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おおらかな土地の気質が生んだ“ゆる美学”。尾崎人形の魅力を探る

おおらかな土地の気質が生んだ“ゆる美学”。尾崎人形の魅力を探る

佐賀県神埼市

    2025.01.15 (Wed)

    目次

      佐賀県神埼市発祥の「尾崎人形」。その可愛らしいビジュアルが近年注目を集め、「ゆるカワイイ」と評判に。伝統工芸ながら、海外のアーティストや小売店とのコラボが実現しています。そんな尾崎人形のキーパーソンである、高柳政廣さんと城島正樹さんに、その歴史と、現在にも通じる「ゆるさ」の魅力について聞きました。

      丸みと鮮やかな彩りで心を包む。尾崎人形のゆるさの魅力

      2009年より尾崎人形に取り組み始めた高柳政廣さん。

      佐賀県神埼市の東部、穏やかな田園風景が広がる尾崎地区。その一角、高柳政廣さんの自宅敷地内で、素朴で愛らしい「尾崎人形」が静かに作られています。

      • 干支の尾崎人形を作り始めたのは高柳さんの代から。

      • 尾崎人形の型。土を押し付けてそのまま3、4時間置いて水分が抜けたころに取り出します。

      • 鮮やかな色彩の絵の具を使い、一筆一筆丁寧に絵付けが施されていきます。

      尾崎人形の製作工程は至ってシンプルです。石膏型に陶土を押し込み形を作り、素焼きしたあと、赤・青・黄色の鮮やかな絵具で絵付けを施すだけ。しかし、その色彩の鮮やかさとのびやかな筆使いが、どの人形にも柔らかな表情を生み出します。従来の型にとらわれないのびやかな製作工程が、尾崎人形の自由さを物語っています。

      全体的に白地を多く残しているのが尾崎人形の特色。現在は40種類ほど。

      そして、「ゆるさ」は見た目にも表れています。置いておくだけで空気がふっと和らぐような丸みを帯びたフォルムや、思わず微笑んでしまう愛らしい表情。その無邪気な存在感が、人形という枠を越え、見る者の心にそっと寄り添います。メディアに取り上げられるたびに話題を呼び、全国にファンが増え続けるのも納得です。

      地域の暮らしから生まれた温かな創意工夫

      佐賀でよく見られる「カチガラス」の人形。外国の方からも高い人気を誇ります。近年は玄関先などでも気軽に飾れるよう、手の平サイズのものが主流に。

      そんな尾崎人形の誕生は、地域の暮らしと深く結びついています。その起源は、日常の実用品を作る焼きもの「尾崎焼」にさかのぼります。農閑期には、尾崎地区で火鉢や茅葺き屋根の重瓦を焼く家が多くありました。華やかな装飾を追求する近隣の有田焼とは異なり、尾崎焼は実用性を重視した素朴な焼きもの文化を育んできたのです。

      近隣から出土した、江戸時代の型の破片と思われるもの。

      「火鉢や瓦を焼く延長線上で、趣味の一環として地域の人が楽しむための人形が作られていたと聞いています。焼きものの製作で余った土を使って人形を作り、縁日などで販売することが尾崎人形の始まりになったのでしょう。」(高柳政廣さん、以下高柳さん)

      穴の大きさや角度を調整し、きれいな音が出るように工夫しています。

      例えば、鳩笛は息を吹き込むと「ホーホー」と音が鳴り、中に鈴が入ったものは軽く振ると音が響きます。こうした素朴な玩具は、おもちゃが普及してなかった時代、子どもたちの遊び道具として親しまれていました。しかし、専門の職人がいなかったため、技術が体系的に受け継がれることはほとんどありませんでした。

      尾崎焼が生んだ素朴な実用品の文化。その延長線上に尾崎人形があります。地域の人々の感性が形となり、細かなルールに縛られず、生活の中で自然と受け継がれてきました。その背景には、尾崎地区ならではのおおらかな風土が感じられます。

      「尾崎人形の素朴さや自由な造形は、日常の延長で作られてきたからこそ生まれたものだと思います。」(高柳さん)

      試行錯誤の先に見えた、新しい尾崎人形のかたち

      尾崎人形は、地域の暮らしと風土の中で自然に受け継がれてきましたが、その歩みは歴史の中で幾度か途絶えることもありました。そのため、確実に足跡を辿れるのは1990年のこと。尾崎地区の区長が「尾崎人形保存会」を立ち上げ、伝統を守る活動を始めました。当初は鳩笛が鳴らなかったり、絵の具の配合に苦労したりと、試行錯誤の連続だったといいます。その後、この活動を引き継いだのが、2009年に定年退職を機に本格的に人形作りを始めた高柳政廣さんです。

      昭和時代に作られたとされる尾崎人形。その中でも現存する最古のものは昭和中期の作品で、現在のものよりもひとまわり大きなサイズが特徴。

      「人形の型は、昔は土でできていて壊れやすく、先代から受け継がれてきたものがほとんどありませんでした。過去に作られた尾崎人形を見ながら、見よう見真似で始めました。売れない時期が続いてふてくされてたときに、知らないお客さんから『人の真似ばかりせんで、自分なりの人形を作らないかんよ』といわれまして。それで奮起しました。」(高柳さん)

