大分県由布市
2026.03.25 (Wed)
目次
音楽イベンターである谷川義行さんは、観光客が多く訪れる大分県の湯布院にショップを開き、音楽をあらゆる人に広く届けたいと活動を続けています。「非日常」の旅先だからこそ、湯布院だからこそ、届けたいものが深く届く。そう信じて、今日もこの場所で種を蒔き続けています。
湯布院は、由布岳のふもとに広がる小さな温泉地です。湯布院地区の人口は約5000人。山あいのまちには、年間で約400万人以上の人たちが訪れます。国内はもちろん、海外にもその名を知られる湯布院ですが、かつては主に湯治客を中心としたひっそりとした温泉地だったといいます。近代になって、地域の有志によって映画祭などが盛んに行われるようになるなどして、街は次第に磨かれていきました。

由布岳や金鱗湖などの自然と、美術館などの文化施設があり、また少し歩けば田園風景もあるこの地域は、いつの間にか、どこにもない個性を持った街となったのです。今ではメインストリートである湯の坪街道は、そぞろ歩きを楽しむ人たちであふれています。

「そうした楽しみに加えて、実はもう一つ味わってもらいたいことがある」と話すのは湯布院を拠点に活躍する谷川義行さん。
「日中にぎやかな湯の坪街道も、日が暮れると一転、静寂に包まれます。そして日が暮れてから夜があけるまでの間の静けさこそが、僕が湯布院に惹かれる部分です。特に夜明け前後がいいんですよ。」
音楽のイベンターとして福岡を中心に活動してきた谷川さんが湯布院に移ってきたのは2011年のことでした。
湯の坪街道の真ん中あたりにあるのが、谷川さんが現在営む「ジャズとようかん」です。入口に掲げられた「I AM PIANO, YOU ARE MUSIC」と描かれたナス紺色の大きな旗が目印です。

「洋もの」のジャズと「和もの」のようかんを組み合わせた店名も、なかなかユニークです。お土産物や軽食が並ぶ店が軒を連ねる中、「ジャズとようかん」は静かに異彩を放っています。

店内に入ってみると、壁に飾られている往年の名盤のレコードジャケットが目に入ります。ほかにも音楽をモチーフにしたグッズや雑誌、本といったさまざまなアイテムがにぎにぎしく並んでいます。この店を一言で言い表すのは、なかなか難しいかもしれません。
「言葉で言うのなら、音楽を中心にしたライフスタイルショップでしょうか。ここにあるアイテムから、何かを感じとって帰ってもらえたらうれしいですね。」

「ジャズとようかん」は2016年8月にオープンしました。谷川さんは以前、ここから程近い場所で「CREEKS.」というカフェ&ショップを2011年から営んでいましたが、熊本地震の被害の影響は大きく、思い入れのあった建物から撤退することに。そして次の店舗を探していたところ、湯の坪街道の今の場所と出会いました。ここでは以前のようなカフェやライブ演奏は叶いませんが、より多くの人通りのあるこのメインストリートをあえて選び、よりたくさんの人に届ける道を選びました。

谷川さんはこの店で「何かを完成形として届けるというより、人や土地、感性の間に小さな種を運ぶような役割でありたい」と語ります。
「大切な出会いやきっかけ、種のようなものをあっけないくらい思いがけず旅先で見つけてもらえるとうれしいなと考えているのです。」
その媒介となるものが音楽。そもそも谷川さんは音楽のイベンターとして、長年キャリアを積んできました。そんなプロフェッショナルな谷川さんがあえて「場」をつくったのには理由があります。

「福岡で音楽イベントをやっていても、来ている方たちに送り手の私たちが思ったように音楽を届けられていない、という残念な感触がありました。ライブ会場に来てくれる人は当然ですが会場の近くに住む方が大半です。仕事帰りなどに時間を調整して来てくれるのですからそれはもちろんありがたい。でも仕事が終わってバタバタと会場に足を運ぶ、となると、ライブを楽しんでいるようには見えても、実際には音楽が持つ深い部分や、その奥にあるメッセージまでは、十分には届いていないのではないかと感じていました。」

