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東京・蔵前発。福祉と地域循環が生み出すこれからのものづくり

東京・蔵前発。福祉と地域循環が生み出すこれからのものづくり

東京都台東区

    2024.07.26 (Fri)

    目次

      クラフトビールは今や、全国のローカルで作られるご当地商品。でも、今回ご紹介するビールはただ美味しいだけではありません。地域の暮らしと企業の技術、さらに福祉事業所の手仕事などが加わった「新しいものづくりの挑戦」から生まれました。その画期的な仕組み「KURAMAEモデル」をご紹介します。

      全国から注目を集める「KURAMAEモデル」

      地元のパンの耳やコーヒーの欠点豆(試験的に焙煎した後の残り)を活用して、クラフトビールをつくる。地元の福祉事業者の方を起用して、廃棄物からコンポストを生み出す……。「アップサイクル」、「多様性」、「サーキュラー・エコノミー」など、これからの社会に欠かせないキーワードが、東京の小さな下町・蔵前の街で実践されています。

      • 「蔵前BLACK」は焙煎所で普段廃棄されるテスト焙煎豆から生まれたクラフトビール。コースターも廃棄する豆で製造。

      • 福祉事業所のみなさんが創作した麻のトートバックとティッシュカバー

      • 「森のタンブラー」はKURAMAEモデルで回収している原材料の欠点豆と家電を中心に使用されている「高濃度セルロースファイバー成形材料」を使用。

      この取り組みは「KURAMAEモデル」と呼ばれ、2023年度のソーシャルプロダクツ・アワードで環境大臣特別賞を受賞し、全国から注目を集めています。地域の商店街だけでなく、教育機関や福祉事業所をつなぎ、さらに企業や自治体を巻きこんで大きな循環を生み出しているこのプロジェクトを牽引するのは「珈琲焙煎処 縁の木」代表の白羽玲子さんです。今回は、白羽さんに「KURAMAEモデル」誕生のストーリーをお伺いしました。

      白羽玲子さん

      取材中はいつも快活で笑顔の絶えない白羽さんですが、KURAMAEモデルを生み出すまでには決して小さくない苦労があったようです。

      きっかけは、子供の障がいと母との別れ。社会の見方ががらりと変わる

      白羽玲子さん

      大学卒業後、大手印刷会社に就職してからは営業職としてキャリアを積みました。昼も夜もないくらいの忙しさで仕事に邁進。しかし、父親の病気をきっかけに仕事のスタイルを見直すようになり、出版社に転職し広告営業の仕事に就きます。

      そんな中、白羽さんの人生観を大きく変える転機が訪れます。結婚して子育てをしながら働いていた頃、2歳になった次男が自閉症を抱え、知的障がいがあると診断されます。「何をどうしたらいいか…」。思案に暮れた白羽さんは行政機関などに相談し、障がい者のための制度や行政サービスの仕組みを知っていきます。

      さらにある日、母と連絡が取れなくなって、自宅の様子を見に行ったら亡骸となっている母を見つけました。前日まで連絡を取り合っていた母の突然の死。そのショックは相当なものだったようです。

      「前の日まで一緒にいた親が早く死んでいなくなる。ものすごくセンセーショナルでした。悲しみだけでなく、『これは明日の私かも知れない』と思いました。もし、私がいなくなってしまったら、特に障がいと診断された次男坊はどうなってしまうのか。なにか、動かなければ、って思いましたね。」(白羽さん)

      日本の福祉制度は完璧すぎる? 当事者の親としての実感

      愛する子供の知的障がいと突然の母との別れ。ショックの中で、「これからの暮らし」を考えていくうち、ひとつの疑問を抱き始めます。それは「完璧すぎる福祉制度」。

      「(日本の福祉制度は)いい意味で、『死なない』ようにできていて、金銭的に苦しくても生活保護がありますし、障がい者雇用や福祉サービスがあったり、障がい者年金があったりして、生きていけるんです。問題は『生きていく以上の余裕』をどうやって生むかっていうことなんです。

      障がい者の仕事って当時4種類ぐらいしかなかったんです。清掃か、ケーキやクッキー焼いているか、シール貼りのような内職の仕事、自治体から請け負うリサイクルの回収など、そういった仕事がほとんどでした。これって、『得意を育てて、伸ばそうね』という学校教育が行われているのに、私の子供は、得意を伸ばして就職したら、たった4種類から選ばなくてはならない。これはかわいそうだなって思うようになったんです。」

      白羽さんの課題感とは、障がい者が、健常者の社会から乖離された場所で活動をすることを余儀なくされるという環境でした。障がい者であっても、さまざまな個性を持つ人がいて、健常者や社会と関わりながら仕事をし、もっと生き甲斐を感じながら生活をしていく環境があるべきだと考えたのです。そして、その課題は地域の力で解決できるのではないかと。

      そして、2年の準備期間を経て、白羽さんは珈琲豆焙煎店として起業し、「KURAMAEモデル」の実現を目指し始めるのです。

      雑談とSNSから生まれた、サステナブルなクラフトビール

      白羽さんは、まず、地域での障がい者の就労支援を目的とし、福祉事業所と連携してコーヒー事業を開始します。最初は白羽さん個人の小さな活動でしたが、徐々に仲間が集まり、2年目にはある程度の収益を生むようになります。その源泉は白羽さんの「雑談力」。ずっと営業畑で働いてきたキャリアも活かされているそうです。

      「私は、決まった商品を売ることよりも、雑談の中で課題を解決していくような仕事のほうが向いているんですよね。どんなときも、どんな人とでも雑談をします。雑談していくうちに、みんな同じ事を考えていることが分かったり、共通の目的を見つけたりすることが出来るんです。」

