愛知県名古屋市
2024.10.31 (Thu)
目次
愛知県名古屋市、名古屋城東南方面に位置する有限会社ノヨリは、伝統的工芸品「尾張仏具」錺(かざり)金具を製造しています。錺金具とは仏壇や寺院の内部などを華やかに装飾する金具のこと。同社はその技法を使ったアクセサリーブランド「Wayuan」を立ち上げ、魚のアクセサリー「nanako」などを展開しています。精巧な技術が施されたリアルでかわいい魚の姿が心をとらえて離しません。手仕事でしか表現できない美がここにあるからでしょう。ノヨリ3代目錺金具師の野依祐月さんに、お話をうかがいました。
尾張仏具は、愛知県名古屋市を中心に作られる伝統的工芸品。1609年、名古屋城築城を機に防衛の拠点として寺院を集中して建造し「南寺町」が形成されました。その際、寺院建造に携わった宮大工らがのちに転身し仏具作りを始めたことが尾張仏具の始まりだそう。仏具の中でも、補強や装飾の金具を「錺(かざり)金具」といい、仏具のほか城・山車・神輿などにつけられています。
ノヨリは1970年、祐月さんの祖父・稔さんが創業し、1988年に法人化。現在は、祖父母、両親、祐月さんの5人で尾張仏具・錺金具を製造しています。
全国の本山や寺院に納入するほか「上海万博」出展山車、「名古屋城本丸御殿」などの錺金具を手掛けました。
平な銅板に鏨(たがね)という棒状の金属を打ち込み模様や形を作り上げ、糸鋸で形を抜き最後は丁寧にやすりをかけて仕上げます。模様を彫る鏨はなんと約3500種もあるのだとか。
大小さまざまな鏨を使い分け、美しい模様を彫り上げるのです。作業場ではカンカンと打ち付ける音が高らかに鳴り響き、みるみる美しい模様を掘り上げる巧みな手仕事に思わず感嘆のため息が。
「2000年代までは仕事が余るほどでした。次第に海外からプレスで作る大量生産の金具が入るようになり、2010年頃から明らかに需要が減りました。父はあと何年続くかわからないと模索しているようでした。」と祐月さんは振り返ります。
祐月さんは、当初家業に入るつもりはなかったそう。
「小学3年生から、アーティスティックスイミング一筋でした。20歳の時に選手引退してから、就職活動を始めました。ちょうどその頃名古屋城の復元が始まり、祖父や父が寝る間もなく作業していたんです。その姿を見て家業に入ったらもう遊べなくなるのかなって、ちょっと怖気付いて(笑)。」大学生のころの葛藤を明るく振り返る祐月さん。卒業後は一般企業で接客業に就きました。
「接客業は楽しかったものの、心のどこかで違和感がありました。家族が仏具を作っているのをずっと見てきて私も『作ること』を仕事にしたいなと。」
そこで、アパレルメーカーに転職し、服の企画・デザインに関わりました。ところが再び違和感を覚えたのです。
「イメージ図を描くまでが私の仕事で、実際に手を動かすのは海外の工場でした。そこで、自分の手を動かしてものづくりをしたいんだと気づいたんです。」ちょうどその頃、父・克彦さんがアクセサリー作りを始めました。
「父は『この先、仏具が売れなくなる時代が来る。何か違うものも作らないと、次世代に技術を継承できなくなる。』と考えたようです。」
その技術を悠久に伝えるため、同社は仏具の技法を使った販売事業「Wayuan」を2020年にスタートさせました。
錺金具には、くさび文様で柄を形成する「蹴り彫」や魚の子(卵)をイメージした丸い粒を一つひとつ打ち柄にする「魚々子(ななこ)」などのさまざまな伝統技法を使います。この技術を活かし、デザインしたアクセサリー・雑貨等を製作。仏具や城を美しくするための技法が身近なものへと姿を変えたのです。
伝統を次世代につなげるよう試行錯誤をする父の姿を見た祐月さん。
「父から『これを作ったんだけどどう思う?』と意見を求められるうちに、自分でやりたいと、いてもたってもいられなくなりました……!」こうして2021年アパレル会社を退職し家業に入りました。
紆余曲折を得て原点に戻ってきたのだといいます。目の前の仕事に夢中で取り組みながらも細かな違和感に蓋をせずに向き合ったからこそ、たどり着いた道でした。