「People get ready」(Curtis Mayfield)という名曲のタイトルではありませんが、しっかりと音楽を受け止められる環境をどうつくるかを谷川さんは考えます。
そして、その人にとって日常ではなく、非日常の環境で音楽を届けることが、一つの答えかもしれないと考えるようになります。それが、旅という装置でした。
谷川さんは「旅する音楽」と名付けたイベントを立ち上げます。合言葉は「音楽をいいわけに旅にでよう」。それと同時に、人気の旅先である湯布院に、音楽との出会いを生む「きっかけ場」をつくることを決意したのです。
普段とは違う景色を目にし、知らない物事に触れる旅は、発見と出会いの連続です。「本来であれば誰もが日頃からアンテナを持っているはずです。でも毎日の暮らしに追われているとそのアンテナもなかなか働かないものだと思うんです。でも旅先に出ると、眠っていたアンテナがグングン目を覚ましていく。だからよりチューニングが合いやすいとでもいいますか、いろんなものがすっと入ってくると思うのです。」

旅先では、「なんだかいい感じ」と頭より先に心がふっと動くような感覚が、日常よりも大きくなる、と谷川さんは言います。さまざまな旅先がある中で、湯布院を選んだのは、足繁く通っていた大好きな土地であったことに加えて、観光客が訪れるエリアがそう広くなく、比較的集中しており、一度に大勢の人と出会えるかもしれない、と考えたから。ここに場を開き、いい音楽を届けていこうとしたのです。
訪れた人と音楽をつなげるものは何かないか。そうした思いから「CREEKS.」時代に生まれ、今では店の看板ともなっているのが、「であい菓子 “ジャズ羊羹”」でした。ようかんの表面に描かれているのはピアノの鍵盤です。見た目のかわいさもあって瞬く間に話題となり、人気のお土産物になりました。

ほかにもレコードやピアノの鍵盤をイラスト化したグッズや、音楽へのメッセージがプリントされたもの、雑誌や書籍もあり、店内は思いがけない出会いにあふれています。

この店に陳列されるオリジナルのグッズは谷川さんがアーティストと一緒にアイデアを絞ってつくったものです。それらのグッズの原画が、まるでアートのように店内にさりげなく飾られているところもミソです。

「関心を持ってもらったら、ほらあそこに原画がありますよとお話します。商品の背景にはそれを手がけた『人』がいて、制作から完成までのストーリーがある。そうしたことも伝えていきたいのです。」

Tシャツに描かれた一言から、音楽の話へと展開していく。そんな光景も、この店では日常です。谷川さんはこうしたアーティストたちのマネージメントも手がけています。
イベンターとしての谷川さんは、アーティストや選曲のセンスのよさに定評があり、「ジャズとようかん」を経営するかたわら、全国各地のライブイベントで今も活躍しています。セレクトの基準は、その音楽やミュージシャンに、芯の強さとあたたかな眼差しの両方が感じられるかどうか、だそうです。

「人の中で眠っていた冒険心や感性、あるいは遊び心や勇気に、そっと触れてくるような音楽をこれまで扱ってきました。これからも誰かにとって人生のパートナーとなるような音楽を届けていきたいです。」
そんな谷川さんにとっての「ローカル」とは何か。最後に、その言葉を紹介します。
「僕にとってローカルは、地理だけで決まるものではなく、音楽やアートを通して価値観や感覚が響きあう人たちとの間に立ち上がる地図のようなものです。その地図の上には、距離こそ離れていても、温かく灯りつづける場所がある。思い出すだけでいくつもの顔が浮かび、ふっと自分の中に体温が戻ってくるんです。」

湯布院 ジャズとようかん
公式ウェブサイト(外部サイトに移動します)https://yufuin.jazz-youkan.com/