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ブラウンチーズを日本で初めて販売。ナカシマファームがローカルでつくる乳(NEW)カルチャー

ブラウンチーズを日本で初めて販売。ナカシマファームがローカルでつくる乳(NEW)カルチャー

佐賀県嬉野市

    2024.05.28 (Tue)

    目次

    麦畑が広がる佐賀県嬉野市塩田町。この地を拠点とする「ナカシマファーム」の中島大貴(ひろたか)さんは、大学卒業後に地元である嬉野市に戻り、酪農家の傍らチーズ製造を開始。牛乳からチーズをつくる際に大量に廃棄されるホエイ(乳清)の新しい活用法として、ブラウンチーズを日本で初めて製品化することに成功しました。ブラウンチーズは国内外でさまざまな賞を受賞し、現在では他社もブラウンチーズ製造に取り組むといった影響も及ぼしています。そんなローカルで新しい取り組みを進める大貴さんが、これから実現させたいこととは何なのか。現地を訪れてお話を聞きました。

    酪農家よりも、建築家を目指した学生時代

    麦畑が広がる田園の先に牛舎とチーズ直売店があります。

    大貴さんの実家は、昔からこの地域に続く酪農家です。「このあたりは、水田が主体の農業形態になっていて、米や麦をつくりながら副業的に始まったのがこの地域の酪農です。これを水田酪農というのですが、現在は飼料作物として麦や稲を育て餌にし、糞や尿は堆肥にして水田に戻します。肥えた土でまた麦や稲が育ち、牛の餌となる。この持続可能な循環の中で牛乳やチーズが生まれています。」

    育てた麦や稲の藁が牛の餌になっています。

    酪農家として働くお父さんの背中を見て育った大貴さんですが、地元を出たい、家族と働くイメージがわかない、家業を継ぐ気持ちもない、といった至極普通の理由で高校卒業後は上京。興味があった建築家を目指して関東の大学へと進みます。

    「おもに建築設計やまちづくりについて学び、大学4年時には実際の案件にも携わらせていただきました。高いレベルの方々と切磋琢磨していると次第に頭がやわらかくなり、職業はなんでもいいなと思い始めたのです。しかも大学の関係者に酪農家の家庭は皆無。だからこそ、この酪農という領域に入ったほうが、結果おもしろいデザインができ、ある意味、建築家として表現できる違う到達点があるのではないかと思うようになりました。」

    大貴さんが進むべき道として辿りついたのは、「酪農」。これが自分のアイデンティティだと気づいたのです。

    ナカシマファームが地域のためにできること。それは「チーズ製造」

    経営が厳しい農家でも若手が就農できるような仕組みを考えていきたいという大貴さん。

    現在、この地域に若い農家はいないと言う大貴さん。しかも農業者の平均年齢は約68歳。つまり65歳以上がメイン。赤字経営でも農地を守っていかなくては……という農家がほとんどのようです。

    「つまり、農家に未来がなければ若手が就農するはずがありません。一方で、若い農家さんがいないからこそ、自分がやることに意味がありそうだなと思って動いています。農業や酪農の分野で、世の中とどのような関わりをつくっていけばいいのか。みんながハッピーになるようなデザイン(仕組み)を、ソフト面でもハード面でも常に考えています。」

    ナカシマファームで手づくりされるチーズセット。

    その一つとして、実家で酪農の仕事を学びながら4年が経った2012年、大貴さんはチーズづくりに挑戦します。

    「酪農施設が家の近所にあると、新鮮な牛乳や出来立てのチーズ、アイスが食べられると一般的には思いますが、酪農家は複雑な製造過程を知っているからこそ、そんな考えになることはまずありません。ここにとんでもないズレがあります。自分が思い描くマーケティングとしては、一般の方々のイメージに近い“普通”になれるようにしたいと思いました。」

    大貴さんは田園風景に囲まれた牛舎のそばに小さな工房を建て、そこでチーズをつくり、出来立てを販売することを決意します。

    「チーズは発酵食品であり保存食。いちばんサバイブ能力がある食品だと思っています。栄養価値が高く、腐らない食品です。暮らしの保存食であるチーズづくりに取り組んだほうが、技術の根っこに近づけるかなと思い始めました。また、朝からアイスは食べませんが、チーズはいろいろな生活シーンに入りやすく、さまざまな年代の方に受け入れてもらいやすい食品であることも決め手になりました。」

    店先にはキャッチコピーである「うれしの らくのう てづくりちーず」の看板が。

    ナカシマファームの魅力は、土を耕して牧草をつくるところから始まり、そして牛を育て、搾りたてのミルクからチーズをつくるまで、すべて自社で手掛けていることにあります。温かいミルクから手づくりされるフレッシュでミルキーなチーズは、少しずつ人気商品となり、小さなチーズ工房には、県内外から多くのお客さんが訪れるようになっていきます。

    大ヒット商品「ブラウンチーズ」の裏にあったストーリー

    日本で初めて商品化に成功したブラウンチーズ。

    しかし、チーズ製造を行う中である気付きが。チーズをつくる過程で生まれるホエイ(乳清)。その量は生乳の約9割もあり、すべて廃棄される運命にありました。このことに対して、酪農家として目を背けてはいけないと感じるようになったと言います。

