静岡県静岡市
2025.04.22 (Tue)
目次
ゴジラやミニ四駆を模したアイテムなど、静岡の鋳物技術を新しい形で提案する「しずおか鋳物 重太郎」。現代のライフスタイルに合わせ、スタイリッシュでユニークなアイテムを作っています。それらの魅力的な商品を通して、歴史ある鋳物の技術や地元・静岡の魅力を再発見させてくれるのです。今、静岡で注目の鋳物ブランドが、鋳物に込めた想いに迫ります。
今回お話をうかがった栗田圭副社長
金属を溶かして型に流し込む「鋳物」。静岡といえば、お茶やプラモデルが有名ですが、実は鋳物にも徳川家康公の時代から栄え続けた深い歴史があります。近年、老舗企業・栗田産業が手掛ける日常使いできるスタイリッシュな鋳物ブランド「静岡鋳物 重太郎」が注目を集めています。
ラインナップには、ぐい呑みやビアグラス、タンブラーなどの錫製酒器や、株式会社タミヤのミニ四駆を模った箸置きなどが揃っておりバラエティ豊か。一見普遍的なアイテムに見えますが、発案者である五代目栗田圭副社長によると、それぞれの商品には意味が込められているとのことです。
「静岡の魅力を鋳物で伝えたくて、どのプロダクトも静岡としっかり紐づいています。たとえば、ぐい呑みは、酒蔵の数が多く、吟醸酒で知られる静岡のお酒をより美味しく楽しんでもらうために。ビアグラスは、近年盛り上がりを見せる静岡のクラフトビールを引き立てるために作ったものです。」
静岡市内にある栗田産業店舗兼ショールーム
2023年にオープンした「静岡鋳物 重太郎」の店舗は、栗田産業の創業者である重太郎氏が晩年を過ごし、栗田さんの祖母が暮らしていた家をリノベーションしたもの。明治時代の風情を感じる店内に工房を設け、職人技の妙を間近に見ることができます。事前に申し込めば簡単な鋳物づくりの体験もでき、国内では希少な機会のため、県外から訪れる人もいるそうです。
駿府城を中心に栄えた静岡市にはかつて、今川時代に礎がつくられ、徳川時代に整備された「駿府九十六ヶ町」という地域がありました。現在の伝馬町から横田町周辺にあった「鋳物師町(いもじちょう)」もそのひとつで、徳川家康公お抱えの鋳物師たちが暮らし、盛んに鋳物づくりが行われていたといわれています。
「静岡市が『鋳物の町』として栄えた歴史は、地元の人もほとんど知りません。鋳物屋の私たちとしては寂しい話ですが、それが現実です。誰かが発信しなければ忘れ去られてしまう、そんな危機感がありました。」
時代の変化とともに、栗田産業が扱う鋳物も大きく変化しました。創業当初は銅を使用していましたが、次第に鉄へと材料が変わり、戦前の織物産業から、戦後は自動車産業を中心とした工業製品へとシフトしました。そして現在では、工作機械や産業用ロボットの部品など、多岐にわたる鋳物を手掛けています。「しずおか鋳物 重太郎」の始まりは、事業の変化に対する栗田さんの疑問がきっかけでした。
「私たちの製品は海外に輸出されることが多く、社員の家族や地元の人たちなどの目に触れることはほとんどありません。どこの何を作っているかも、守秘義務でいえないことも多いんです。取引先も県外が中心で、地域との関わりが薄いという点が気になっていました。社員のやりがいを考えたとき、地元の人たちに自分たちの鋳物を見てもらいたい、そして鋳物を通じて地元に貢献したいという思いから『しずおか鋳物 重太郎』をやろうと思ったんです。」
静岡県の鳥のサンコウチョウをモチーフにした鉄の栓抜き
最初に作ったのは、静岡県の鳥のサンコウチョウをモチーフにした鉄の栓抜きでした。素材には、普段の製品で使い慣れた鉄を使用し、形にしていったそうです。しかし、鉄は重く日用品を作るのに限界を感じた栗田さんは、素材を融点が低く加工しやすい錫(すず)に変更することを決意します。
