸産を表現しているのがRIN&CO.ですね。」
さらに100%天然漆でありながら食洗機対応など、現代のライフスタイルに合った食器を展開しているのがRIN&CO.の特徴でもあります。RIN&CO.が展開する漆器のシリーズ「越前硬漆」では、新たに“機能性を兼ね備えた”漆を開発し採用しました。
「僕はいわば漆塗りの職人。どう綺麗に塗るかとか、どう魅せるかという技術はありますが、耐熱性や耐久性みたいなことはプロじゃないんです。なので福井県・福井大学・工業技術センターなど産学官連携で研究・開発しました。今の時代、食洗機にかけられる食器自体は珍しいことではないと思うのですが、伝統工芸品でありながら日々ガシガシ使えるというのはかなり進んでいるのではないかな。RIN&CO.の漆器は1,000回食洗機にかけられる耐熱・耐久性があるんです!」
「漆という塗料は、実は職人が扱いやすいように加工されているんですよ。水分量や乾きやすさ、塗りやすい粘度を実現するために、本来もともと漆に入っていないものを加えているんですね。それが、耐熱温度や耐久性を下げているんだそうです。なので、研究開発の過程で、添加をやめて漆の本来の力を引き出すことで、耐久性をあげることに成功したんです。」
しかしそれは、逆に職人が“扱いづらい”原料であることも意味します。漆琳堂では高い技術力や、工房の温度湿度などの環境を整備することで、その扱いづらい原料でも問題なく生産できているのです。
漆琳堂では、自社の工房を「ショップ」、「ショールーム」、「ワークショップ」、「工房見学」の機能を持つショップを運営しており、職人の卓越した技術を目の当たりにすることができます。
30-40分、越前漆器の産地の成り立ちから製品の紹介までを説明。下地塗り、本塗りの様子を見学できるツアー形式です。完全予約制で少人数に丁寧に案内してくれるのだといいます。訪れる多くの人が普段見ることはない漆器塗りの技術を間近に見られるため人気です。
これから先は、品質だけでなく、誰がどのようにつくったのかという生産背景も大事になっていくと語る内田さん。
「今までは、良いものをつくって売ればよかった。でも、このモノがありふれている時代は“作り手の見えるものづくり”が重要になっていくのかなと思います。」
職人の卓越した技術が、アップデートされた製品群に反映され、新しくなった「越前漆器」。漆琳堂のプロダクトは、大丸神戸店・心斎橋店の「中川政七商店」をはじめ、全国のライフスタイルショップで展開しています。
伝統工芸品だからということだけでなく、高品質な食器として多くの人が手にとるようになってきた昨今。歴史が証明する高品質な工芸品ながら、その裏には、北陸のものづくりを手がける仲間たちの熱意がありました。
RIN&CO.
公式サイト(外部サイトに移動します。)
https://rinandco.com/
漆琳堂(ショップ・工房)
福井県鯖江市西袋町701
0778-65-0630
公式サイト(外部サイトに移動します。)https://shitsurindo.com