福岡県太宰府市
2026.01.22 (Thu)
目次
全国約10,000の天満宮、天神社の総本宮である太宰府天満宮。天神さまのもとに古くから、その時代の最先端の文化、芸術が集まり、ここから対外的に広く発信がなされてきました。近年では、現代アートのプロジェクトを継続している稀有な神社として知られています。制作されたアートは現代の宝物としてコレクションされているほか、地域と一体となった発信も行なっています。
1,100年以上の歴史をもつ太宰府天満宮は、信仰の場であると同時に、地域の文化や人の流れを育ててきた存在でもあります。現代アートをはじめとした取り組みを通して、神社は今、太宰府という地域にどんな変化をもたらしているのでしょうか。学芸員のアンダーソン依里さんに話を伺いながら探ってみました。

学問の神様で有名な太宰府天満宮へと続く参道。名物の梅ヶ枝餅の店などが並ぶ。
福岡県のほぼ中央、太宰府天満宮のある太宰府は、古くは西の都とよばれ対外交流や軍事的な役割を担い、古代九州の中心地でした。悠久の時間を紡ぐ当地に鎮座するのが太宰府天満宮で、一年で約1,000万人の参拝者を迎えています。
太宰府天満宮は菅原道真公(845-903)の御墓所の上に創建されました。道真公は幼いころから詩歌に親しまれ、学者や政治家としても秀でた人物でした。1,100年以上の永きにわたって、学問や文化芸術の神様として信仰を集め、いつの世も慕われ続けています。道真公への祈りから多くの文物が奉納され、今も大切に保管されています。また宝物殿では、道真公ゆかりの宝物のほか、歴史的に価値の高いさまざまな品々を収蔵し、守り伝えています。

画像提供:九州国立博物館

福岡県で第1号の博物館登録を受けた宝物殿。貴重な古文書や美術品を収蔵している。
文化、アートの擁護者としての太宰府天満宮の役割を現代に継承し、それを広く世間に伝えるべく、2006年に「太宰府天満宮アートプログラム」がスタートしました。未来の宝物をつくるプロジェクトは、前年の九州国立博物館の開館が契機となって始まり、国内外のアーティストを迎え入れてきました。2025年の展示で第12回を数え、太宰府天満宮は今や現代アートの聖地としても注目を集めているのです。

太宰府天満宮文化研究所に所属する学芸員のアンダーソン依里さん。太宰府市出身。
もともと文化芸術の素地がある太宰府天満宮。現代においてもアートと親和性が高いのは必然ともいえるでしょう。そんな太宰府天満宮の「太宰府天満宮アートプログラム」でアーティストと神社の橋渡しをしているのが学芸員のアンダーソン依里さんです。
アンダーソンさんは大学で学芸員の資格を取得後、太宰府天満宮に3年間勤務したのちイギリスに渡り、アートマネージメントを学びました。帰国後は、福岡県田川市の田川市美術館の学芸員となり、さまざまな企画展を担当。アートの専門知識や語学力、経験など多彩な知見が求められ、2010年から再び太宰府天満宮の職員に迎えられました。現在はアートの分野を主軸にし、神社内の業務に携わっていらっしゃいます。「太宰府天満宮アートプログラム」は、美術や芸術に造詣が深い、西高辻信宏宮司をディレクターに、アンダーソンさんは主にアーティストとのやり取りなど実務的なところを担っています。意外なことに、アーティストの選定についてはあらかじめ決まった基準やテーマなどはないといいます。

参拝の途中に偶然、屋外アートをみつける参拝者もちらほら。
「鑑賞者の視点に近いのかもしれませんが、“この作家さんの作品を神社という空間で見てみたい”“あの作家さんが神社で作品をつくったら面白くなりそう”と思うのが始まりで、そうした目線を大切にしています。」とアンダーソンさん。選ばれた作家は太宰府に足を運び、周辺地域を見て回り、神事など神社の日常を体感して短期/長期の滞在を経て創作活動を行います。

「抽象的ですが個人的には神様が今ここにいると感じられるような神社の清々しさや美しさを作家の視点を通して伝えられたらと思っています。」

境内では静謐な空気が流れる。
神社の境内に足を踏み入れた途端に背筋が伸びるような気持ちになるのは、“ここに神様がいる”と思うからかもしれません。人の思いや祈りが重なってきた場であることも一つの理由でしょう。作家は神社の空気をたっぷりと感じながら創作に向かっているに違いありません。

