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情熱を父から受け継いで、世界へ。ニセコの絶品チーズ・進化の物語

情熱を父から受け継いで、世界へ。ニセコの絶品チーズ・進化の物語

北海道虻田郡

    2024.09.06 (Fri)

    目次

      輸入ナチュラルチーズの需要が下がる中、国産ナチュラルチーズの人気は高まっています。人気のスイーツや国際線ビジネスクラスの機内食にも採用されており、世界中で数々の賞を受賞している「ニセコチーズ工房」。国産チーズ業界の中でも人気のニセコチーズ工房を訪ね、チーズ作りに懸ける想いをうかがい、人気の秘訣を探ってきました。

      オリジナリティあふれるチーズが魅力の「ニセコチーズ工房」

      世界的なチーズコンテストで次々と受賞するなど、日本のチーズが世界で注目を集めている昨今。全国には約300軒のチーズ工房があるといわれています。

      中でも、数々の世界大会で輝かしい成績を残しているのが「ニセコチーズ工房」です。工房にはイートインコーナーも隣接し、ニセコチーズ工房の全商品と、マリアージュのためにセレクトされた北海道のワインや食材などが並びます。

      たった2代で世界大会の常連となったこの工房を営むのは近藤裕志さん。ニセコ町の中心にあるニセコチーズ工房で、裕志さんにお話をうかがいました。

      裕志さんは、2023年に創業者である父の孝志さんから店を受け継ぎ、オリジナリティあふれるチーズを世に送り出しています。

      脱サラした先代が55歳で立ち上げた「ニセコチーズ工房」

      「ニセコチーズ工房」がこのニセコの地にオープンしたのは2003年。大手流通企業のバイヤーとして働いていた先代の孝志さんが55歳で脱サラ、セカンドキャリアとして選んだのがチーズ職人でした。

      「バイヤー時代に乳製品の担当だったことと、祖父が酪農をやっていたこともあって、チーズを始めたと聞いています。次はチーズが来るぞって読んでいたんですかね。」と裕志さん。

      単身でフランスに渡り、チーズ作りの修業をして帰ってきた孝志さんは、バイヤー時代に培ったマーケティングの知識を生かして、ニセコに工房を構えることを決意したといいます。「お客さんの入りや、酪農をやっている土地であること、年間を通して比較的観光客の数の変動が少ないことから、ニセコにしたと聞いています。」

      日本を飛び出し世界のマーケットへ。2代目による更なる改良

      今でこそ脱サラは珍しくないですが、当時はそういったキャリアを歩む人は少ない時代。脱サラしてチーズ職人になるというストーリーが多くのメディアに取り上げられたこともあってか、チーズ工房の売り上げはうなぎのぼりだったそうです。

      オープンしてから2年後にはすでに生産が追い付かない状態に。そこで声がかかったのが息子の裕志さんでした。

      「父が仕事を辞めて勝手に始めたチーズ工房なんて、ずっと続くわけがないと思っていたので、はじめはずっと誘いを断っていました。でも誘われ続けて3年くらい経っても、売り上げがまだ伸び続けていたんです。」

      裕志さんはちょうど就職氷河期世代。やっとの思いで就職しても、なかなか給料は上がらないというあまり将来に光が見えない状況だったそうです。父からの誘いを断り続けながらも、孝志さんが新たな挑戦を続ける姿に刺激を受け、勤めていた会社を辞め、チーズの道へと足を踏み入れることに決めました。

      「当時は僕も食品関係の仕事をしていたのですが、自分が作ったものをお客さんに直接届けられるのはいいなと思ったんですよね。自分が頑張った分が、自分にダイレクトに返ってくるということにも魅力を感じて、脱サラを決意しました。」

      2010年に「ニセコチーズ工房」に裕志さんが参画し、親子での挑戦が始まります。特にチーズ作りに強い興味があったわけではなく、単に転職先としてニセコチーズ工房に入社した裕志さんですが、奥の深いチーズ作りに触れ、持ち前の探究心に火がつきます。

      「当時の売れ行きは誰が見ても好調で、味も美味しい。でもチーズを買っていくのは観光客の方ばかりだったんです。せっかくチーズを作るんだったら、飲食店に使ってもらえるようなクオリティの高い、本格的なチーズが作りたいと思いました。」

      裕志さんは、国内外のチーズ製造の研修会に片っ端から参加。得た知識を工房に持ち帰っては試作する、を繰り返しました。学びをもとに製品のレシピを変更し始めたのです。

      「親父が作ったチーズをすべて作り変えていったので、もちろん喧嘩の連続でした。親父からしたら、売れてるし美味しいと支持されているチーズなのに、息子が否定しているように感じたんでしょうね。でも、世の中にはもっと美味しいチーズがたくさんある。自分たちももっともっと美味しいものを作れるに違いない、という一心でやっていましたね。」

      裕志さんが入社してから3年目、運試しで出展した国産チーズのコンテストでブルーチーズの「空【ku:】」が賞を受賞。裕志さんの努力が実った瞬間でした。これをきっかけに、孝志さんは裕志さんのチーズ作りを静かに見守ってくれるようになり、「ニセコチーズ工房」のチーズは“ニセコのお土産品”としてだけでなく、“日本を代表するチーズ”として世界へと広がっていくようになったのです。

