2024.07.30 (Tue)
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皆さんは「ローカルフォト」という言葉を耳にしたことはありますか? もしくは「小豆島カメラ」という、地域住民による写真のプロジェクトをご存じでしょうか?
地元の女性たちが小豆島の日々の暮らしの中にある、美しい景色、おいしい食べ物、優しい人々を切り撮った写真がSNSで話題に。さらに、その写真を通じて小豆島の魅力を知った人々が、島へ移住するという動きにも貢献。コロナ禍以前には、なんと年間の移住者が500人を超えた年もあったといいます。(2017年度統計より)
今回は、「小豆島カメラ」のプロジェクト発足に携わった、写真家のMOTOKOさんに、ローカルフォトが生み出す写真とローカルの幸せな関係についてお話を伺いました。
MOTOKOさんは、1996年のプロデビュー以来、日本のカルチャーシーンの第一線で活躍されてきた写真家です。音楽、広告、ファッションなど多様な媒体で、MOTOKOさんの撮影した写真を見たことがあるかもしれません。
東京で仕事を得て、コマーシャルフォトを撮影するカメラマンとして活躍の場を広げていたMOTOKOさん。なぜローカルに軸足を置いたプロジェクトを始められたのでしょうか?
「まず私がデビューしたのが1996年だったんですけど、当時、すでに雑誌はもう終わりかけていたんです。廃刊が続いて。それに98年頃から、圧縮音源が出始めて徐々にレコード会社が不況になったり、ファストファッションが台頭したことで、高かったものがすごく安くなったり。
さらに懇意にしていたテレビの制作会社もデジタル化の波に押されて予算が取れなくなってきて、雑誌も音楽もファッションも、いよいよテレビまで先細ってきてしまったぞと。その中で、このままだとたぶんこの道で生きていけないな、視点を変えてみようって思ったんです。」
そこで、MOTOKOさんは2007年より、滋賀県長浜の農村を舞台にした〈田園ドリーム〉をスタートします。
「これまで写真の仕事は商業写真が中心だったけど、もっと違うことができるんじゃないか? 新しい写真の機能とは? と模索を続けていました。その後、東日本大震災がおきたことで『課題解決の写真』があってもいいかもしれない、と思うようになりました。
とはいえ、実際のところ、当時は、『地方に行って何の仕事をするの』って感じだったんです。それでも滋賀県の若手の農家さんたちを撮り始めることができて、雑誌『ソトコト』のリニューアルのタイミングで紹介してもらうことになったんです。
それを見た、のちに『小豆島カメラ』のメンバーになる三村ひかりさんからSNSを通じて連絡をもらい、続けてデザイン事務所『UMIHICO』の堀越一孝さん(現在 福井県小浜市在住)、当時は会社員だった『真鶴出版』の川口瞬さん(現在 神奈川県真鶴町在住)にも出会いました。みんな仕事を辞めて、自分たちで暮らしをデザインしながら作り上げていたんですよね。ゼロからのスタートだったけれど、これまで出会った人々とは全く違う価値観を持っていて、何より夢にあふれていましたね。」
とことん前を向くポジティブ思考と、時代の流れを読む才覚を備えたMOTOKOさんは、コマーシャルフォトの競争社会を離れ、ローカルに新しい視座を見出していきます。
「(小豆島は)大阪が近いこともあって、まちづくりを勉強されて最先端の考え方を持った人が、すでに移住してきていたんです。それを見て『あ、ここは変わっていく場所だな』って思って。さらに『小豆島カメラ』をスタートする前にちょっと集合写真を撮らせてもらった時にも、『あ、なんか女性強いな』っていうのもすごく感じたんですよね。」
MOTOKOさんが、小豆島に移住してきた個性あふれる女性たちと関わる一方、多くの移住者はまだそれぞれ横のつながりを持っていなかったのだそう。ならばと、MOTOKOさんが声をかけ、7名の女性たちをチームとして集結、小豆島の魅力を発信してもらおうと思い立ちます。
「皆さん、もともと全然属性の違う方々でしたね。一人で発信しても結局個人になっちゃうから、やっぱり集合体の方が小豆島のブランド力は上がると思ったんです。(プロジェクトを)地域につなげるためにメンバーをスカウトして、あと、スポンサーを今のOM SYSTEMさん、かつてのオリンパスさんにお願いできるようプレゼンしたんです。」
メンバーやスポンサーを得るべく、ここでもMOTOKOさん持ち前のポジティブ力を遺憾なく発揮。「小豆島カメラ」は当時のオリンパス社長が何度も小豆島を訪れるほど、会社をあげて応援してもらえるプロジェクトに急成長していきます。
MOTOKOさんが写真家としてではなく、プロデュースする側に立って走り出した「小豆島カメラ」。コマーシャルフォトを撮影していた時と、問題解決の意識も大きく変わっていったといいます。
「ローカルフォトって、広告のような公(public)でも、作品のような個(private)でもなくて、その間にある共(common)の写真なんですよね。つまり、“消費”ではなく“活動”を生み出すということです。
そういう写真が、(地域の)資産になっていくといいなと。経済成長じゃなくて、社会的な課題解決になるように写真が撮れないか、っていうことを考えていましたね。」
