熊本県合志市
2025.01.28 (Tue)
目次
熊本市のベッドタウンとして、近年では移住先としても人気の合志市。住宅街の一角から入った細い道をたどると見えてくる三角屋根の牧場。ここが国内外で高い評価を受ける「MILK’ORO Aging Yogurt ®(ミルコロ・エイジング・ヨーグルト)」を生み出す、オオヤブデイリーファームです。仕掛け人である、牧場の2代目・大薮裕介さんが語る、1滴のミルクに込められた熱い想いを取材しました。
オオヤブデイリーファームは、大薮裕介さんが産まれる約3年前、父である正勝さんが創業しました。その当時は高度経済成長期。正勝さんは、「これからは酪農だ」という流れに乗った形だったそうです。
当初、裕介さんには跡を継ぐ意識はまったくなかったそう。しかし「服飾デザインの仕事への就活も始めていた大学4年の時、突然母が倒れてしまって。」
大学へ通いながら、牧場の仕事に本格的に携わり始めました。
お母様の容態が落ち着いた頃、牧場関連の研修旅行でアメリカを横断する機会に恵まれた大薮さん。そこで共に旅をした酪農家のご夫婦が毎年海外旅行をしていると聞いたといいます。「酪農家であっても、時間とお金をマネジメントできれば海外旅行へ行けるんだ、酪農家っていいんじゃない? くらいの気持ちで就農しました。不純な動機ですよ(笑)。」
大薮さんは笑顔で話します。
しかし就農した大薮さんは、現実が厳しいものと思い知らされます。BSE(狂牛病)や口蹄疫といった牛の感染症、さらに国による生乳の生産調整を受け、酪農業界は過酷な状況に陥りました。大薮さんの収入も大幅に減少します。
酪農業界への不安が、最悪の状況になってきたのが30歳になったころ。
「地元の酪農家の先輩が亡くなり、わが家の畑が次々と売りに出されるなど、多くのきっかけが立て続けに起こり、牧場から逃げている場合ではないと気付かされました。」
経営に関する勉強会や、マーケティング研究会に参加し、真剣に学び始めたといいます。
大薮さんには、勉強会の講師からかけられた、忘れられない言葉があります。
「牛乳1滴をしぼるのに3年がかかります。それなのに水より安い価格になる。どうしてですか、とたずねたとき、逆に『大薮くん、あなたの商品に選ばれる理由はありますか?』と聞かれたんです。」
一般的に、販売されている牛乳のラベルに、生産した牧場名が載ることはありません。
「選ばれる理由を持つためには、うちの牧場だけの商品をつくるしかない。」
大薮さんが心を決めた瞬間でした。
補助金などを活用し、加工品の製造所として用意できたのは、2.5m四方の狭い工房。
牛乳の加工品は「1商品につき1部屋」といったルールがあり、加工品として製造できるのは1種類のみです。果物などのフレーバーによって味が決まるアイスクリーム、職人の技が必要で廃棄成分も多いチーズ…と選択肢を消し、最終的にヨーグルトを選びました。
牛乳の濃厚さがクリーム層で表現でき、生乳を無駄なく活用できるヨーグルトに、大薮さんは牧場の未来を託しました。
大薮さんのヨーグルトづくりは試行錯誤の連続。
「職人としては素人同然ですから、以前から委託製造をお願いしていた別の牧場の方に聞きながら、乳酸菌の量や発酵時間を変えて、少しずつ味を確かめていきました。」
当時おろしていた道の駅の売場では、製造委託のロットごとに乳酸菌を変えて研究していっていたので、手作りのポップに、〈オオヤブデイリーファームの挑戦〉と掲げ、手書きでその日のヨーグルトの味を書き込んでいたそう。
「『今回は酸味が控えめで、粘り気があります』とか、毎回違うんですよ(笑)。パッケージが同じなのに味は違うというおかしな商品でした。でも毎回売り切れていて、応援してくれる人がいるんだな、と。」
当時の大薮さんは、朝4時にヨーグルトの発酵状況を確認し、6時以降は朝の搾乳作業、昼間は畑で牧草の管理をし、夕方の搾乳を終え、18時から工房、翌1時まで作業……といった極限の生活。
「もちろん大変でしたけど、自分が『やろう』と思って始めたことは、めっちゃ楽しかったですね。24時間作業しても苦にならないくらい。」
ヨーグルト製造に携わることで、世界のヨーグルトにも興味を持ち、25カ国のヨーグルトを食べ歩いている大薮さん。そんな中で出会ったのが、フランスの非営利団体「ブルー・ブラン・クール(BBC)」でした。
BBCの厳格な飼養管理技術に従い、健康的な状況で育てられた牛のミルクは栄養価が高く、「人々の健康に寄与する」とフランス政府にも認証されています。世界で5000以上の農家が所属するBBCへの賛同が「自分の牧場が選ばれる理由になる」と確信した大薮さん。BBC基準での牛乳づくりに取り組み始めます。その結果、オメガ3脂肪酸が含まれるジャージー牛乳を使ったヨーグルト「MILK’ORO Aging Yogurt ®」が生まれました。
クリームチーズのような濃厚な層の下に、爽やかなヨーグルト層がある2層構造。クリーム層が蓋のような役割を果たし、ヨーグルト層で毎日じっくりと発酵が進み、乳酸菌が増えていきます。BBC基準のジャージー牛乳の濃厚クリームと、爽やかなヨーグルトの奇跡のようなハーモニーは一躍話題に。2018年の6次産業化優良事例の農林水産大臣賞、にっぽんの宝物JAPANグランプリなど、各種コンテストで入賞を果たし、全国メディアでも多数取り上げられています。
牧場のはす向かいに建てられているのが、2024年10月に完成したばかりの「みるころLAB.」。オオヤブデイリーファームのこれからの活動拠点のひとつです。「MILK’ORO Aging Yogurt ®」などの商品が販売されているほか、イートインスペースも充実しています。今後は、安く売られてしまう雄の仔牛の肉を使った料理の開発にも取り組むとのこと。「わが家に生まれてきた、すべての牛たちの命が輝ける場所でありたいです」。
さらに保育園や学校単位で見学に来る子どもたちの製造体験の場にするという展望もあります。「牧場には、生命のすべてがあります。牛乳1滴に、あるいは畑の牧草1本、堆肥の臭いにもきちんとした意味があり、つながっている。そしてその輪の中に人間がいて、生かされているのだと子どもたちに分かってもらえたら。それが都市で営農している酪農家の使命だと思っています。」
大薮さんは、経営者として「スタッフ休みがきちんと取れる」ことにも気を配っています。「自分自身『海外旅行に行ける』がきっかけで酪農を始めたわけですしね。少しのお金とある程度の時間があれば、きっと人生は楽しくなります。さらに、仕事が充実していて、人生を彩る絵の具、暮らしに活用できる十徳ナイフになれば最高ですよね」と微笑みます。
「たぶん、『地域を盛り上げよう』とか、『自分はこの業界を引っ張っていく』とか、『ビッグになってやる』とか、壮大な目標を掲げちゃうと、逃げたくなってしまうんです。まず、自律と自立。余計なことを考えずに自分の仕事をやっていけば、結果的に地域の役に立っているはず。」
牛と向き合い、曰く「千本ノック」のように行動を続けた大薮さん。
「その行動でいろいろな縁がつながり、今がある。動くことで環境が変わり、結果がついてくるんですよ。」
その言葉には、心に刺さるような力強さがありました。
オオヤブデイリーファーム
熊本県合志市須屋2541
公式サイト(外部サイトに移動します。)https://www.oyabudairyfarms.com/