「会社で錫を扱うのは初めてだったんですが、さまざまな試行錯誤を続けました。型作り用の砂を固める時の力加減が難しく、型を抜く時は水平に抜かないと欠けてしまう。溶かした錫の流し方はスピード勝負で、どれも繊細な作業ばかり。錫の特性を見極めるのが一番難しく、何度だとどう変わるか相関表を作りながら、2作目のぐい吞みが完成するまで一年を費やしました。」
従業員数は鋳物屋としては多い100人近くと、県内屈指の鋳物企業に発展した栗田産業。いち早くオートメーション化を導入し、大学と連携して職人の作業をロボットが担う研究を進めるなど、その先進的な取組は業界内でも有名でしたが、商品を作って販売するのは初の試みでした。
「ブランドを始めたことで新たな気づきもありました。会社で作る鋳物は100㎏から大きいものは5t近いので、小さいサイズの鋳物を作る職人がいなかったんです。社内では製造の分業化が進んでいたため、型作りから仕上げまで一貫してできる職人が減っていることに気づきました。ブランドを通して、最初から最後まで手作業で鋳物を作る、鋳物全体を語れる職人の育成も目的のひとつになりました。」
ミニ四駆箸置きやゴジラぐい呑みなど「ホビーの街」静岡らしい商品を展開
「しずおか鋳物 重太郎」の名を一気に世に広めたのがミニ四駆やゴジラを模ったユニークな商品たちです。静岡市といえば、世界に誇るプラモデルの地場産業。株式会社タミヤをはじめ、多くの企業が集積し、国内のプラモデル製造品出荷額の8割以上を静岡市が占めています。栗田さんも若い頃からプラモデルを楽しんでいた一人であり、その遊び心が反映された商品も展開されています。
「タミヤさんにお願いして、ミニ四駆の鋳物を作らせてもらいました。最初は現場から難しいと言われましたが、ベテラン職人と意見交換を重ねながら、3Dプリンターで型の原型を作ったり、型の砂をゴムに変えたりと、あれこれ試行錯誤を繰り返しました。こうした挑戦を通じて、栗田産業が昔から培ってきた職人のエネルギーを再確認できた気がします。」
ミニ四駆の形をした純錫製の箸置き
ミニ四駆をリリースした際の反響は特に大きく、SNSを中心に海外のアニメファンからも注文があったとのこと。同業の方からは「どうやって作ったの?」と驚かれたそうで、鋳物としては革新的な作品ができたと実感しました。
「ゴジラのぐい吞みも、『ホビーの街』静岡らしい鋳物の一環で作りました。『これ面白いね』といろんな人に知ってもらうことで、静岡と鋳物が少しでも注目されれば嬉しいですね。」
金属を溶かして型に流して物を作る鋳物。その歴史は紀元前2000年まで遡り、日本でも2000年以上前から存在したと記載のある文献があります。これだけ長く、今も続く鋳物の魅力とは一体何なのでしょうか。
「普段は先祖について多くを語らない父が私によくいうのが、『鋳物屋ほどいい商売はない』という創業者・重太郎さんの言葉です。時代ごとに色々な解釈がありますが、私が思うのはその無駄の無さ。製品の型に使う砂や粘土は壊してまた使えるし、作った後に出る端材は溶かせば再び材料になる。鋳物は廃棄物を出さずに持続可能だから、地球にも人間にも優しいんです。」
誕生から7年を経て、地元静岡での認知も広がりつつある「しずおか鋳物 重太郎」。鋳物の技術を使って、日常の生活が潤う、心が躍るものを作りたいと話します。
「地元の人たちからは『鋳物師町の復活を目指している栗田さん』といわれています。見た時にワクワクするものを作ることができれば『しずおか鋳物 重太郎』が注目されます。そうすれば静岡が鋳物の街であることを知る機会が増えるでしょう。徳川家を支えた鋳物師たちの誇りを忘れず、新しい鋳物の魅力を伝えるブランドに育てていきたいと思います。」
鋳物は固いが頭は柔らかく。創業135年の鋳物技術に柔軟な発想を掛け合わせ、鋳物の新たな世界を切り開いた「しずおか鋳物 重太郎」。これからもワクワクするアイデアで私たちの心を躍らせてくれることでしょう。
しずおか鋳物 重太郎
公式ウェブサイト(外部サイトへ移動します。)https://www.kuritasangyoh.co.jp/jutaro/