石川県金沢市
2025.06.13 (Fri)
目次
日本の金箔生産量の100%を占める石川県の金沢市。大阪・関西万博のパビリオンにも「金沢箔」が使われるなど、日本を代表する伝統工芸として、世界にも注目されています。そんな「金沢箔」の新境地を切り開いてきたのが「箔一」です。伝統的な手技と現代の技、受け継がれる美意識と異文化の融合。“開かれた工房”としてものづくりへの想いを、代表の浅野達也さんにうかがいました。
金沢箔、九谷焼、輪島塗、加賀友禅など、日本が世界に誇る工芸品の産地であり、「工芸王国」とも言われる石川県。中でも金沢で作られる金箔「金沢箔」は、この地を代表するものとなっています。しかし意外なことに、その価値が認知されるようになったのは近年のこと。それまで金箔は仏壇や漆器を飾る「材料の一つ」でしかなかったといいます。
今回お話をうかがった「箔一」代表取締役社長の浅野達也さん
「当時、石川の観光ポスターに登場するものといえば、輪島塗、加賀友禅、九谷焼の3つだけ。金箔はあくまで材料で、仏壇や蒔絵、織物などに使われてもそれが『金沢箔』だと明記されることもありませんでした。」
それまで脇役だった金沢箔を主役へと押し上げたのが、浅野さんの母であり、「箔一」の創業者である浅野邦子さんです。もとは京都から金沢の箔屋に嫁いだ、平凡な主婦だったという先代が、オイルショックの不況に喘ぐ金箔業界の力になりたいと思いついたのが、金箔を日常に取り入れる提案だったのです。
「母は、『金沢箔工芸品』と銘打ち、食器やグラスなどのいわゆる日用品にはじまり、インテリアやアクセサリーなど、金箔を使った商品を次々に生み出していきました。中でも大ヒットしたのが、金箔を打つ際に使う『箔打ち紙』から生まれた『金箔打紙製法のあぶらとり紙』です。まさに女性ならではの発想を生かした商品でした。」
しかし、当時業界内では、「仏壇仏具に使う高貴なものを日用品に使うのは何事や」と、反感の声もあったとか。
「それでも、箔の文化が続いていくためには、もっと多くの人たちに使ってもらわなければならないと、母は信念を貫き、百貨店や物産展を通じ『金沢箔工芸品』は全国に知られるようになったんです。」
現在、「箔一」では、大きく工芸品、建築装飾、食品、美容、の4つの部門でさまざまな商品を展開。年間100以上の新作を生み出し、「金沢箔」の新境地を開き続けています。
「箔一本店 箔巧館」で提供する金箔ソフトクリーム
「金沢箔」の歴史は古く、加賀藩祖前田利家公の時代からおよそ450年に渡ります。現在、日本の金箔の100%が金沢で作られていますが、その理由として、加賀藩が伝統工芸の発展に力を注いできたこと、また、雨や雪が多く湿気の高いこの土地の気候が、金箔の作業に適していたことも影響しているようです。
「金沢箔」の一番の特徴と言えるのがその薄さ。約2gの金から、畳一畳分まで延ばし、1万分の1mm(0.1μ)の薄さに仕上げます。
0.1μの薄さまで打ち伸ばされた金箔は、光にかざすと青色に透けて見えます
「世界を探しても、日本の金箔ほど薄く柔らかいものはありません。それは木や漆の文化であることが関係していて、そうした素材に装飾をするには、薄く繊細な金箔が必要だったのです。」
金沢箔の製造方法には、和紙でできた箔打ち紙と金をかさねて打ち延ばす伝統的な製法「縁付(えんつけ)」と、カーボンを塗布したグラシン紙(薄紙)を使う「断切(たちきり)」の2種類があります。「縁付」は一枚ずつ竹枠で切り揃えるのに対して、「断切」は一度に1000枚の束をまとめて切ることができます。短時間で量産できることもあり、現在は「断切」がメインの製法となっています。
通常、「澄作り」と「箔作り」、その後の製品への加工は分業されることがほとんどですが、「箔一」では全ての製造工程を自社で行なっています。しかもその作業のほとんどが人の手によるもの。「手作りの金箔」こそ、「箔一」のこだわりだといいます。
「均一に貼られたピカピカの金箔が美しいと思う人も多いかもしれませんが、そもそも伝統工芸は人の手によって作られるもので、不均等で曖昧なもの。その曖昧さこそが美しいのです。だから『箔一』では、一枚一枚手作業で貼り、箔らしい美しさと質感をあえて残しています。」