      「KURAMAEモデル」はそんな雑談の中から生まれ育っていきました。当初は、焙煎所やカフェの仲間と「コーヒー屋はでてくるゴミが多いよね」という雑談からはじまり、抽出かすを活用した肥料の製造の支援に取り組み始めます。そして、その活動をSNSで発信していたところ、ビールを製造する企業から、販売しない豆を使ってビールをつくれないか? という相談を受けることになり、その結果生まれたのが『蔵前BLACK』『蔵前WHITE』という2つのクラフトビールなのです。(※酒税法上は発泡酒となります。)

      『蔵前BLACK』コーヒー豆本来のフルーティーな香りとほのかな酸味、ビターチョコレートのような苦味が楽しめるスタウトビール。

      福祉を起点に地域とつながる

      『蔵前BLACK』の取り組みに象徴される「KURAMAEモデル」の革新性は、福祉を起点にしているところ。廃材を利用するアップサイクル、地元で生まれた原材料が、商品となって地元に流通するサーキュラー・エコノミーといった“今どき”のワードに加えて、地域の福祉事業所の仕事を生み、さらに障がい者のみなさんと社会との接点を生み出すことにこのモデルの矜持があるのです。

      KURAMAEモデルの紹介動画

      「私にとって『KURAMAEモデル』というのは、アップサイクルの循環装置というよりは、必ず地域の福祉事業所や、普段だったらあまり仕事に関わらない人たちが、肝になっているというのが大事なんです。」

      そして、実際に関わる福祉事業所のスタッフのみなさんからは嬉しい声を聞くこともあるそう。

      「事業所の障がい者の方で、外に出歩けるような方が、コーヒーの廃材の運搬を担当するんですが、1日に何件もお店を回ったりするので、地域の中で顔が分かるようになってきたし、会話をする機会も増えました。もうひとつ期待以上だったのが、彼らが例えば蔵前WHITEを『俺のビールだ』っていう風に認識するんですね。ビールを提供しているお店に家族と一緒に訪れたりして。」

      「KURAMAEモデル」を持続可能にする力

      今年、白羽さんたちは、新しいビールでクラウドファンディングに挑戦しました。今回は、地元のカフェや学校から集めたコーヒーやカカオの焙煎残渣や食材の端材を資源としてたい肥を作り、それを使って福祉事業所の方々がハーブを栽培します。そして協力企業がこのハーブを使ったビール「蔵前エールbotanical」を製造するというもの。

      「蔵前エールbotanical」はレシピ開発から醸造、パッケージデザイン、卸売り販売などさまざまな過程で、蔵前を愛する沢山の人や企業が関わっています。

      「KURAMAEモデル」発足当初から関わり、今回のクラウドファンディングでも重要な役割を果たしている蔵前商店街会長の関明泰さんにもお話を伺いました。蔵前で昭和19年創業の酒販店を経営し、古くから地域経済に関わってきた関さんは、「KURAMAEモデル」の課題と可能性について、以下のように語ってくれました。

      関明泰さんが経営する酒店「カクウチフタバ」では、蔵前BLACKや蔵前WHITEを買って立ち飲みすることが出来ます。蔵前エールbotanicalも近日入荷予定とのこと。

      「『KURAMAEモデル』で生産されるたい肥やハーブなどの原材料はどうしても高くなってしまいます。自ずと商品も値段が高くなる。酒屋として安くて美味しい酒をお客様に届けたい私の立場としてはどうしても、売りにくい商品でもありました。でもそれは、これまでのお客さんだけでなく、新しいお客さんを呼べばいいという考えにもなります。実際、白羽さんが積極的にPR活動をしているのもあって、クラウドファンディングでは、目標金額を大きく上回る支援をいただけました。こうした活動を続けていくことで蔵前という街に興味を持って訪れてくれる人が増えれば、長い視点で街の活力にもつながると思います。」

      SNSやクラウドファンディングの活動、そして地域の中での協力的なコミュニケーション。一つひとつの積み重ねが「KURAMAEモデル」を持続可能な活動にしているのでしょう。

      「KURAMAEモデル」は、どこでも実現可能

      「KURAMAEモデル」では、商品開発だけでなく、「下町そぞろめぐり」というスタンプラリーで、蔵前内外の集客施策を実施したり、修学旅行の学生を受け入れて街ぐるみでSDGs啓蒙活動を行なったりするなど、活動の幅は多岐にわたります。精力的な活動が続けられるのは、やはり江戸時代から続く歴史ある街であり、地域の絆がある蔵前でしかできないことなのでしょうか? その問いに白羽さんはきっぱりと否定しました。

      「もちろん、KURAMAEモデルは、すばらしい人のご縁と文化や歴史も含めた蔵前の地域資源がうみだしました。でも、私は、(「KURAMAEモデル」は)どこにでも出来るし、どこにでも出来るようになって欲しいと思っています。結局、わたしたちの活動も根っこは『ゴミを減らしたいよね』とか、『子供たちの未来のために何かしたいよね』って想いだけなんです。大事なのは、商店や住民や、寺院とか自治体とか企業とか、さまざまな人が抱いている思いを、どうやって横串でつないでいくか、それだけなんです。古い人でも新しい人でも、だれでもつながれるし、じっくりみんなで議論していけば、目指す方向は一緒であることに気づくと思います。」

      まさに大切なのは、周囲の人々との議論、つまり「雑談力」。最後まで雑談のようにインタビューに答えてくれた白羽さんの眼差しの先には、日常のささやかなコミュニケーションから生まれる新しい社会のカタチが見えているのかも知れません。

      KURAMAEモデル

      公式ウェブサイト(外部サイトに移動します。)https://kuramae-model.org/