工業社会に紐づいていない視座の写真を撮ること、写真を通じた社会的な活動を続けること。MOTOKOさんは、それらの写真を全国の人に知ってもらうためのツールとして、SNSを選びました。自ら“発信”することが最も影響があると考えたのです。
「当時、プロカメラマンの仲間たちは、(SNSに)自分の作品を無料で載せていいのかといっていましたね。私自身は、逆にSNSの人間関係がこれから大事になっていくと感じていたんです。開いていったほうがいいと。それで、ローカルの人たちと一緒にSNSで発信するということを始めていったんです。」
小豆島から始まったローカルフォト。他のローカルでも同様のプロジェクトを進めていく中、MOTOKOさんは、将来的には彼女たちに「地域クリエイター」になってもらおうと考えていました。
「2016年に、(田園ドリームの撮影をしていた)滋賀県長浜市でもチームを作って発信を始めたんですね。
もともと長浜は家父長制度の強い地域。だけど、そこにカメラがあるというだけで、女性たちが自分たちで写真家をやるとか、編集者をやるとかっていう、そういったちょっとクリエイティブな仕事が『自分でもできるんだ』というふうに意識が変わっていく。それがすごく大事かなと思っていて。SNSで発信できる女性たちが、その担い手として活躍してくれていることで、長浜市はいま本当に変わってきていると思いますね。」
「ローカルフォト」によって発信されてきた、ローカルに住む女性たち独自の視線。知り合いのいない新たな土地で、封建的な家族観が残っていることも少なくない地方都市で、クリエイターの仕事を“地域の仕事”として確立させてきました。ローカルフォトは、彼女たちの生き甲斐やアイデンティティを生み出す役割をも果たしてきたのです。
現在、MOTOKOさんが携わるローカルフォトのプロジェクトは大小合わせて15にも及びます。
そもそも、ローカルフォトとは地域住民が写真で地域の魅力を発信して、観光や移住につなげる活動のこと。住民が土地の暮らしや文化を撮影し、SNSなどで発信し、地域の課題を解決することを目的としています。「小豆島カメラ」以降、滋賀県長浜市、愛知県岡崎市、青森県藤崎町など全国で展開しています。
住民がカメラを持って街を歩くことで、地域への視点や見方が広がり、地域の持つ課題に取組む姿勢が育まれたり、地域の経済活動を活性化させることにつながったり、また、自治体にとっても、地域活動により多くの住民が参加してもらえるように促せるなど、大きな効果を生んでいます。
コマーシャルフォトとの大きな違いは、ローカルフォトが、消費されるだけの写真ではなく、参加することで持続可能な関係性を築ける写真であることでしょう。
「やっぱりコマーシャルフォトというのは一期一会なんですよね。スタッフ同士でも、もう二度と会わない人もいる。でもローカルフォトは、3年単位みたいなスパンで進めていくことが多いんです。『小豆島カメラ』がきっかけでチャンスを下さる自治体も出てきて、事業化することもできるようになって。そうして3年続けて会うということで、(地域の)人間関係を取り戻していった感覚がありますね。」
ローカルフォトは、住民の視点を介することで多様性を語ることもできます。これまでの自治体主体の観光写真は、そのほとんどが美しい海と美しい山ばかり。それではその土地の「らしさ」を描き切れません。一方で、各々の暮らしであったり、住民の日常であったり、友人たちを紹介するといった「地域の人が地域の日常を撮ること」こそ、オリジナルティのあるローカルの魅力を引き出せるのです。
MOTOKOさんは、その“視点”を持つことが最も重要だと語ります。
「写真によるまちづくりっていうと、どうしてもカメラ機材の使い方に注力して、肝心の被写体はお花とか風光明媚な景色とか、個人が好きなもの撮ったらいいってなってしまうんですよね。でもそれだと個人の作品になっちゃうので、そうじゃなくて、“写真を通じて社会を見る力”をつけてほしいと思っているんです。目的は写真そのものではなく、まちや暮らしを輝かせること。『あなたのまちの商店街はどうなっていますか?』とか『人口増減はどうですか』とか、『移住者はどんな感じでしょう』とか。普段の暮らしでは見ないようなものをちゃんと見てもらいたいし、そのために行政の方にも、人口増減や高齢化のこと、空き家のことなど説明してもらう機会を作りながら、今の暮らしの状況を学んでもらうということが一番大事ですね。」
しっかりと前を見据えて、「自己実現ではなく社会実現にしていかないといけない」と語るMOTOKOさん。これからのクリエイションの在り方として、革新的(ラディカル)で、社会的(ソーシャル)な領域を広げていきたいといいます。最後に、これからの写真の可能性についてお聞きしました。
「社会実現を目指すには、一人だけの視点だとどうしても弱い。複雑な世の中においては、個人よりコレクティブ(集団的)であること、多様な視点を持つことがやっぱりいいんじゃないかなと思っています。(そうした視点を持つ)伸び代のある自治体が出てきたら、企業から投資してもらいながらクリエイティブを実現できるとよりいいのかなと思いますね。
同じ思想を持つ人たちと共に写真で社会実現をするために、このプロジェクトを続けていきたいですね。」