しかし、そうした箔貼りができるのは、熟練した職人技術があってこそ。「箔一」には現在20代の職人見習いから、60歳を超えるベテランの職人まで、100人以上の職人が在籍しており、若手職人の育成にも力を入れています。
「全ての工程を内製化することは、社内の中で技術を根付かせ、向上させていける良さがあります。伝統工芸士の資格取得の後押しをしたり、国内外のアートに触れる機会をつくったり、会社が積極的にものづくりの環境を整えることで、職人としての感性も育てています。」
実際、「箔一」には若い社員が目立ちます。また、社員やパートなど立場に関わらず、自身の仕事に誇りを持ち、楽しそうに仕事と向き合っている姿も印象的です。浅野さんは「これまでの閉ざされた伝統産業のイメージを変えたい」と、語ります。
「伝統産業というと、社会科の教科書で見たような、古めかしくて暗いモノクロ写真を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。でも、それでは受け継ぎたいという人も現れない。我々が目指すのは、古いものを復活させる、ということではなく、伝統技術を使い、現代にマッチするものを生み出すこと。そのものづくりの楽しさや喜びを示していくことは、伝統産業を受け継ぐ一企業として、意味があると思っています。」
これまで閉ざされてきたものづくりの現場を開放し、可能性を広げようと、2017年春にオープンしたのが、新工場「箔一 安原第五工場」です。目指したのは「開かれた工房」。全国から作り手やデザイナー、バイヤーなどが集い、議論を交わしながら、新たな伝統工芸の形を追求しています。
「箔一 安原第五工場」
「これまでは金沢から日本に『金沢箔』の魅力を伝えてきましたが、これからは日本から世界に発信していくことになるでしょう。そうしたなかで、我々だけじゃなく、職人やデザイナー、百貨店バイヤーなど、ものづくりに関わる人たちとともに、『金沢箔』の可能性を考え、伝えていくことが、我々の役目だと思っています。」
「常にオープンに多様なDNAを取り入れることで、我々もまた技術や感性を磨き、世界を広げていくことができる」と、浅野さんは期待します。
そうしたなかで、トヨタ自動車の「LEXUS(レクサス)」や「ゲラン」の香水、日本を代表する時計メーカー「SEIKO(セイコー)」など、異業種とのコラボレーションも生まれています。業界や文化を越えて「金沢箔」が開かれていっているのです。
「これまで工芸品では誰もやっていないようなことに挑戦していくことが、伝統産業のイメージを変えることにもつながり、日本のものづくりを切り開いていくと信じています。」
現在開催中の大阪・関西万博では、アニメーション監督・河森正治氏がプロデュースするシグネチャーパビリオン「いのちめぐる冒険」に、「箔一」の手がける金箔が使われています。河森氏が箔一の工房を視察し、金箔の製造工程と装飾技術を実際に見たことがきっかけになりました。
2025年大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「いのちめぐる冒険」
「もともと金箔は、素材を無駄なく使う日本の伝統工芸であり、サステナブルな価値観を内包しています。『環境配慮とクラフトマンシップの融合』が求められた今回のプロジェクトにはまさにぴったりだったのでしょう」
複雑な曲面に金箔を均一に貼るには、高度な技術が必要。施工には、建築装飾部門の経験豊富な職人が携わりました
変革を重ね、閉ざされていた伝統産業のイメージを切り開いていく「箔一」。そこにあるのは、地道で確かな “人の手”を大切にするものづくりの精神です。これからも一人ひとりの手が、「金沢箔」の可能性をますます輝かせていくことでしょう。
浅野社長と従業員のみなさん
株式会社 箔一
公式ウェブサイト(外部サイトへ移動します。)https://www.hakuichi.co.jp/
2025大阪・関西万博 会場内オフィシャルストア 東ゲート店 大丸松坂屋百貨店でも「箔一」の作品を販売しています。
「『元禄時代の大店(おおたな)/EXPO2025 Ver.』というストアのコンセプトから、日本らしさを意識し、葛飾北斎の作品を熟練の箔貼り職人が再現した『箔名画』と、『ミャクミャク』とのコラボレーションを実現しました。日本の伝統工芸を身近に感じてもらえるきっかけになれば嬉しいです。」