京都府京都市
2025.02.28 (Fri)
目次
京都・西陣に息づく伝統の金銀箔技法を駆使し、唯一無二のアートを生み出す箔アーティスト・裕人礫翔(ひろとらくしょう)さん。彼が手がける箔を使ったアートは、国内外を問わず見る人の感性を深く揺さぶり、新たな美の世界を切り拓いています。彼が挑む新たな創作の道、その先に広がる無限の可能性に迫ります。
礫翔さんが工房を構える京都・西陣の街並み
平安時代から高級絹織物の産地として名高い、京都市北西部の西陣。その地で生まれ育ち、箔を使ってアートを手がけるアーティストが、裕人礫翔さんです。金箔と銀箔が織りなす独特の質感と色彩は、単なる視覚的な美しさに留まらず、内面から放たれる強いメッセージを感じさせます。
「玉蘭」直径900㎜
彼の作品の中でも特に目を惹くのが、「月」をモチーフにした一連の作品です。月を描くことは、礫翔さんにとって単なる創作の域を超え、心の奥深くで育まれた思いを表現する大切な手段となっています。
なぜ月をモチーフにした作品作りを始めたのでしょうか。その原点には、人生を変えるような転機と、深く心に刻まれた思いが秘められていました。
礫翔さんの人生における大きな転機は、40歳の時に訪れました。父から継いだ実家である箔工芸の事業を弟に譲り、「箔のアート」という新しいジャンルを確立してアーティストを名乗り始めた年です。
「当時、箔工芸の家業を継ぎ、主に帯作りに携わっていました。しかし、時代は着物離れが進み、着物を選ぶ基準が『美しさ』や『質』から『値段』に変わりつつありました。そんな風潮の中で、どこか納得できない自分がいたんですよね。」
その頃、礫翔さんは箔工芸士として、金箔や銀箔を施した和紙を細く裁断し、絹に織り込んで帯として仕立てる仕事をしていました。色や素材、貼り方、力の加え方など、その一つひとつの過程に工夫と表現を込め、家業としては、風合いや色の違いを活かした帯を何十万種類と手がけてきたといいます。
「『箔アーティスト』として表現するための技術や技法は、工芸士時代と基本的に変わっていません。西陣の着物問屋に卸すのは“帯”ですが、箔の表現は数え切れないほどの可能性を秘めています。その一つひとつを噛み砕くことで、帯と同じ表現をアート作品として世に出すことができるのではないかと考えたんです。」
十分な技術力と豊かなアイデアを持ちながらも、独立した当初は業界の人脈や流通経路が分からず、作品を誰かの手に届ける方法がまったく見えませんでした。その上、プライベートではシングルファザーとして3人の子供を育てるという厳しい現実にも直面し、次第に追い詰められていきます。まさに絶望の淵に立たされていた時、京都の街に浮かぶ月が、優しく彼を照らしていたといいます。
「収入もなく、日々の子育てに疲れ切って、心も体も限界でした。下を向いて歩き続ける毎日が続いていたんです。そんな時、ふと空を見上げると、月がそこに浮かび、私を照らしていたんです。まるで『頑張れよ』と呼びかけられているような気がしました。その瞬間、月のように誰かを照らし、元気を与える作品を作ろうと、心に強く決意したんです。」
「萌月」直径500㎜
京都には月を美しく眺めるための建築やしつらえが多くありますが、礫翔さんは「さあ、月を見てください」と用意された環境にはあまり興味がないそうです。
「月はただの天体ではなく、その周囲の町の匂いや風、景色、そしてその時の感情が重なり合って、心に刻まれるものだと思っています。三日月、半月、満月……、同じ月齢で、同じ景色の中でも、決して同じ月は存在しない。それぞれの月がその瞬間にしか感じられない美しさを持っているんです。私の一番のお気に入りは、京都・東山の月輪山(がちりんさん)ふもとの泉涌寺(せんにゅうじ)から見る月です。月輪山の名の通り、あの場所から見る月は本当に美しく、訪れるたびに、その月の美しさに心を動かされます。」
礫翔さんは金と銀、二種類の箔のみを使って、色の濃淡や錆び、起伏などの質感を表現してきました。絵の具のように多彩な色を持っていないにもかかわらず、その表現の幅は無限に広がり、作品に多彩な表情を添えています。この独自の表現方法の秘密について、礫翔さんは銀箔を巧みに使うことだと語っています。
