2025.01.06 (Mon)
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「チョコレートコンシェルジュ」としてチョコレートの情報発信をする、ちょこれいじ(本名・野口麗次)さん。全国のチョコレート専門店を巡る旅をし、職人が豆の選定から加工、販売までを一貫して手掛ける「ビーン・トゥ・バー」の認知度向上に情熱を注いでいます。2024年のバレンタインには、「大丸松坂屋ショコラプロムナード」にもオンラインで出店し、魅力を広めました。
今回は、そんなちょこれいじさんにインタビュー。各地の職人たちの生み出す「ビーン・トゥ・バー」を通じて、日本の美味しい食材や、その地域ならではの魅力を伝えていく活動と、その想いについてうかがいます。
コーヒーにビール、コーラなど、クラフトブームが広がる中、チョコレートの新潮流として注目を集めているのが、「ビーン・トゥ・バー」です。その名の通り『豆』to(から)『バー』、つまり原料となるカカオ豆の選別から、焙煎、すり潰し、成形、販売までを一つの工房で一貫して行う製法を指します。
原料や作り方、環境によって味に影響が出やすいチョコレートは、大手の製菓工場では、常に均一な味を出すために香料や甘味料を使用して調整します。一方ビーン・トゥ・バーは、基本的にカカオと砂糖のみで作るため、味にムラが出ることも。しかし、それも個性の一つとして魅力に変えることができると、ちょこれいじさんは教えてくれます。
「あまり知られていませんが、カカオはフルーツで、例えばみかんにもダイダイやポンカンなどがあるように、種類によってその味は全く違います。作り手は、この味、この個性が素敵、と思うものを自ら仕入れ、独自の味を作り出しています。焙煎の仕方によっても、合わせる素材、また作る場所や環境によっても、それぞれに全く異なるチョコレートが仕上がるから驚きです。」
そんなビーン・トゥ・バーに魅了され、「チョコレートコンシェルジュ」として日本各地の作り手に出会う旅を続けるちょこれいじさん。そもそも活動のきっかけは何だったのでしょうか?
「もともと食に興味があり、学生時代は、『明治』と共同でチョコレートの研究をしていました。あるとき、広島・尾道のチョコレート屋『ウシオチョコラトル』の方が研究室へやってきて、チョコレートを置いて帰ったことがあったんです。おしゃれな六角形のパッケージに、ガツンと脳に響くようなカカオの風味。見たことも、食べたこともないチョコレートに衝撃を受けました。」
それこそが、「ビーン・トゥ・バー」との初めての出会い。チョコレートは趣味で研究を続けつつ、大学院卒業後は大手食品会社に勤務したちょこれいじさんは、大量生産の現場で働くうちに、働く意義の薄れを感じるようになったといいます。
「自分の手でできることがしたい、より価値を生み出すようなことがしたい、と考える中で、ふと頭に浮かんだのが、あのビーン・トゥ・バーでした。学生時代からの知見もあるチョコレートなら、何かできるかも知れないと、友人らとともにオンラインのチョコレート食べ比べイベントを開催することにしたんです。」
そこで気づいたのが、日本のビーン・トゥ・バーの認知度の低さでした。参加者のほとんどが、聞いたことも食べたこともないというのです。
「ビーン・トゥ・バーは、手作業の工程が多いため大量に生産することが難しく、生産量は大手製菓メーカーの100分の1にもなりません。必然的に価格も高くなり、なかなか身近なものになりづらいのが現状です。」
3日かけてカカオを練り続け、やっと5kgのチョコレートを作り出す、その手間と時間、作り手の想い、それぞれに異なるチョコレートの個性……知れば知るほどに、面白く魅力的なビーン・トゥ・バーの世界を、どうしたらより多くの人に知ってもらえるだろうか。ちょこれいじさんが導き出した答えは、自分がその役目を担う、ということでした。
「日々工房で頑張っている作り手が、外に出て自らアピールすることは難しい。だったら『代わりに伝える人がいたらいいんじゃないか』と、思ったんです。」
2021年、長年勤めた食品会社を退職し、「チョコレートコンシェルジュ」として独立したちょこれいじさん。まずはじめに考えたのが、日本全国にある150店のビーン・トゥ・バーの作り手に会いに行くことでした。
「ビーン・トゥ・バーの魅力を伝える上で、日本全国の店を知っているというのは説得力にもなると考えました。そこで、クラウドファウンディングで資金を集め、チョコレートの移動販売が可能な『チョコレートカー』を作成し、車で寝泊まりしながら全国を回ることにしました。」
旅の幕開けとして九州・福岡で開催したのが、「Bean to bar(ビーン・トゥ・バー)チョコレート職人展」です。県内のブランドを紹介するとともに、作り手の想いや、チョコレート作りの過程をパネルで展示。来場者は100人に上り、大盛況となりました。
「来てくださった方の8割以上は、ビーン・トゥ・バーを知らない人たちでした。展示を見て、チョコレートのありがたみが変わったという人もいたし、僕がおすすめしたチョコレートを、のちのち買いに行ってくれたという人もいて、魅力がちゃんと伝わったんだと、すごく嬉しかったですね。」
旅先ではイベントに出店したり、現地のチョコレート販売店で働いたりすることもあるというちょこれいじさん。さまざまな場所で、さまざまなチョコレートに出会うたび、実感するのが、“ビーン・トゥ・バーには、地域性と人間性が詰まっている”ということだといいます。