    「私は酪農家です。自分の手で命を誕生させ、育て、乳を搾り、チーズをつくるため使う牛乳を毎日運んでいます。そのほとんどを、自分の手で捨てている現実に気付いたのです。生産量が拡大すれば、捨てるホエイも増えます。この副産物をどうにかしたい。エコとかSDGsとか、地球のためという大義ではなく、ただ自分の中で感じたその課題を解決したかったのです。」

    新鮮な生乳とホエイを銅鍋にて約6時間、直火で撹拌しながら煮詰めていきます。

    ホエイ再活用のヒントになったのが、牛乳を煮詰めてつくる古代食「蘇」です。奈良飛鳥時代から高級食材として重宝され、宮崎県でもつくられているそう。文献などを調べているうちにその存在を知り、ホエイを「蘇」のようにできないかと考えた大貴さん。

    「友人からもらった辞典でノルウェーの国民的チーズ『ブルノスト』のことも知り、ピンときました。辞典にはブルノストの製造方法は書かれていなかったので、つくり方は『蘇』をヒントにしました。ホエイと牛乳の割合も調整しながらじっくりと煮詰めていきます。」

    何度も失敗しながら完成にたどり着いたものは、キャラメルのような香ばしさとピーナッツバターのようなコク、黒糖のようなミネラルを感じる複雑で滋味深い味わいが特徴の「ブラウンチーズ」でした。

    世界に認められたブラウンチーズ。

    日本で初めて商品化されたブラウンチーズの快進撃は止まりませんでした。国内のチーズコンテスト「JapanCheeseAward2018」に出品し、金賞・部門最優秀賞を受賞。さらに翌年、イタリアで開催された世界のコンテスト「WorldCheeseAwards2019」にて銅賞を獲得。チーズの本場であるイタリアという地での受賞は、日本中を驚かせました。

    受賞の背景には、大貴さんの戦略もありました。ブラウンチーズを販売するにあたりロゴやパッケージデザインも一新。外の目から見たこの地域と商品価値を見出してもらい、新しい世界を教えてもらいたかったという大貴さんは、中央で活躍するデザイナーに仕事を依頼。結果、ナカシマファームはデザイン面でも評価され、商品の知名度はさらに上がり、大ヒット商品となりました。

    酪農の新たな可能性を考える「NEW CULTURE/乳カルチャー」

    歴史ある宿場町「塩田津」で、1855年に建てられた米蔵をリノベーション。

    大貴さんは昨年、ナカシマファームの新たな理念を考えました。それも酪農をもって新しい選択肢、文化をつくる「NEW CULTURE/乳カルチャー」。

    新しい商品を生み出すことを考えた大貴さんは、冷たいミルクでコーヒーを抽出するミルク出しコーヒー「ミルクブリュー」を開発しました。これは福岡のロースタリー「ROASTERY MANLY COFFEE」の須永紀子さんとのコラボ。

    まるでフルーツミルクのような新しいコーヒーを発信するため、大貴さんは2021年に新しいカフェ「MILKBREW COFFEE(ミルクブリューコーヒー)」をオープンさせました。それも長崎街道の宿場町としての歴史を持つ「塩田津」で、米蔵として建てられた漆喰倉庫をリノベーション。人、物、空間の新たなコラボが新しい文化を生んでいきます。

    「乳の本質とは、母親から子どもに渡す最初のギフトだと思います。『NEW CULTURE/乳カルチャー』では、酪農によって新しい選択肢をつくるとともに、そのイメージを増幅。嬉野市内の小学生にはソフトクリームを無料で提供したり、カフェでは安くキッズメニューを提供したりしています。さらに、『ミルクブリュー』のカップには、堆肥として再利用できる生分解性プラスチックを使っています。酪農と水田、堆肥が循環する持続可能な仕組み。そこから生まれる牛乳やチーズに対する考え方、捉え方をジェネレーションフリーにしていくことも、この先に必要なカルチャーなのだと思います。」

    • 佐賀特産品のショップコーナーも。佐賀名物シシリアンライスなど食事も楽しめます。

    • ナカシマファームのミルクブリューコーヒーとミルクソフト。

    2022年には、嬉野温泉駅前の広場にカフェとセレクトショップが一緒になった「UPLIFT SHIMOJYUKU」がオープン。施設のデベロッパーとして参画している大貴さんは、建築家の選定にも携わるなど、酪農家の域を超えた活躍が続いています。

    「私が地元に戻ってきて15年ほどが経ちました。最初は家族経営でしたが、今は20名を超える従業員が関わってくれ、牛、人、自然、まちと混じり合いながら、ナカシマファームには新しい景色が広がってきています。」

    大貴さんが目指す「NEW CULTURE/乳カルチャー」。酪農によって生まれる新しい文化がどのようなカタチとなって広がりを見せてくれるのか、まだまだ目が離せません。

    ナカシマファーム
    〒849-1421
    佐賀県嬉野市塩田町大字真崎1488

    電話 080-3975-9297

    公式ウェブサイト(外部サイトに移動します。)https://www.nakashima-farm.com/