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日本茶の魅力を全国へ、そして世界へ。静岡の茶畑から始まった「AOBEAT」の挑戦

日本茶の魅力を全国へ、そして世界へ。静岡の茶畑から始まった「AOBEAT」の挑戦

静岡県静岡市

    2024.04.24 (Wed)

    目次

    毎年5月2日前後、立春から88日を数えた頃を「八十八夜」といいます。1年のうちでもっともお茶がおいしくなる新茶の季節。お茶農家にとって、非常に大切なシーズンです。

    緑茶の生産量全国1位(※)を誇るのは、いわずと知れた静岡県。この地で「お茶」を通して地域の魅力を発信する企業があります。2021年創業のスタートアップ企業「AOBEAT(アオビート)」。同社がお茶に注目した理由、そして新しいアイデアを生み出す根源とは? 代表の辻せりかさんにお話を聞きました。

    ※参考:農林水産省

    八十八夜はお茶を楽しむ絶好のシーズン

    AOBEAT代表・辻せりかさん。

    茶畑の絶景とともにお茶を味わえるテラス「茶の間」、お茶をもっと自由に、楽しくするクラフトティーブランド「aardvark TEA」、お茶を通して経済を学ぶ教育活動など──AOBEATの事業内容は、多岐にわたります。

    「お茶農家が忙しくなる八十八夜には、テラス『茶の間』のお客さんも増えます。新緑の葉の若々しさを静岡弁で『みるい』と表現するのですが、やわらかくみずみずしい黄緑色を楽しめるのはこの時季だからこそです。」と辻さん。

    「茶の間」公式サイトより。

    「茶の間」は静岡県内のお茶農家と協力し、6か所を運営しています。富士山のふもとや富士山と駿河湾を一望できる静岡らしい絶景スポットなど、絶好のロケーションで景色を愛でながら、お茶を飲んでのんびり。利用者数は年々右肩上がりに増えており、その人気ぶりがうかがえます。

    富士山を望む「全景の茶の間」。

    「静岡茶の特徴のひとつは、海辺から人里離れた山奥まで、あらゆる土地に栽培されていること。海風を受けて育った茶葉と山の急斜面で育った茶葉では、当然味わいが変わります。こんなふうに、景観も味も個性豊かでバラエティーに富んでいるのが静岡茶の魅力。ワインのテロワールのように、農家をいくつも巡って産地の違いを楽しむこともできるんです。」

    たとえば、山あいのエリア・諸子沢にある「黄金の茶の間」。山道を徒歩30分ほど登った先に、茶畑と里山が美しい景色を織りなします。

    まるで秘境のようなこの場所に栽培されているのは、世界中でここにしかない「黄金みどり」という品種。八十八夜の頃には、菜の花のような黄金色に染まります。その希少な味わいと目を見張る絶景を求めて、山奥まで多くの人が訪れるそうです。

    「当たり前」の存在が失われる危機感が出発点

    辻さんは静岡県出身であるものの、もともと静岡茶に特別な思い入れがあったわけではないといいます。

    「静岡では緑茶はあまりにも日常に溶け込んでいて、存在が当たり前すぎたのだと思います。ふだんあまり意識することなく大人になりました。実家にいたころは急須でお茶を飲むのが普通でしたが、地元を離れてからはほとんどそうすることもなく……。」

    そんな辻さんがお茶に注目し始めたのは2019年のこと。当時旅行会社に勤めていた辻さんが、静岡中部の観光コンテンツを開発する「公益財団法人するが企画観光局」に出向したことがきっかけでした。

    するが企画観光局の市場調査の結果、全国的に「静岡県中部=お茶」の印象が強いことがわかりました。まずは大多数の人がイメージしやすいものをコンテンツ開発の軸にしようと、選ばれたのが「静岡茶」だったそう。このことからも、当初はあくまでフラットな姿勢でお茶に向き合っていたことがうかがえます。ところが……。

    茶畑の様子。

    「するが企画観光局に携わるなかで、お茶農家のみなさんとの関係が始まりました。あるとき、茶畑で農家の方に煎れてもらったお茶を飲む機会があったんです。そのときの美味しさが、衝撃でした。」

    お茶の美味しさを改めて再認識した辻さん。一方で、静岡のみならず、全国的に茶葉の需要が減少している現実も知ることになります。

    「農園の維持も大変ですから、残念ながら廃業を選ぶ農家さんもいます。後継者の確保も簡単ではありません。そうすると茶畑の景色もだんだんと失われていく。自分にとって当たり前だったものがなくなることに初めて危機感を覚えて、『このままで良いのか』という思いが芽生えたんです。美味しいお茶が飲めなくなる未来がすぐそこに来ている……それは嫌だな、と。」