2026年5月上旬まで参拝者を迎えている仮殿。菅原道真公を慕って京の都から一夜にして梅が飛んできたという飛梅伝説に着想を得たそう。
2023年に建築家・藤本壮介によって誕生した仮殿もアート界の話題をさらいました。重要文化財でもある太宰府天満宮の御本殿は、2027年に予定されている「菅原道真公1125年太宰府天満宮式年大祭」のため、現在、3年がかりで改修中です。仮殿はその間の天神さまの仮の住まいであり、参拝の場所となっています。

ゆるやかな曲線を描いた屋根には最新の屋上緑化技術が用いられ、梅の木など60種類以上の木々や草が植えられています。伝統的な建築の手法と最先端技術、さらには現代アートをかけあわせたような斬新なデザインは見る者を惹きつけます。
「道真公は中国などの海外の文化に精通されるなど、当時の最先端の物事に積極的に触れていらした方です。藤本さんはそうした神様が住まわれるお家を現代建築でどう表現するか、という問いに答えてくださいました。参拝の方々には今だけ見られる特別なものとして感じていただければ。」
この数年間だけ現れる仮殿は、参拝者だけでなく、日常的に境内を行き交う地域の人々の記憶にも刻まれていく存在です。

周囲の森に調和するかのような仮殿の佇まい。仮殿の役目が終わったあと、屋上の木々は移植される。
仮殿は屋外に開かれたアートともいえますが、「太宰府天満宮アートプログラム」で制作された作品の多くもそのまま屋外に残され、「境内美術館」と名付けられて自由に鑑賞できます。作品は天候や自然的な要因に影響を受けながら時間の経過とともに変容し続けているのです。

「作品の維持に工夫はいりますがオーガニックな場所に置かれたアートには魅力があります。多くの方の手を借りながら後世につないでいきたいです。」

ライアン・ガンダー《本当にキラキラするけれど 何の意味もないもの》 Really shiny stuff that doesn’t mean anything 本当にキラキラするけれど何の意味もないもの ©Ryan Gander, 2011 Courtesy of TARO NASU Photo by Yasushi Ichikawa ※扉は通常閉じております。また、神社の行事などにより展示されていない場合がございます。

サイモン・フジワラ《時間について考える》 The Problem of Time 時間について考える ©Simon Fujiwara, 2013 Courtesy of TARO NASU Photo by Misako Misako

ローレンス・ウィナー《ひとつの中心のその中心》 THE CENTER OF A CENTER ひとつの中心のその中心 ©Lawrence Weiner, 2020 Courtesy of TARO NASU Photo by Misako Misako

田島美加《エコー/ナルキッソス(太宰府)》 Echo/Narcissus (Dazaifu) エコー/ナルキッソス(太宰府) ©Mika Tajima, 2021, 2022 Courtesy of TARO NASU Photo by Yasushi Ichikawa

フリーペーパー「太宰府自慢」
芸術文化の神様にまつわる取り組みはほかにもあります。
「太宰府天満宮」の文化研究所が、太宰府市観光駐車場協会と手を携えて制作、発行しているフリーペーパー「太宰府自慢」です。持ち歩きやすいハンディなA5サイズで、ボリュームはおよそ30ページ。「太宰府天満宮」および太宰府という地域の魅力を、ゆかりのある人々に“自慢”してもらうといった形式をとっています。梅の木を剪定する梅守など神社に関連するものもあれば、飲食店や近隣の低山、近くの神社など、これまで取り上げてきた話題はさまざま。観光名所としての案内というより、それぞれの奥深さが伝わってくるような内容で、かつ紹介役である“自慢する人”には地域への愛着があふれます。
「“自慢する人”は職員や地域の方々だけでなく、その事柄に詳しい外部の方にも登場いただいています。冊子は10号を数え、今ではいろんな箇所に置いていただき、地域の方が配ってくださることも増えました。」
「太宰府天満宮アートプログラム」をきっかけにアートを見に来た人が、「太宰府自慢」を手にする、という小さな回遊も、すでに生まれているのかもしれません。
「太宰府天満宮や太宰府という地域を多面的に紹介できているのかなと思っています。」とアンダーソンさんは話します。
「これはなんだろう」「面白そう」。アートには、立ち止まり、心を動かす力があります。その入口をきっかけに、太宰府天満宮やこの地域そのものに関心を寄せる人は、増えていくことでしょう。文化を発信することを目的に掲げるのではなく、文化を介して人と地域が自然につながっていく。
積み重ねの過程そのものが、太宰府天満宮の現在地なのかもしれません。
境内美術館https://keidai.art/