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神戸のベーカリー「ケルン」が描く“みんなの幸せ”。木のコインがつむぐ「ツナグパン」の物語

神戸のベーカリー「ケルン」が描く“みんなの幸せ”。木のコインがつむぐ「ツナグパン」の物語

兵庫県神戸市

    2024.04.03 (Wed)

    目次

    神戸を拠点に80年近くも地元の人々から愛され続けているパン屋さん「ケルン」。人気No.1商品である「チョコッペ」をはじめ、優しく素朴な老舗の味を継承しているケルンは現在、「ツナグパン」というプロジェクトを通して地元神戸の人々を幸せにしています。誰もが気軽に足を運べる街のパン屋さんでありながら、画期的なSDGsシステムの立役者である三代目社長の壷井豪さんにケルンのこれまでとツナグパンがもたらしたもの、そしてこれからについてうかがいました。

    神戸の街の景色に欠かせない「ケルン」

    昭和21年に創業した老舗ベーカリー・ケルンは、これまで数々の雑誌やメディアに取り上げられるだけでなく、最近ではドラマのロケ地として使われるなど、地元神戸の人々にとっても欠かせない存在です。そして現在、地域に密着した循環型経済の拠点としても注目されています。代表の壷井さんはどのように現在のようなケルンをつくっていったのでしょうか。

    「高校2年の夏、親父に『継ぐ気、あるか?』って聞かれたんです。上の兄姉はその気がないと。そのときに、小学生の頃のことを思い出したんです。子供の頃に友達と遊んでいると、お迎えに来た友達のお母さんがよくケルンの袋を持っていたんです。うちの袋を持ち歩いている人の姿を見て、子供ながらに誇らしい気持ちでした。僕自身も夏休みなどは従業員の方々とパンやケーキ作りをしながら家の手伝いをしていましたし、ここを残していくことの重要性を体感していたので、会社を継ぐことに決めました。」

    そんな壷井さんは中学2年生の時、阪神淡路大震災を経験。それはその後、長く自身の価値観や視点、考え方に大きく影響しているといいます。

    「当時、御影中町に住んでいたんですが、家は跡形もなく潰れて2階の窓から、家族全員が命からがら脱出しました。すごく悲しいシーンや離ればなれになる家族を見ながら、本当は人と人ってつながっていたいし、コミュニティの中にいたいのに、それが叶わない場面を目の当たりにしました。子供の時の経験と、社会に出てから目の当たりにした現実に、僕なりの価値観・発想を融合させて、3年前に『ツナグパン』というプロジェクトを立ち上げました。」

    みんなが幸せになれる「ツナグパン」

    壷井さんが長らく大きくストレスに感じていたのが「パンの廃棄」だといいます。これをどうにかしたいという思いから生まれたのが「ツナグパン」。廃棄するパンを販売することで福祉支援をするシステムです。

    「お店では1日の終わりに売れ残ったパンを廃棄処分するんですが、その中から傷みにくいものを10〜20個、袋に入れて翌日『ツナグパン』として販売します。1袋の価格はパンの定価の65パーセント。お客様には1袋を買ってもらうごとに木製の“100エシカルコイン”1枚を差し上げ、それはケルンでの次のお買い物時に100円に換算して使ってもらえます。そしてお客様に差し上げたコインの1ヶ月分の合計額と同額のコインを、こどもホームやファミリーホーム、母子生活支援施設などの福祉施設へプレゼントします。その福祉施設にいる子供たちやご家族が“焼きたてのパンが食べたいな”と思ったら、そのコインをケルンへ持って行きパンを買える仕組みになっています。」

    売れ残ったパンを少し安く売る。そこまでは他のパン屋さんでも取り組まれていることかもしれませんが、その後のエシカルコインのシステムが実によくできており、まさに“循環する”仕組みとなっています。

    神戸市で安全のために切られた街路樹を使用している

    「この取り組みにより、まずスタッフみんなのストレスだった廃棄するパンの量が圧倒的に減りました。エシカルコインは、スマホがないと使えないポイントアプリやクーポンなどではなく、手で触れるものという点にこだわりました。子供からお年寄り、全盲の方でも使えます。さらに、ツナグパンの購入によってコインを入手した人も等しくエシカルコインを使うので、施設の方々が使っていても特別に目立つことなく、気軽に使ってもらえます。」

