高知県吾川郡
2025.02.28 (Fri)
目次
急峻な山々に囲まれ、日本一の水質を誇る仁淀川の源流が流れる高知県・仁淀川町。この地では、古くから山野草が暮らしに根づき、人々の営みに寄り添ってきました。そんな風土に改めて目を向け、摘み草の魅力を引き出すことで生まれたブレンドティーブランドが「tretre(トレトレ)」です。高知の山々が育んだ草花は、どのようにして香り豊かな一杯へと紡がれるのでしょうか。その誕生のストーリーをひも解きます。
急斜面には家々が寄り添うように点在し、山の地形に溶け込むように佇んでいる
「tretre」が拠点を構える高知県仁淀川町は、山々が連なり、澄んだ水が流れる土地。日本茶の名産地としても知られ、標高差と豊かな気候が織りなす環境の中で、多様な植物が息づいています。斜面には、他県ではなかなか見られない草木が根を張り、季節の移ろいとともに、その表情を変えていきます。
水質日本一を誇る仁淀川が、工房のすぐ近くを穏やかに流れ、清らかな水が周囲の自然を育んでいます
「もう見ていただいたらわかる通り、この場所はとにかく急峻な山に囲まれているんですよ。斜面に家が張り付いていて、周りに田んぼも作れないほど。それに加えて、雨がものすごく降るんです。1,000ミリ、とか結構な雨量の時もありますけど、やはり植生にとってはいい面が多いんですよね。」と語るのは、「tretre」の代表・竹内太郎さん。
「tretre」の代表・竹内太郎さん
竹内さんは、そんな仁淀川上流域の山あいに自生する植物を独自の感性で組み合わせたブレンドティーを生み出しています。手がけるお茶のベースとなるのは、主に自生の山野草。昔から山の暮らしの中で使われ、人々に親しまれてきた素材です。
「ヨモギやドクダミなどの山野草は、かつて“薬”という認識でした。日常で飲むお茶として味わったり、楽しんだりという文化は、これまであまりなかったように思います。地域のみなさんにとっては身体の調子が良くない時に飲むお茶、という感覚だったと思いますね。」
地域の人たちにとっては、飲むための茶葉ではなく薬草という位置付けだった山野草が、日々を彩り楽しむお茶へ。「tretre」の発足に至るまで、どのような経緯があったのでしょうか。
高知県で生まれ育った竹内さんは、大学入学を機に、京都へ移住。その後、20年間ほど、京都の料理店に勤めていたといいます。
「地元は高知の中でも海に近い地域だったこともあって、もともと山野草に興味はなかったんです。というか、気づいていなかった、という表現の方が近いかもしれません。でも、改めて高知に戻って暮らしていく中で、道の駅や小さい村の駅で山野草が販売されていることに気づきました。乾燥させて販売しているおじいちゃんおばあちゃんが、結構いらっしゃったんです。それをいろいろ飲んでみると、味わいにすごく差があったんですよ。」
そこで竹内さんが目を向けたのは、山に自生する山野草。同じ植物でも、摘み方や、自生している場所、標高などによって、お茶として飲んだ時の味わいに違いがある点に魅了されていきました。
「最初のきっかけは、地域のトマト農家さんに『地域の植生について教えてほしい』と声をかけたこと。その方の紹介から、現在のコアメンバーとなる人たちとつながりが広がっていきました。毎週『ハッパカイギ』を開き、地域のどこに何の植物が自生しているのか、それぞれの味わいについて情報を交換していったんです。」
実は、畑のそばによく生えてくるドクダミなどの山野草は、多くの農家さんにとって厄介者的存在。育てている野菜の隣に根を張るため、これまでは見つけ次第刈り取られていました。竹内さんは、地域の人々との「ハッパカイギ」を通じて、摘み方による風味の変化を研究し、山野草特有のえぐみや苦味を抑える方法を試行錯誤していったといいます。
工房の庭で育てているアップルミント
その後、山野草を使ったブレンドティーを作り上げるため、地域の人々との交流を重ねながらメンバーを少しずつ集め、最終的には100人ほどの協力を得ることになります。
「100人全員で集まって一緒に作業するわけではないんです。それぞれにご担当がいて、ビワの葉っぱ担当、ヨモギ担当とか。ご自宅で保全していただいた自生の植物を摘んで、買い取らせてもらっています。あ、おしゃべり担当もいらっしゃいますね(笑)。田舎だからこその、本当にゆるやかな関係で成り立っています。」
さらに、町内の数ヵ所に自社園を設け、ペパーミントやアップルミントなどの西洋のハーブ類を自然栽培。山野草とブレンドすることで、いっそう豊かな味わいのお茶になるよう仕上げています。