金箔は漆の塗り方で変化するが、銀箔と比べると色のバリエーションが限られる
「金箔は酸化しないので、色が錆びて変化することはありません。しかし、銀箔は硫黄を混合して熱を加えることで酸化し、淡い金から赤、青、緑、最終的には黒へと変化します。酸化の進行を調整しながら色と光を表現する過程がとても面白いんです。」
銀箔を黒に近い状態まで酸化させた作品
礫翔さんの作品は、月明かりと和ろうそくの灯火に包まれた時、最も美しく映えるといいます。室内に差し込む柔らかな外光や、ろうそくの穏やかな灯りが箔の色合いに微妙な陰影を生み、作品に深みを与えると同時に、静謐で美しい空間を創り出します。
「谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』の感性は大きな影響を受けました。哲学的で、すごくシビれます。陰翳の中に潜む美しさを表現するためには、やはり銀箔が最も適していると思います。」
礫翔さんの箔を施す素材は、和紙にとどまらず、木、革、ガラス、プラスチックなど多岐にわたります。「空気以外なら、どんな素材にも箔を施すことができます」と語る礫翔さん。その活動は、アート作品にとどまらず、さまざまな分野に広がりを見せています。
たとえば、2018年には高知県の酔鯨酒造とコラボレーションし、純米吟醸酒「DAITO 2018」が発表されました。この限定商品は、一つひとつ手作業で金箔を施したラベルシールが特徴で、特別感が際立っています。
(左から)純米吟醸酒「DAITO 2018」(販売終了)、純米大吟醸「月鯨(つきくじら)」(大丸松坂屋限定販売)
2024年は、酔鯨酒造とのコラボレーション第2弾として、純米大吟醸「月鯨(つきくじら)」がリリースされました。高知の海から大きな月までに上がった鯨が描かれたラベルには、「未知の世界へ踏み出すすべての人に、成功と幸福が訪れますように」という願いが込められています。
天球院「方丈障壁画」の複製に携わる
アーティストとしての顔を持つ一方で、礫翔さんはデジタルアーカイブや文化財の複製にも積極的に取り組んでいます。2006年には、国宝「風神雷神図屏風」の複製を手掛け、京都・建仁寺に奉納。その後も、京都の南禅寺や妙心寺をはじめ、ニューヨークのメトロポリタン美術館など、国内外の文化施設に所蔵される作品の複製にも貢献してきました。
「400年前の絵画の複製は、現在、写真撮影されたものを最先端の印刷技術で再現できます。しかし背景の金の部分は平坦になってしまい、明るい光、にぶい光、箔の浮き上がりや沈み具合を表現できていません。そのため、和紙に印刷された画に手作業で箔を乗せています。」
文化財の複製を手掛ける職人としての側面と、自身のアート作品を創作するアーティストとしての顔を持つ礫翔さんに、その違いについて尋ねると、境界がないといいます。
「よく海外で『あなたは職人なのか、それともアーティストなのか』と聞かれますが、そのようなカテゴリー分けは周囲が決めること。帯も、アート作品も、文化財の複製も、使っている技術は同じです。すべて技術があってこそ成立すると考えます。」
そんな礫翔さんにとって、地元である京都・西陣は、どのような意味を持つのでしょうか。最後にその意義についてたずねると、彼はこう語りました。
「1200年以上の歴史がある京都は、伝統工芸だけでなく、茶道、華道、建築、庭園、食など、さまざまな文化が生まれ、洗練され、発展してきました。現代の京都にも、伝統を基にしながらも革新と創造があちこちで起こっています。私の箔工芸も、またその一部です。誰にも真似できない新しいものを生み出し、たくさんの人たちの心を照らすために、これからも挑戦を続けていきます。」
京都・西陣という地に根ざし、そこで培った技術や思想をもとに、今後も新たな可能性を追い求め続ける礫翔さん。彼の箔工芸が生み出す作品は、ただの装飾にとどまらず、時を超えて人々の心に響く力を持ち続けることでしょう。
裕人礫翔
公式ウェブサイト(外部サイトへ移動します。)https://www.hiroto-rakusho.com