    福祉施設から届いた手紙の一部。

    新たな資源や人員、プラットホームを必要とせず、廃棄により環境問題を締め付けていたパンが減り、誰もが気兼ねなく使えるエシカルコインでパンが買える。見事な福祉システムといえます。

    ある日のツナグパン。驚きのボリュームでかなりお買い得になっている

    「あるお客様でツナグパンを買いながら、1年近くエシカルコインのシステムを知らずに捨てていたという方がいました。それは僕からいわせると大成功。なぜならそのお客様は、人助けのつもりはなく、普通に美味しいパンが安く買えるという理由でツナグパンを買っていただけたのだから。その人がコインを使っていなくても、お店からはその人のコイン分の金額も換算して施設などに届いている。そうやって誰もが、自分が幸せになるからこそ続けられるSDGsモデルを作り上げました。」

    父との記憶、絶望から培われた視点と価値観

    「小学生の頃、よく父が『捨てるの勿体無いやん』といいながら、前日店で売れ残ったパンを持って、近所の児童養護施設へ届けていたのを見ていました。社長自らがパンを届ける姿はとても印象的だったし、パンってこれだけの可能性があるんだなと思った。だから社会に出てからモヤモヤしたこともたくさんあったんです(笑)。パンの可能性を活かし切れていないなと思っていました。」

    ケルンを継ぐことを決意して模索していた10代の壷井さんは、模索しながらも、はっきりと決めていることがありました。

    「パン屋は深夜が出勤時間。ハードに働いて、でも商品は余ったら捨てる。どちらも『仕方ない』のが業界の常識だったのですが、僕は『仕方ない』で済ませたくない。それは自分の『社長として決めたこと』でした。課題や余剰な労働は解消し、とにかくお店に足を運んでくれるお客様に改めてフォーカスしたんです。そしてスタッフの働き方や環境を改善していく。働く人々の心理的ストレスにもなっていたフードロスを無くしていったことで、結果的に社会支援になるツナグパンが生まれたんです。みんなが幸せになる方法を模索していったら、こうなったんですよね。」

    SDGsのパイオニア「ツナグパン」がつくる神戸の未来

    壷井さんはこのシステムがうまくいっているのは規模感が大きすぎないことにあるといいます。

    「このシステムの肝は、神戸という地域に限定したこと、なおかつアナログなところだと確信しています。街のパン屋みたいな身近なところから、誰でも使えるコインを通して大人や子供がつながること。そこには震災の時に痛感した、人と人とのつながりやコミュニティの大切さも影響しています。街のパン屋、そこに来てくれるお客様、廃棄されるパンと社会から孤立しがちな支援が必要な人々、それらの点と点をこのシステムが線で結び、円になったという話なんです。」

    最後に、ツナグパンで手応えを感じた壷井さんが次に考えているサービスについて、ほんの少しだけうかがいました。

    「ツナグパンから見えてきた課題を通して、今は出張型支援サービスの事業を考えています。それは児童養護施設にいる子供たちを対象に、一人ひとりが受けている支援状況などを把握し、僕らのネットワークから必要なサポートができるパートナーを紹介、提供するシステムです。さまざまな活動の中で子供を誰1人置いてきぼりにしないことを目指し、この場合はアナログではなく、デジタルを活用する。そうやって現場の状況や実態によって的確に使い分け、アレンジすることも僕の仕事です。」

    神戸に現在8店舗を構え、ツナグパンで人々や地域に温かなつながりを作り出しているケルン。そして生まれ育った神戸の景色や記憶、経験に突き動かされながら、アナログもデジタルもフル活用して誰も取り残さない社会システム作りを実現する壷井さんの次なる展開から目が離せません。

    ケルン 御影本店
    兵庫県神戸市東灘区御影中町1丁目6-8
    営業時間:9:00〜20:30
    ケルン公式サイト(外部サイトに移動します。)https://kobe-koln.jp

    ツナグパン(外部サイトに移動します。)https://kobe-koln.jp/tsunagupan