元保育園だった建物を活用した「tretre」の工房
約50種類もの山野草を組み合わせ、四季折々に多彩なバリエーションを展開している「tretre」のブレンドティーは、仁淀川町の集落の一角にある工房で作られています。
その工程は、すべて手作業。茶の主原料となる山野草集めはもちろん、香りが飛ばないよう低温でゆっくり乾燥させるなど大変な手間ひまがかけられています。
山野草を摘むのも全て手作業で行っている
「コスト的には、大量に一気に乾燥させた方が安く作れるとは思うんです。でも時間の経過によって味が深まるものもあるし、天日に当てた方がいいもの、陰干しがいいものとか、植物によって本当に特性が違うので、そこを追求すると、やっぱり時間はかかりますよね。」
味の根幹を占める茶葉のブレンド作業では、2種類から7種類の摘み草を掛け合わせ、試作を何十回と繰り返しながら、納得のいく味わいに近づけていきます。なんと0.05グラムと、とてつもなく緻密な単位で風味を調整することもあるのだといいます。
「ブレンドする時に一杯の中で何か感じられるものを作りたい、ということは意識しています。食事やお菓子に合わせたお茶、というよりは、“料理”のような捉え方ですね。お客様と話す中で、『由来があるものを取り入れよう』とか、自分の中になかった発想をいただくことも多いですね。
カップ一杯分ティーバッグひとつ分
あと意識するのは、四季を感じていただくこと。一言で冬といっても、始まりと終わりってやはり体感が違うじゃないですか。厳冬もありますし。そうした四季を、味わいで感じていただきたいと思っています。」
それぞれの山野草について、収穫時期や味わい、効能などが詳細にまとめられた資料
たとえば、冬の半ばにはユズを、春の始まりにはヨモギを。釜炒り茶のような天日干しをして仕上げるお茶の割合が増えると、明るいお日さまの味わいになる、と竹内さんは語ります。
ホテルや料亭、セレクトショップなどリピーターが多くいるのも納得の丁寧な工程。高知・仁淀川町にあるこの工房だからこそ生み出すことのできる「tretre」のブレンドティーは、地域の豊かな植生と、竹内さんの独自の感性で紡がれる、唯一無二の味わいなのです。
高知県立牧野植物園とのコラボレーションで、牧野ゆかりの植物を味わうという楽しみ方を提案するブレンドティー
こうして作られるブレンドティーのひとつに、地元・高知県内にある牧野植物園のオリジナルティーがあります。当時の園長が、植物を見て、触って、学ぶだけでなく、味わってみてほしいと考えたことがきっかけで生まれました。
「特徴は、野趣が引き立つようなブレンドであること。通常は野生味を立たせるブレンドはなかなか作らないので、植物園ならではの味わいですね。」
植物の持つえぐみや苦味も活かした特別なブレンドティー。「バランスが本当に難しくて……。」と本音も漏らす竹内さんですが、来園されるお客様には大変好評だとか。
「牧野博士が命名した植物も使っています。実は、柚子もそのひとつ。学名はシトラス・ユノス(Citrus junos)ですが、高知では柚子を『ユノス』と呼ぶ地域もあるんですよ。」
他にも、牧野博士が妻・スエさんへの感謝を込めて名付けた「スエコザサ」や同じく博士が命名した「キシマメ」など、博士ゆかりの植物を使ったブレンドティーを多数展開し、園内のレストランやショップで購入することができます。
もともと地域にあった植物を活かし、見方を変え、人々と交流しながら作り出される「tretre」だけのブレンドティー。竹内さんにとっては、地域の人たちへの報告会で一緒にお茶を飲んだり、みんなで旅行をしたりするひと時も大切な時間だといいます。
「『tretre』を木の年輪みたいに、少しずつ太くしていけたらいいですね。ブレンドティーを作り続けることで地域へ恩返しできたら。そのためにも、みんなに長生きしてほしいですね(笑)。」
美味しいものこそ、身体にすっと入っていく。そういうお茶を作り続けたい、と語る竹内さん。山野草を使ったブレンドティーは単なる飲み物にとどまらず、植物の生命力や大自然の恵みを感じさせるひと時を提供してくれます。一杯のお茶が、心と体に力を与え、活力を呼び覚ます瞬間を届けてくれることでしょう。
tretre
公式ウェブサイト(外部サイトへ移動します。)https://tretre-niyodo.jp/
※一部、高知大丸「OMACHI360」にてお取り扱いしております。