      世界が絶賛する、新時代の日本チーズ

      今も「ニセコチーズ工房」の看板商品であるブルーチーズの「空【ku:】」は一般的なブルーチーズに比べて苦みが少なく、ナッツのような風味が特徴。ブルーチーズの匂いが苦手な人でも食べやすいと評判です。

      左からブルーチーズの「空【ku:】」、デザートチーズ「二世古 雪花 【sekka】」、ミモレットチーズ「椛【momiji】」

      2013年に「空【ku:】」が賞を受賞したことを皮切りに、改良した製品や新商品が国内外で数々の賞を受賞するようになります。

      チーズの世界コンクール「Mondial du fromage」で銀賞を受賞したデザートチーズ「二世古 雪花 【sekka】」もその一つ。飲食店のシェフである仲間からアイデアをもらい、チーズの外側をドライフルーツでコーティングした、ユニークな商品です。外側にフルーツをまとっているだけなのに、その風味がチーズに浸透し、絶妙な甘さと香りを醸し出します。

      「上の世代の方々からはこんなものは邪道だと当初はかなり反対されていました(笑)。チーズの味をフルーツで誤魔化すのか、と。でも、僕はこれを作ったときに、『これはすごい、美味しい!』と感動したんですよ。」

      周囲からは猛烈に反対されたものの「絶対にウケるはず」という自身の直感を信じ、コンクールに出展した結果、JAPAN CHEESE AWARD’16 最優秀部門賞、Mondial du fromage2017(世界コンテスト) 銀賞を見事受賞。「空【ku:】」に並ぶ人気商品となりました。

      従来のチーズ作りの常識を覆し、次々と新しいチーズを生み出す裕志さん。そのアイデアはどこから出てくるのでしょうか。

      「料理サイトでほかの料理のレシピを見ているときや、ケーキ屋さんに行ったときなど、チーズとは全然関係のないところや、仲間との何気ない会話からヒントを得ることが多いですね。レシピを考えよう!と決めて思いつくとかではないんですよ。」

      固定概念にとらわれないのが、ヒット商品を生み出す秘訣のようです。

      作り方や材料も枠にとらわれないのが裕志さん流。

      「チーズの本場・フランスではAOP認定(原産地呼称統制)を取るのがステイタスだとされていて、伝統のチーズの味を守るために作り方やミルクの種類、乳酸菌の種類まですべて決められているんです。日本はまだチーズの歴史が浅いから、フランスのチーズ作りをそのまま踏襲してやっているところが多い。でもうちはすべて自由にやるというのがルール。作り方はもちろん、乳酸菌も常識にとらわれず気になるものは全部試します。それが、斬新なレシピの開発につながっているのかもしれませんね。」

      チーズ作りに欠かせない乳酸菌は国内では作られていないため、そのほとんどが海外からの輸入。「このチーズにはこの乳酸菌を使う」と、古くからの慣習に基づいたチーズ作りをしている工房が多い中、裕志さんは流通している乳酸菌ではなく、海外のサイトで見つけた乳酸菌を直接輸入することもあるそうです。

      親子で紡ぐ“日本チーズ”のバトン

      国内外のコンテストで受賞した後も現状に甘んじずチーズの改良を続ける裕志さん。これほどまでに裕志さんを突き動かすのは“おいしいチーズを作りたい”、その一心だといえます。

      「独自のやり方でチーズ作りを続けていった結果、賞を受賞するなど、評価を頂けた。やっぱり新しいことをどんどんしていかないと日本のチーズ業界は盛り上がっていかないと思うんです。」

      知識ゼロの状態から、チーズ作りのスタンダードを学び、ニセコチーズ工房を始めた孝志さんから、独自性を出していった裕志さんのチーズ作りへと進化していったことが、ニセコチーズ工房のターニングポイントとなったようです。

      ニセコチーズ工房が変化を遂げたように、日本のチーズ業界全体も変化の時を迎えているのだと裕志さんは語ります。

      「僕が上の世代に教えてもらったように、下の世代に自分の技術を教えています。同業でネットワークを組んで、技術をシェアして初めて、日本のチーズの地位を確立できると思っているんです。競合だからと技術や知識を自分だけのものにするのでなく、業界全体で切磋琢磨していくことが必要だと考えています。」

      ニセコを訪れた外国人観光客にも大人気だという「ニセコチーズ工房」のチーズ。固定概念に捉われないオリジナリティあふれるチーズは、“日本チーズ”として海外にもその名を広げていっています。

      情熱を持ってチーズ業界に突き進み飛び込んだ孝志さんと、それを世界で通用するように昇華させ続けている裕志さん。日本のチーズの新たな可能性を見出す、「ニセコチーズ工房」の飽くなき挑戦はまだまだ続きます。

      ニセコチーズ工房
      住所:北海道虻田郡ニセコ町字近藤425番地6 

      公式ウェブサイト(外部サイトに移動します。)
      https://www.niseko-cheese.co.jp/

      ※撮影のため帽子を脱いでいますが、通常は工場内では着用しています