「Wayuan」では老若男女さまざまな人に向けた7ブランドを展開していますが、立ち上げ当初は仏具で使う和柄のアクセサリーが中心だったそう。
そこで、若い世代や男性にも使ってもらえるデザインを目指し、愛知県のブラッシュアップ事業に応募したことで生まれたのが「nanako」です。
「県がデザイナーさんをマッチングしてくれたのですが、その方が偶然にも父と知り合いだったんです!」
父・克彦さんは、大の釣り好き。そんなことを知るデザイナーさんから、趣味と一緒にしたものを作るのはどうかと提案があり、魚のモチーフのアクセサリー作りが始まりました。
「父が魚の特徴にとことんこだわっています。たとえばマダイは背鰭の2つ目が長いのですが、私はそれを知らなかったんですね。糸鋸で切り落としてしまった時には『違う!』と怒られましたね(笑)。」
魚好きな人が唸るほど、細部まで手を抜くことなく忠実に表現しています。
「道具も魚によって変えています。この魚は鱗が小さいから小さな鏨で、この魚は鱗に特徴があるからちょっと幅広めなどこだわっていますね。」
1つの魚に使う鏨はおよそ7種類ほど。鱗一枚一枚丁寧に彫り上げます。「魚々子」の技法は目の丸の部分に使っているのだとか。
ぷにっと柔らそうなお腹に一枚一枚丁寧に彫られた鱗……今にもピチピチと跳ねそうな生きの良さを感じられるよう!
「機械ではこの綺麗なぷっくりとした本物の魚のようなお腹の半円が生まれにくいんですね。手仕事だからこそ生まれる丸みなんです!」
本物の魚をギュッと凝縮したようなリアルさとかわいさに魅了されます。
また、色はペイントではなく、薬液につけて化学反応させる伝統技法「色上げ」で色を出しています。
「銅っておもしろい素材なんですよね。薬品でいろんな色が出せるんです!たとえば赤だと、硫酸と緑青を混ぜて煮立てたものを。茶色系だと硫黄で。」まるで魔法のようにさまざまな色に七変化するおもしろさを楽しそうに語ってくれました。
こうして色を出した後、ヤスリをかけグラデーションにするなど色味を調整し、リアルさをとことん追求しています。
nanakoのシリーズは現在レギュラーが22種類。縁起の良いタイ(めでたい)やフグ(福)、タコ(多幸)のほか、おいしそうなアジの開きや、名古屋名物のエビフライに、しゃちほこまで。どれも魅力的で目移りしてしまいそうなかわいさです。
当初はネクタイピンやピンズなど、魚が好きな男性が使用することを想定していましたが、男女問わず人気があるのだとか。さりげなく身につければ、ここから会話が始まりそう。
飾金具と同じ技法を凝縮した小さいながらも重厚感のあるアクセサリーです。
現在は、ECサイトや期間限定ショップなどで販売していますが、対面販売が何より好きだといいます。
「お客様と直接お話しすることがすごく好きなんです!『あと1センチ短かったらな』など率直な生の声が聞けることがありがたいですし、『かわいい』などの声が励みになります。そして本業の仏具に興味を持っていただけることもうれしいです。」
持ち前の明るさで人とおしゃべりしては笑って活気溢れる様子が目に浮かびます。
「買ってくださった方のお子さんが生まれた時に、その子に受け継いでいただけるように丈夫で価値あるものを作っています。もちろん、メンテナンスしますよ!」
仏壇もお城や寺なども、時代を超えて後世へと受け継ぐもの。その技術と哲学が詰まっているからこそ、一生ものならぬ、子々孫々へと受け継がれるものができるのでしょう。
「現代のものの買い方は『消費』というか……『別に捨ててもいい』という考えが根底にあるように感じています。でも本当は、ものは手入れして大事に使うもの。日本はものづくりが盛んで、本当にいいものがたくさんあるんです。」
家業に入り、より一層この伝統的技法を残していくべきだと感じるようになったと祐月さん。
「職人がいなくなったらお城や建造物の修復をできる人がいなくなってしまう。それも含めて、長く続けて技術を後世に残していけるようにしたいですね。」
職人らしいこだわりと、持ち前の明るさで次世代へとつなげていこうとする、希望に満ちた想いがありました。
NOYORI
公式ウェブサイト(外部サイトに移動します。)https://noyori.net/