      彩色にはアクリル絵の具を使い、万が一、口に入っても問題のない材料も厳選しています。

      その言葉をきっかけに「自分が良いと思うものを作ろう」と決意した高柳さんは、子どもたちを楽しませるような人形作りを目指しました。発色のよい赤を選んだり、ざらざらとした触感の下地を取り入れるなど、さまざまな工夫を重ねた結果、現在の尾崎人形に新たな個性と魅力を与えています。

      「ゆるい」「かわいい」から広がる尾崎人形の人気

      高柳さんの努力が実を結び、数年が経つと尾崎人形は少しずつ注目を集めるようになりました。転機となったのは、佐賀市内のギャラリーから声がかかり、アーティストとのコラボ企画を実施したこと。その際に工房を訪れたのが、現・後継者の城島正樹さんでした。

      「実は、僕が小学生の頃に尾崎人形の絵付けを体験した記憶があるんです。その懐かしさがあって、再び工房を訪れるきっかけになりました。」(城島さん)

      フィンランドのアーティストとのコラボレーションした作品。

      尾崎人形の人気はさらに広がりを見せ、高柳さんの作品は若い世代にも浸透していきました。佐賀県が主催する東京での展示会に出店すると一気に知名度が向上し、大手小売店を中心とした取引が生まれます。

      ちょうど時代は手仕事のものづくりに注目が集まっていたころ。また、ゆるキャラ文化もすっかり定着していたこともあり、高柳さんの尾崎人形は「ゆるい」「かわいい」という言葉とともに広まっていったのです。

      雑貨屋から始まる縁。尾崎人形を広げるために

      尾崎人形の継承者に任命された城島正樹さん。

      その後、城島さんは自身が営む雑貨店で尾崎人形を取り扱うようになり、高柳さんとの交流が深まりました。展示会の手伝いやバイヤーとの橋渡し役を担うなど、サポートする機会も増えていったそうです。そして2019年、城島さんは隣の地区から尾崎に移住し、正式に尾崎人形の継承者となりました。

      「高柳さんも高齢になり、誰かが継がなければならない状況でした。またゼロから後継者を探すのは難しいと思ったので、私が引き受けることにしました。」(城島さん)

      現在、尾崎人形は新しい取引先も増え、さらなる広がりを見せています。城島さんは「尾崎人形を仕事としてしっかり成り立たせたい」と、その未来に向けた挑戦を続けています。

      人形にも通ずる、土地の人々の素直で穏やかな気質

      尾崎人形を象徴する作品のひとつが「ててっぷう」と呼ばれる鳩笛。「穴の大きさや角度を調整し、きれいな音が出るように工夫しています」(城島さん)

      尾崎人形の魅力を語る上ではずせないのが、その独特の「ゆるさ」です。一見シンプルで素朴な表情には、どこか地域の暮らしや文化と深く結びついた温かさが感じられます。この雰囲気の源について、城島さんに尋ねると、興味深い話を教えてくれました。

      「この辺りでは鳩笛を『ててっぷう』と呼びます。土鳩の鳴き声を表したものですが、実は人の性格を表す言葉としても使われるんです。意味は『恥ずかしがり屋』みたいな感じでしょうか。たとえば、宴会で歌うのが苦手な人が『ててっぷうだけん、歌われん』と照れくさそうに断るときに使います。また、『ててっぷう』は素朴なものの例えにも使われています。素朴でちょっと不器用という点は尾崎人形と通ずるところがあるかもしれません。」

      鳩笛が先に作られ、「ててっぷう」と名付けられたのか、それとも言葉が先で鳩笛に結びついたのか。その順序は分かりませんが、この地域特有の言葉が人形の雰囲気とどこか重なるのは、不思議な縁を感じさせます。

      さらに、高柳さんは「人形はだんだん作り手に似てくるもの」と話します。たしかに優しげな目元や大らかな表情には、高柳さんの温和で優しい性格がそのまま映し出されているようです。尾崎人形の持つ独特のぬくもりや柔らかさは、作り手と地域の風土が紡いだ優しい物語そのものなのかもしれません。

      柔らかな対話に滲む尾崎人形の温もり

      大手企業など大口の注文も多く、高柳さん、城島さんとパートの方が2人の4人体制で制作しています。

      「いつやめてんよかとよ」と高柳さんがぼそりというと、「またそうやって、そんなことないでしょうっていわれるのを待ってるんでしょう?」と城島さんが笑顔で返します。師弟というより、長年の友人のように見える二人の穏やかなやり取りは、どこか尾崎人形の持つ柔らかさや温かさを思わせます。

      「人形の未来について、あんまり二人で大きな話をすることはないのですが、高柳さんが前からいっているように、子どもたちに喜んでもらえる人形を作りたいですね。今までの伝統を大事にしながら若い人にも興味をもってもらえるような取り組みをしていかないといけないと思っています。」(城島さん)

      二人の穏やかなやりとりから、この土地が育んだおおらかさと優しさが伝わってきます。尾崎人形の柔らかな表情は、まさに作り手たちの人柄そのもの。日常にそっと寄り添い、笑顔と温もりを届けながら、人々の心に静かに明かりを灯し続けます。

      尾崎人形工房

      公式ウェブサイト(外部サイトへ移動します。)
      https://www.osaki-ningyo.net