京都府京都市
2024.12.20 (Fri)
目次
清水焼の伝統を守りながらも、常識にとらわれない自由な発想で新たな価値を創り出す藤平陶芸。創業から100年以上、職人たちは「よそにはないものを創り出す」という信念のもと、挑戦を重ねてきました。大胆なデザインや色彩、少量生産へのこだわりは国内外で高く評価され、時代ごとのニーズに応える清水焼の未来を切り拓いています。藤平陶芸の魅力とこれからの展望について、3代目当主・末広裕子さんにお話をうかがいました。
京都市東山区五条坂に佇む藤平陶芸の工房。観光客で賑わうこの地で、陶芸教室や工房体験を通じて清水焼の魅力を伝えています。しかしその本質は、創業から100年以上にわたり、常に新しい挑戦と革新を続けてきた窯元の確かな精神にあります。
その根幹を成すのは、先代・藤平長一さんが掲げた、「変わったもの、面白いものを作る」「よそにはないものを創り出そう」という理念。この精神を受け継ぎ、藤平の職人たちは型にはまらず、常に新しい形や技術に挑戦することをモットーにしてきました。
「一人ひとりが思い描く形を追求し、指示や制約を受けることなく成長していくことが、藤平陶芸の魅力だと思います。そのため、同じテイストやモチーフなどを作り続けることは、あまりありません。自由であるがゆえに迷いや壁に直面することもありますが、それが次への飛躍の原動力になっています。」
清水焼は、江戸時代初期に京都・五条坂で生まれた京焼の一種。その最大の特徴は、意外にも「特徴がないこと」だといわれています。この一見ユニークさに欠ける特性は、京都という土地ならではの環境に由来します。焼き物の原料となる土や石を産しない京都では、全国各地から集められた素材を用い、多様な技法やデザインが生まれました。また、当時の京都は焼き物を大量に消費する一大マーケット。ほかの地域からも腕利きの陶工たちが集まり、独自の文化が豊かに育まれていきました。
1916年、淡路島出身の藤平政一さんが京都に創業した藤平陶芸も、この「自由さ」を受け継ぎ、清水焼の特性を活かした独自の表現を模索してきました。「特徴がない」ということは、裏を返せばどんな形にも変わることができる可能性を秘めているということです。その精神のもと、政一さんの志を受け継いだ家族と職人たちは、時代ごとのニーズを捉え、新しい焼き物を生み出し続けています。
藤平陶芸が目指す新しい表現とは、一言でいえば「作風を持たない自由さ」。現在の作品には、季節の花を大胆に描いた花器や茶器が多く見られ、その華やかさが印象的です。
しかし、その歴史を振り返ると、民藝運動の牽引者・河井寛次郎さんとの交流があり、戦後の混乱期には民藝品としての器を手がけていた時代もありました。ぼってりとしたフォルムと優しい色合いを持つ素朴な器は、現在の作風とは対照的です。
「過去に民藝品を手がけた時代もあれば、現代のように大胆な表現を追求する時代もあります。それは、時代に必要とされるものを作りたいという想いがあるから。私たちが一貫して大切にしているのは、人の心に響く作品を作りたいという姿勢です。それが、藤平陶芸の変わらない姿だと思っています。」
職人たちが感性を最大限に活かし、作風を自由に変化させる背景には、藤平陶芸が貫く「少量生産」の姿勢があります。一つひとつの作品に丁寧な手仕事が込められ、それが作品ごとの個性を際立たせています。このような姿勢が、国内外の愛好家に評価されていますが、一方で効率性を求める現代の社会においては挑戦を伴います。
「創業当時から少量生産を貫いています。数を追うのではなく、職人一人ひとりが心を込めて作品を仕上げること。それが私たちの誇りです。市場に出る数は少ないですが、だからこそ価値が生まれるのです。」
こうした信念の象徴ともいえるのが、近年注目を集めている桜の絵柄を描いた花器です。従来の桜の枝が上へ伸びるデザインを一新し、新たな表現を加えたこの試みは、職人自身が「従来の常識を打ち破りたい」との思いで生み出したものです。
「私から職人たちにデザインを指示することはありません。彼ら自身が考え、手を動かし、自由な発想を形にすることで、作品が生まれるのです。」
さらに、藤平陶芸が力を注ぐのは、陶器の色彩を生み出すための釉薬です。昭和36年、初代・藤平政一さんが開発した赤い釉薬「朱紅(しゅこう)」は、従来にない鮮烈な紅色を実現。この美しさは瞬く間に評判を呼び、花瓶や置物など、さまざまな作品に新たな命を吹き込みました。
「朱紅」は現代の作品にも用いられ、赤い釉薬の鮮烈な美しさは、時代を超えて人々を魅了し続けています。
五条坂の町並みに自然と溶け込む藤平陶芸は、地域イベントや陶器市に積極的に参加し、地元住民とのつながりを何よりも大切にしています。その活動は、単なる地域貢献にとどまらず、陶芸文化を次世代へと受け継ぐための重要な役割を果たしています。
特に「五条坂京焼登り窯(元藤平陶芸登り窯)」は、地域の歴史と文化を象徴する存在です。この登り窯はかつて藤平陶芸の作品を生み出した場であり、陶芸の技術と情熱が込められた貴重な遺産です。現在では京都市や地域社会の尽力によって保存され、その価値が守られています。この取り組みは、五条坂全体が陶芸文化の継承を支える拠点であることを改めて感じさせるものです。
「地域の支えなくして藤平陶芸の歩みはありません。登り窯という歴史的な資産を大切にしながら、地域文化と共に未来へ進むことを誓っています。」
五条坂という観光客で賑わう京都の地に根ざす藤平陶芸は、インバウンド需要の増加に伴い、海外からの訪問者が増加しています。清水焼の手作り作品は、その繊細な美しさと温かみのある風合いで多くの人々を魅了し、国内外で高い評価を受けています。こうした国際的な注目は、藤平陶芸にとって新しい挑戦の場でもあります。
「伝統的な美しさを大切にしつつ、現代のライフスタイルや海外の嗜好に合ったデザインを取り入れるよう努めています。近年は桜をモチーフにした花器が海外の方から人気で、藤平陶芸を広く知っていただくきっかけとなっています。」
藤平陶芸の作品は全国や海外の小売店に卸され、多くの人々に愛されています。しかし、藤平陶芸が大切にしているのは、直接お客様と触れ合う場を創り出すこと。京都で開催される「京焼・清水焼 大見本市」や「五条坂陶器まつり」、さらに東京や名古屋のイベントに参加し、一般のお客様にも作品を届ける機会を何よりも重視しています。
近年、多くの窯元がオンライン通販に注力し、対面販売の場から距離を置く中、藤平陶芸は数十年にわたり陶器イベントへの参加を続けています。それは、藤平陶芸にとって大見本市が単なる販売の場ではなく、新作を発表し、時代の空気を感じる貴重な機会であるからです。
「陶器の魅力を次世代に伝えるには、常に挑戦し続けることが必要だと考えています。大見本市は、私たちにとって新作をお披露目する大切な場です。職人たちはこの日のために、『時代を映し出す新しいものを届けたい』と情熱を注ぎ込んでいます。これからも地域に根ざしながら、藤平陶芸の価値を世界に広めていきたいです。」
藤平陶芸の未来は、地域文化と世界をつなぎ、陶芸の可能性をさらに広げる挑戦に満ちています。
公式ウェブサイト(外部サイトへ移動します。)http://www.fujihiratougei.co.jp