福岡県福岡市
2025.07.08 (Tue)
目次
博多人形は、福岡を代表する伝統工芸。中でも中村人形四代目・中村弘峰さんの大阪・関西万博の公式キャラクター「ミャクミャク」をモチーフにした博多人形が話題を呼び、そのユニークな視点が国内外で注目されています。中村さんが生み出す新たな風が、日本の伝統を世界にどう伝えていくのか。その可能性を追い世界へ広がる創造の視点を探ります。
お話しをうかがった中村人形・四代目、中村弘峰さん
中村さんの手から生まれる人形は、見た瞬間に心を掴まれます。可愛らしさと今にも動き出しそうな迫力を持ち、肉体的な存在感が感じられます。細部に施された緻密で品格のある柄や、命ともいわれる目に宿る力が、まさにその人形に命を吹き込んでいるようです。
「ダルメシアンと赤籠球」
現在の作風が芽生えたのは、25歳のときのことでした。息子さんのために作った五月人形が、彼の創作に大きな転機をもたらしたのです。五月人形は、子どもの健やかな成長を願うもので、これまでは桃太郎や金太郎、戦国武将の豊臣秀吉などがモチーフとなってきました。
「豊臣秀吉の五月人形が作られた背景には、両親や祖父母が抱いた理想の英雄像があったと思います。そう考えたとき、現代の英雄とは誰だろうかと考え、浮かんだのが大谷翔平選手だったんです。」
「The Otogi League Allstars : Momotaro」
そのアイデアをさらに発展させ、国民的なスポーツである野球にインスパイアされて誕生したのが、キャッチャーの姿をした五月人形。キャッチャーの防具は、戦国武将の鎧を彷彿とさせ、現代と過去の要素が見事に融合した作品となっています。
そのアイデアをさらに発展させ、国民的なスポーツである野球にインスパイアされて誕生したのが、キャッチャーの姿をした五月人形。キャッチャーの防具は、戦国武将の鎧を彷彿とさせ、現代と過去の要素が見事に融合した作品となっています。
当初は自宅に飾るだけのつもりだったその作品。しかし、あまりの出来栄えに「家の中に入れておくのはもったいない」と感じ、金沢21世紀美術館主催の「第3回金沢・世界工芸トリエンナーレ」に出品。結果、優秀賞を受賞し、伝統工芸とは一線を画す形で高く評価されました。この経験が人生の分岐点となったのです。
トリエンナーレの受賞式では、作品の評価以上に、確固たる自信を掴みました。それは、外国人の審査員から「人形は何を指差しているのですか?」と質問されたときでした。
「審査員の方が『僕は人形の指先に日本の伝統工芸の未来が見えましたよ』といってくださったんです。それを聞いたとき、人形には抽象的な意味が込められるものだと確信しました。メッセージはポージングや衣装、模様にすら込められる。それなら、伝統の形を壊さず、新しい感覚と融合させていけると思えたんです。人形は人の祈りを形にしたものだと再確認しました。」
五月人形に向き合う中で、中村さんが見出したのは、時代が移り変わっても人々の英雄への憧れが変わらず、その思いを人形に託し続けているということ。そして、表現の形が変わっても、その根底にある思いの本質は決して変わらないということでした。
この一連の経験を経て、中村さんがたどり着いたのは「江戸時代の人形師が現代にタイムスリップしたら、何を作るだろうか」という作家としての独自の“設定”でした。江戸時代の人々の視点で現代のものを見つめ、その違和感や興味を基に題材を選び、現代的な解釈を加えた新たなスタイルを確立したのです。
「パグ」
たとえば、中村さんの作品のひとつにパグ犬があります。犬は古くから人と共に暮らし、愛されてきた動物ですが、洋犬であるパグ犬は江戸時代の人々にとっては珍しい存在だったでしょう。
パグ犬という題材は、人形の伝統工芸の世界ではほとんど取り上げられてこなかった新しいテーマであり、その可愛さが本質的な共感を呼び起こします。中村さん独自の視点によって、パグ犬という新しいキャラクターが生まれました。
「御伽白犀」
中村さんの作品は一見、ポップでモダンな印象を受けますが、伝統を重んじているのも大きな特徴です。決して独創的を目指しているわけではなく、伝統工芸の技術を未来に伝承することが最も大切であるという強い信念を持っています。
「この矢はづさせ給ふな」
「たとえば人形の白い顔は僕が生み出したわけではありません。御所人形とよばれる京都の公家の間で好まれた幼い子供の人形の顔なんです。美術館などで見られる200年ほど前の人形の顔は本当に素晴らしいもの。その当時の素晴らしさをできるだけそのまま完璧に再現したいと思っています。」
作品から感じるオーセンティックさはこうした中村さんのこうした姿勢から発せられているのでしょう。伝承は1ミリもずらさず、人形師の仕事を正しい形で未来に残したいと胸を張ります。
さらに、海外との接点が増え、2025年には台湾での展覧会が予定されています。昨年はマイアミやロンドンでも展示されるなど、着実に海外でも知名度を高めています。
「海外に出店する機会は増えていますが、根本的には何も変わっていませんし、反応も日本と変わりません。ヨーロッパでは手仕事や伝統、革新といったテーマに高い関心が寄せられています。むしろ、自分が意図していることがストレートに伝わるのを感じますし、世界が手仕事や伝統を重んじるムードに向かっているのではないかと思います。」
作業場で職人たちが手作業で進める様子
意外にも、中村さんは走りながら、すでに次のバトンを手渡す未来を見据えています。転換点となった五月人形には、後を継ぐであろう息子さんへの深いメッセージが込められていました。
中村人形の作品は、こちらの窯を使って焼き上げられています
「伝統工芸士とアーティストの違いは、次へと繋いでいくことにあります。しかし、面白いものを作らない限り、伝統工芸は未来に残らない。もし、クラシックで王道な形で家業を継いでほしいと思っていたら、きっと普通の桃太郎を作っていたでしょう。でも、僕はそうではなく、アートとしての側面と家業の技術を両立させた作品を作りたかった。この人形を通じて、伝統工芸に対する自分の考えを、次を継ぐであろう息子に伝えたかったんです。」
伝統にとらわれることなく、未来を見据えて生まれる人形たち。それらは過去と現代を繋ぎ文化を横断しながら、次世代へのメッセージを伝えていきます。これからも、伝統の灯を守りつつ、未来に向けて新たな光を放ち続けることでしょう。
中村人形
公式ウェブサイト(外部サイトへ移動します。)https://www.nakamura-ningyo.com/
©Expo 2025
博多人形師・中村弘峰氏が手掛けた、大阪・関西万博の公式キャラクター「ミャクミャク」に覆面レスラーがコブラツイストをかけるという異色の作品「いのち輝くコブラツイスト」。このユニークなアートは、2025大阪・関西万博 会場内オフィシャルストア、東ゲート店の大丸松坂屋百貨店にて、1体限定で販売され、国内外から大きな注目を集めました(現在は販売終了)。