    本格的にお茶の魅力発信に取り組もうと、独立を決意。するが企画観光局で出会った仲間とともに、立ち上げたのがAOBEATでした。

    AOBEATが生み出すのは、お茶と人との新しい接点

    AOBEATが手掛けるオリジナルブレンド、aardvark TEAの「毎日のお茶」。

    静岡のお茶産業を盛り上げるAOBEATのアイデアは、どのような視点から生まれるのでしょうか。

    辻さんは、「私たちは、静岡茶産業を盛り上げようと事業を始めたわけではないんです。」と前置きします。

    「もちろん結果としてそうなっていたらうれしいことですが、素晴らしいお茶を生産する農家さんにもっとスポットライトがあたってほしい。美味しい茶葉がもっと売れてほしい。そんなシンプルな思いが原動力になっています。」

    「売れる」ための第一歩は「知ってもらう」「体感してもらう」ということ。お茶の魅力はその味わいだけではありません。茶畑の美しい景観や農家さんのおもてなしなど、多面的な価値を発信することで「お茶と人との接点」をいくつも作ることが重要だと辻さんは力を込めます。

    この日取材を行ったのは、AOBEATのブランド「aardvark TEA」のティースタンド。静岡市内にある1号店です。

    「この場所も、お茶と人との接点を作っているんです。通りがかった人に『かわいらしいな』『なんのお店かな?』とまずは興味を持ってもらえたら。店内やロゴのデザインも1つ1つ、意味を持たせてこだわって作っています。」

    • 辻さんは「ティークリエイター」として、スタンドで提供しているさまざまなお茶のレシピも手がけています。

    • お茶やハーブ、県内産のフルーツから作った自家製シロップなど、さまざまな素材をミックス。お茶の新たな魅力を創出します。

    お茶と人との接点を増やす。それは、お茶を楽しむシーンをいくつも作り出すことともいえそうです。

    そんな辻さんご自身が好きなお茶のあるシーンは? と聞くと、「最近はいつでもどこでもこれがお供です。」と紹介してくれたのが、自社開発の「急須ボトル」。

    「ボトルにフィルターがついていて、お湯さえあればどこでもお茶を煎れられます。二重構造で冷めにくく、ボトル自体が熱くなることもありません。いつでも気軽に美味しくお茶を楽しめる、ちょっと革命的なアイテムだと思っています。こうしたアイテムが普及すれば、お茶を楽しむ人ももっと増えるはずですよね。」

    お茶のさらなる魅力発信に向けて

    「美味しいお茶が飲めなくなる」という危機感から始まったAOBEAT。事業開始以来、静岡茶を取り囲む状況にも、少しずつ変化を感じているそうです。

    「『茶の間』をきっかけに農家さんが活気付いて、それまで別の仕事をしていた農家の息子さんが茶畑を継ぐことになったケースがあります。こうしてお茶農家が存続していくのは、本当にうれしいことです。

    また静岡県内外を問わず、茶畑テラスが増えた印象があります。弊社の競合になるともいえますが(笑)、そうした施設ができることで、お茶を楽しむ人口の拡大につながりますよね。それは、私たちにとっても悪いことではないと思っています。」

    「茶の間」にはインバウンドの需要も増えているそう。今後の展望を辻さんにたずねると、「美味しいお茶を日本だけでなく、世界中に広げたい。」と意気込みます。

    aardvark TEAのロゴマークは「ツチブタ」。ツチブタは現生哺乳類で唯一の、1目1科1属1種のいきもの。唯一無二の商品やサービスを創る、ユニークな存在をめざしたいという思いが込められています。

    「aardvark TEAの店舗も、ゆくゆくは海外進出を目標にしています。たとえば、スターバックスって世界中にありますよね。それと同じように、世界の至る所でaardvark TEAのロゴを見かけるようになったら。そんな日を夢見ています。」

    お茶の魅力を日本全国へ、そして世界へ。AOBEATの挑戦は、まだまだ続きます。

    AOBEAT(外部サイトに移動します。)https://aobeat.co.jp/

    aardvark TEA Astand

    静岡県静岡市葵区宮ヶ崎町76
    営業時間:平日8:00〜19:00/土・日曜11:00〜19:00
    定休日:火曜、第2・4水曜

    公式Instagram(外部に移動します。)https://www.instagram.com/aardvarktea_astand/