熊本県阿蘇郡
2025.01.15 (Wed)
里山の風景に馴染む懐かしさと同時に、どこにもない新鮮な印象を与える「喫茶 竹の熊」。熊本県・南小国の魅力を凝縮した、唯一無二の場所として国内外から注目を集めています。手掛けたのは、地元の材木会社3代目の穴井俊輔さん。この地から始まった、人と人、人と自然をつなぐまちづくりについて、お話をうかがいました。
大分県との県境、阿蘇山外輪山のふもと、黒川温泉で知られる南小国町にたたずむ「喫茶 竹の熊」。南小国のブランド杉「小国杉」をふんだんに使った建築物と、阿蘇の清らかな水を活かした水庭が特長です。客席は、壁のない板の間と、水面と同じ目線となる店内席の2種類。板の間と建物をつなぐ回廊の壁に、水庭の水面の光が反射してきらきらと揺らめきます。いずれの場所からも目の前に広がるのは、のどかな田園風景。刈り取りの終わった田んぼにカラスが現れ、ぴょこぴょこと歩き回っています。
喫茶 竹の熊を運営するのは、「穴井木材工場」3代目であり、林業に関するプロダクトを手掛ける「Foreque(フォレック)」の代表も務める穴井俊輔さん。
「今日は材木工場で整理していました」と話す穴井さんの足元は、白いゴム長靴です。
「自分が何の肩書か、あまり意識はしてないですね。ネジになれと言われたらネジに。歯車として働いています。」優しげな笑顔を見せてくれました。
南小国町生まれの穴井さん。福岡の大学に進学し東京に就職した後、イスラエルに留学した異色の経歴を持ちます。南小国に戻ってきたのは、イスラエルでの経験が大きかったそう。
「砂漠で木を植えている子どもたちに、『一本の木を植えるのは、国を作るくらい大変なこと』と言われたんです。」
木が育てば、そこへ鳥が来て、若い家族も住むようになり、いずれはひとつの地域へと変わります。
「育つまで60年から80年かかる木を育てるのは、大きな志を立てることと同じだと気付かされました。そこで自分の家業である製材所を思い出し、地域の中で自分ができるのは、家業を受け継ぐことなのではないか、と。」
そして2011年、再び南小国に戻ってきた穴井さんは、地元の衰退に驚きました。
「知識では『少子高齢化、過疎化』と分かっていたものの、実際はこんなに深刻なのかと愕然としました。」
さらにそれに追い打ちをかけたのが2016年の熊本地震でした。南小国の基幹産業のひとつ、観光業も大打撃を受け、温泉街へ訪れていた年間100万人もの観光客も、限りなく0に近い状態になってしまいます。
「下を向いたままではいけない」と、南小国の旅館や農林業の若手後継者と話し合う中で「地域の中で、今まで見過ごしてきた魅力をもう一度見直してみよう」と考えた穴井さん。その時出た答えが「小国杉」でした。
「小国杉を使って新しい形で何かを発信すれば『このまちに来たい』と、国内外から人が集まるはず。」
こうした準備期間を経て小国杉に関するプロダクトを提案する「株式会社Foreque」を設立、その後、小国杉を活用したインテリア・ライフスタイルブランド「FIL」を立ち上げました。
穴井さんは、プロダクトを手掛ける前に、クリエイティブチームと一緒に阿蘇の山や草原を歩き、「この地域ならではの特長」を感じ取ってもらったと言います。すると、南小国の魅力として「人と自然を結びつける」「心が満ちあふれる」「人生を豊かにする」といったキーワードが出てきたのだそう。
「今、社会では情報やモノがものすごい勢いで消費されています。その中で、本当の豊かさや心が満たされるものは何か、を里山から発信したい」。ブランドFILに込められているのは、「Fulfilling Life=満ちあふれた暮らし」という願いです。
さらに、クリエイティブチームと穴井さんが常に共有しているのは「『WHAT』でなく『WHY』を大事にしたい」という思いです。
「スタートは『何を作るのか』ではなく、『なぜ作るのか』という問いかけ。WHYを持ち続けることで、そのプロダクトが本当に人を豊かにしてくれます。」
FILのインテリアは、サステナビリティを意識したコンセプトと、世界的展開を想定したブランディング、独自性のあるデザインから、まず海外で話題を集め、イタリアやイギリスなどのメディアに取り上げられるように。その後、逆輸入の形で日本でも注目を浴び、近年では世界でも権威のある「iFデザインアワード2023」も受賞しています。
FILでのものづくりを経て、カフェへと構想を広げ、生まれたのが「喫茶 竹の熊」です。「過疎が進んだ地域では、基幹産業のうちひとつだけが発展しても持続はできないと考えました。小国では観光と農林業が基幹産業。すべてがつながることで地域のブランディングができる。」
里山の魅力を最大限に伝えるため、食と林業、農業を融合させたこのプロジェクトは、初めての飲食分野への挑戦でした。 クリエイティブチームと作り上げたのは、洗練されつつも里山の景色とグラデーションでつながるような設計。
「ここでも自然と人、人と人を結びつけることができる。そういう意味ではFILでのコンセプトと変わらないですね。」
2023年5月のオープンから約1年半ですでに4万人が訪れた「喫茶 竹の熊」。成功事例のひとつとして、全国のまちづくりに携わる人が視察にくることも多いと言います。
「全国各地に残る『里山』を大きなベースにしているためか、視察の方が『自分のまちでも何かできるんじゃないか』と勇気を取り戻して帰られます。」と穴井さんは語ります。
特別で斬新な何かを売りにしていないからこそ、過疎化が進む全国の里山の人々の希望の象徴となっているのかもしれません。
「各地にある里山の価値が上がれば、日本の価値は上がります。地域の宝を温めれば日本全体が活性化していくと思うんですよ。」
穴井さんの言葉が力強く響きます。
「革新、イノベーション、ってよく言うでしょう? それは“全く新しいアイデアを出すこと”とされがちですが、僕は伝統文化の良さや魅力を強めて、深めていくことだと思っています。それこそが本当の革新なんだと。」
Forequeでは、子どもたちに対する、食育ならぬ「木育」にも取り組んでいます。南小国町には高校はなく、中学卒業後、約半数が阿蘇市外へと進学します。
「南小国に住んでいるうちに、小国杉について知ってほしい。」
そんな思いから、保育園から中学校まで21クラスを受け持ち、1年をかけて、山の間伐を体験したり、木材を使った工作に挑戦したりするカリキュラムを用意するのだそうです。
「昔、僕たちの世代は地元に残ることにどこか『カッコ悪さ』を感じていました。しかし今は『自分が地元で何かできることを見つけたい』という思いを持つ子どもたちも多い。それが、私を含めたこの南小国で働く人々が、誇りを持って『カッコ良く』見えているからだったらうれしいですね。」
1本を育てるのに60年から80年かかる杉。それを受け継いでいくには子世代、孫世代の存在は欠かせません。だからこそ、長いスパンを見据えた穴井さんの取り組みはこれからも続いていくことでしょう。
喫茶 竹の熊(外部サイトに移動します)https://takenokuma.jp/
FIL(外部サイトに移動します)https://fillinglife.co/concept/