「ビーン・トゥ・バーは、たとえ同じ作り方をしたとしても、作る土地の気候や湿度、また作る人がどんな人かによってもチョコレートの個性は大きく変わります。土地の魅力的な食材を活かして新しい味を作り出す人もいれば、コーヒー職人だった方がその焙煎技術をチョコレート作りに活かしていたり、石職人がオリジナルの石臼でカカオ豆をすりつぶしていたり、その場所、その人だからこそ生み出せるチョコレートにこれまでたくさん出会ってきました。」
ちょこれいじさんがビーン・トゥ・バーを知るきっかけとなった、広島・尾道の「ウシオチョコラトル」も、その一つ。
「『ウシオチョコラトル』では、オーナーの中村真也さんが各地を旅して出会った食材をチョコレートに落し込み、背景とともに伝えています。印象的なものの一つに、岡山県倉敷の在来品種である『秀美(しゅうび)』を使ったミントチョコレート『チョコハッカ』があります。このミントは重厚感のある香りが特徴で、『脳天直撃系』とも言われるパンチの強い『ウシオチョコラトル』のチョコレートだからこそ、互いに負けず、マッチするんです。」
同じく「ウシオチョコラトル」が兵庫県養父市にある、明治から続く「大徳醤油」とともに生み出した、醤油粕を使ったチョコレート「醤油の向こう」も、ユニークです。
「通常、醤油を絞った後に残る『醤油粕』は、家畜の餌にするか捨てられてしまうかのどちらか。でも、実は栄養満点で発酵と熟成によりフルーティーな香りもする、魅力的な食材です。そこに価値を見出し、チョコレートへとアップサイクルすることを思いついたのです。」
他にも、「ウシオチョコラトル」にいた職人が故郷の佐渡島で立ち上げた「莚(むしろ)CACAO CLUB」では、佐渡島の特産品で、和風アーモンドとも呼ばれるかやの実を使ったチョコレートを作っているそう。佐渡島には、天狗がかやの実を食べ、神通力を得ていたという逸話があり、チョコレートを通じてその地域ならではの食材や文化にスポットが当たるのは面白いことだと、ちょこれいじさんは語ります。
日本各地に点在する「ビーン・トゥ・バー」の店。中には交通網の少ない山奥や沿岸、過疎化の進んだ地域に建つ店も。ちょこれいじさんは、「ビーン・トゥ・バー」の店が、町の表情を変える場面にも遭遇したといいます。
奈良県五條市の「chocobanashi(チョコバナシ)」は、ご夫婦で営むチョコレート専門店。店があるのは、国の重要伝統的建造物群保存地区「五條新町」です。かつては観光地として賑わっていたそうですが、現在は過疎化が進み、閉める店も多くなっているとか。そんな中、歴史の長いお餅やさん「餅商一ツ橋」が店を畳むと知り、この場所で生まれ育った「chocobanashi」の代表・伊達文香さんが、思い出の場所を残したいと、店を受け継ぐことに。2022年にチョコレート店をオープンしました。(※現在は近くの「澤井眼科跡」の建物に移転して営業中)
「僕は1ヶ月ほど滞在して、店のオープン直後からお手伝いをさせてもらったのですが、『chocobanashi』がオープンしたことで、町の表情がみるみる変わっていくのを間近で感じることができました。県内外から人が来ては、チョコレートや、チョコレートドリンクを片手に笑顔で歩く人が行き交う。この店があるとないとじゃ、町の明るさが違うんです。こうやってちょっとずつこの街に活気が戻っていってほしいなと、心底思いました。」
旅も4年目を迎える今、ちょこれいじさんが改めて感じる自分の役目は、「その場所へ足を運ぶきっかけを提供する」ことだと語ります。
「これまでだったら、不便だったり、観光地じゃなかったりしてきっと見逃してしまったような場所に、チョコレートがあったから行くことができました。そして、その地域と人の作る温かい世界に触れてわかったのは、結局、『ビーン・トゥ・バー』の魅力って、その地域の、そしてその地域の人々の魅力でできているんだ、ということ。実際にその場所へ行かなきゃわからなかったことを、チョコレートを通じて伝えていきたいですね。」
「そしてその場所へ行ってみたい! と、思ってもらえたら最高」だと、ちょこれいじさん。47都道府県を巡り切った後には、再び「Bean to barチョコレート職人展」を、開催したいと考えているのだそう。
「あのときは、まだ九州の数ブランドしか紹介できませんでしたが、47都道府県全部を回った後での、全国150店のラインナップで開催したいと考えています。これまでお世話になった地域の人たちに、お礼参りのつもりで会いに行きたいですね。」
その地域と作り手があっての「ビーン・トゥ・バー」だからこそ、地域と人、人と人をつなげるツールになり得る、と教えてくれたちょこれいじさん。チョコレートだけじゃない、まだ知られていない各地の魅力を伝え続けるためにも、旅はまだまだ続きそうです。
ちょこれいじ
本名・野口麗次。チョコレートコンシェルジュ。大学院ではチョコレート研究を行う。大手食品会社に勤めた後、2021年チョコレートコンシェルジュとして独立。47都道府県のビーン・トゥ・バー職人と会う旅を始める。現在、旅を続けながら、チョコレート職人を紹介する個展や、マルシェ出店、ネット販売など、ビーン・トゥ・バーの魅力を発信するべく、幅広く活動中。https://www.chocoreiji.com/