高知県
2025.02.18 (Tue)
目次
インパクト抜群のキャラクターとワクワクするストーリーで、子供から大人までを夢中にさせた絵本「パンどろぼう」シリーズ。その生みの親、柴田ケイコさんは、自然豊かな高知県で生まれ育ちました。故郷の風景に囲まれながら、現在も創作を続ける彼女は、日々の暮らしの中でどのようなインスピレーションを得ているのでしょうか。心の中に息づく故郷の風景と、それが生み出す物語の世界を紐解きます。
小さい頃から絵を描くことが好きだった柴田ケイコさん。しかし、絵を描くことが将来どのような形で仕事に繋がるのか、具体的なビジョンを描くことはなかなかできなかったといいます。進学を機に初めて故郷・高知を離れた経験が、彼女に新たな視点をもたらしました。
「高知を離れて初めて、地元の温かさや、家族や友人との日常の大切さ、美味しい食べ物に囲まれた日常の素晴らしさに気づくことができました。何気ない毎日が、自分にはとても特別で貴重なものだったんです。」
故郷を離れて初めて実感した地元の魅力こそが、柴田さんの作品に根を張り、現在の絵本やキャラクターに形となって表れています。特に、作品に登場する「食べ物」は、高知で育まれた感覚が色濃く反映されているように思えます。
「美味しいものを食べることが本当に好きで。山菜のイタドリにトマト、カツオなど高知にはそれぞれの四季に旬の食材がたくさんあります。そんな食材に囲まれた高知で育ってきたことが、自分の創るキャラクターに影響を与えている気がしています。」
おいしいパンを探し求めるパンどろぼうが主人公の「パンどろぼう」シリーズ(KADOKAWA)、くいしんぼうなしろくまが主人公の「しろくま」シリーズ(PHP研究所)をはじめ、どの作品にも食べ物が欠かせません。山、川、海に囲まれたこの土地で、四季折々の美味しい食材が手に入る環境が、自然と創作に色鮮やかな彩りを添えているのかもしれません。
柴田さんの描く絵本は、単に「かわいい」だけではなく、思いがけない展開やユーモアでいつも読者をワクワクさせてくれます。その発想の根底には、自身の好奇心や楽しむ心が息づいています。それは、趣味である登山の楽しみ方にも表れています。
「仕事に区切りがついて時間ができると、よく山登りに出かけます。近くの山に登ることもあれば、西日本最高峰の石鎚山に挑戦したこともあります。登山の目標は、『山頂で美味しいものを食べること』。 そのために、ワクワクしながら頂上を目指して登るのが何より楽しいんです。ワクワクすることが好きだからこそ、絵本のストーリーを考えるときも、常にその気持ちを大切にしています。」
ゴールにたどり着くだけでなく、そこに向かうまでの過程を楽しむこと。それが登山の醍醐味であり、創作の原動力でもあります。
山登りのエピソードからもわかるように、実はとてもアクティブで好奇心旺盛な柴田さん。「絵本作家をしていると小さい頃は家の中で絵ばっかり描いていたと思われますが、かなりおてんばな子供でした」と幼少期を振り返ります。
幼い頃は、家の裏にある小山に登って秘密基地を作るなど、自然の中で遊ぶことが大好きだったとのこと。その原体験は、無意識のうちに創作の中にも表れているようです。
色鉛筆やオイルパステルは緑色の種類が一番多いとのこと
たとえば、風景を描くときには山や木が多く登場し、アトリエに並ぶ画材の中でも緑色の色鉛筆やオイルパステルの種類が特に多いと話します。物語の風景に広がる豊かな緑は、幼い頃に親しんだ景色の記憶が、色彩や表現に息づいているようです。
「自然を描くのが好きです。絵本に登場するモコモコとした山の形などは高知で見てきた景色が絵になっていますね。高知で育った経験が重なって、自然と創作するときの引き出しになっています。」
『ドーナツペンタくん』(白泉社)の海水浴場のシーン
柴田さんの記憶に刻まれてきた高知の風景は、絵本のワンシーンとしても描かれています。たとえば『ドーナツペンタくん』(白泉社)は、ペンギンのペンタくんが夏の海水浴場を舞台に奮闘する物語。その作品には、海沿いにヤシの木が並ぶ南国のような風景が登場しますが、これは柴田さんが子供の頃に訪れた海水浴場の記憶が原風景になっているのです。
「『ドーナツペンタくん』の海のシーンを描くとき、思い浮かぶのは子供の頃に父がよく連れて行ってくれた海水浴場でした。そこで泳いだ思い出が、まっすぐに作品の世界に繋がったんだと思います。」
絵本作家やイラストレーターとしての活動に加えて、柴田さんは地域との繋がりも大切にしています。高知県立のいち動物公園では動物を描いたパネルを常設展示したり、高知大丸での個展を開催したりするなど、地域に根差した活動を行っています。中でも特に思い出深いと話すのは、地元の神社に奉納した大きな絵馬だといいます。
「縦横数メートルもある絵馬は、普段の作品よりもかなり大きく、最初はそのスケール感を掴むのに苦労しました。神社は地元の人々が訪れる場所なので、地域の人々が見てくださることを意識して心を込めて描きました。」
絵を通して地域の人々と触れ合う中で、「高知の人たちは本当に温かくに足を運んでくださるファンの方も多いそう。
「0歳の時にサイン会に来てくれた子供が、成長して数年後にまた会いに来てくれることもあります。その場限りで終わらない、続いていく関係性がうれしいですね。」
柴田さんが好きだと話す、仁淀川が太平洋に流れ込む河口の風景。橋の上からは海と川を一望できる
豊かな自然に囲まれた高知での日常を大切にしている柴田さんに、お気に入りの場所をたずねると穏やかな表情でこう話してくれました。
「仁淀川河口大橋です。壮大なこの風景を見るとリフレッシュできてすごく好きです。この場所の他にも高知は海も山も川も近くにあって、環境に恵まれています。わたしの仕事はリラックスして絵を描ける環境が一番いいので、都会に比べて人混みのストレスを感じない高知での暮らしが自分にすごく合っていますね。」
幼少期から高知で食べたもの、見てきた風景、家族との思い出。そして、温かくて人懐っこい高知の人たち。高知での穏やかで優しい日常は、彼女の作品に豊かな物語をもたらし、読者の心にも深く響くものとなっています。