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京都の日本酒は、京都の水が醸す。佐々木酒造が紡ぐ、歴史とこれから

京都の日本酒は、京都の水が醸す。佐々木酒造が紡ぐ、歴史とこれから

京都府京都市

    2025.10.30 (Thu)

    目次

      明治26年創業、京都市上京区・西陣エリアにある酒蔵「佐々木酒造」。洛中(京都市中心部)に残る唯一の酒蔵で、蔵人7名、販売や出荷などのスタッフが約20名、ネコちゃん3匹(スタッフです!)が在籍。俳優・佐々木蔵之介さんのご実家としても知られています。国際観光都市でもある京都の中心で行うお酒造りはどんな想いで続けられているのでしょうか。代表の佐々木晃さんにお話をうかがいました。

      佐々木酒造による「京都洛中酒蔵ツーリズム」が制作した「酒蔵×西陣まちあるきMAP」。昭和30年代の酒蔵推定地が記載されています

      京都は良質の地下水に恵まれていることから、じつは古くから日本酒造りがさかんにおこなわれていました。室町時代には洛中だけで約350軒もの酒蔵があり、佐々木酒造が創業した明治26年当時でも131軒、戦後に製造再開した昭和30年代でも約30軒が残っていたといいます。その多くは小規模な“町の酒蔵”でした。

      4代目当主の佐々木晃さんは昭和45年生まれ。

      「昔は一度に大量のお酒を造ることができなかったので、造り酒屋の多くは小さく、自宅兼酒蔵のようなところでした。佐々木酒造もそのひとつです。私が小学生の頃は家族経営で、瓶詰めのキャップ付けや紐を結ぶ作業を手伝っていました。歩いて数分の場所にいくつも酒蔵があり、冬は仕込み作業で忙しそうにしていましたね。オフシーズンの夏には、みんなで鮎釣りに行ったことを覚えています。酒蔵同士はライバルというより仲間。その感覚は今も変わりません。」

      洛中から伏見に移転した酒蔵もありますがその多くは姿を消し、現在洛中中心部に残っているのは佐々木酒造の1軒のみとなりました。

      かつては平安京の中心。豊臣秀吉の邸宅が築かれた

      佐々木酒造があるこの地には、じつは特別な歴史があります。794年、桓武天皇は都を平安京に遷しました。平安京の中心は、千本丸太町の交差点から北東にかけて位置していた「大内裏」。天皇や家族の住まいのほか、宴会や儀式などがおこなわれていた宮城です。佐々木酒造は、天皇が国家的儀礼や政治をおこなっていた「大極殿(だいごくでん)」跡地の東にあります。

      佐々木酒造から徒歩約10分の場所にある、中立売大宮にある聚楽第址の石碑

      平安宮が荒廃したのちの安土桃山時代、豊臣秀吉はこの地に邸宅兼政庁である「聚楽第」を築きます。「聚楽第」の敷地は、北は一条通りから南は二条通まで、東は堀川から西は大宮通まで。邸宅というよりも華麗な城郭風で、現在の二条城よりも広かったというから驚きです。

      注)秀吉が築いた聚楽第の読み方はじゅらくだい/じゅらくてい
      佐々木酒造の商品は じゅらくだい

      佐々木酒造は、聚楽第のなかで徳川家康のお屋敷があった場所。敷地の北西には石碑が建てられています。

      佐々木酒造の看板銘柄は「聚楽第(じゅらくだい)」。創業時は「聚楽菊」という名前でしたが、約40年前に先代がこの地の歴史に敬意をあらわして名前を変えました。

      「聚楽は秀吉の造語で『長生不老の楽しみを聚(あつ)める』という意味です。第は『邸』ですね。佐々木酒造が目指しているのは、みんなで集まって楽しむお酒。日本酒・聚楽第の名前には、秀吉の願いと、私たちの想いが込められています。」

      秀吉や千利休が愛した「銀明水」を使用

      販売スペースのすぐ奥は酒蔵。佐々木酒造では、地下15メートルから汲み上げる地下水を使って日本酒を仕込んでいます。

      「お酒の味わいを決めるのは、なんといっても水。うちの水は比叡山から賀茂川を通ってきた伏流水です。秀吉が聚楽第ゆかりの『銀明水』と名づけられ、千利休が茶の湯にも使ったといわれています。また、近くには茶道の表千家・裏千家・武者小路千家の三千家があり、かつては良質な水が必要な友禅染の工房も立ち並んでいました。『銀明水』はやや軟水で、適度にミネラル分を含んでいます。硬水と比べて発酵がゆっくりと進み、京料理に合うまろやかなお酒を仕込むことができます。」

      昔も今も生産量は変わらず、180キロリットルです。
      「180キロリットルは、この蔵で生産できる最大量。しかし、蔵を移転してまで生産量を大幅に増やするつもりはありません。その理由は、この地の水を大切にし、昔ながらの酒造りを守っているから」と、晃さんは語ります。

      晃さんは三人兄弟の末っ子。大学卒業後、産業機械の販売会社で営業マンとして働いていました。

      「一番上の兄は酒蔵を継ぐつもりがなく、建築の道に進みました。その下の兄・蔵之介は大学でバイオテクノロジーや酒米を研究していました。酒造家になろうかとしていましたが、突然、俳優になるために上京。私が25歳のとき、留守を預かるつもりで家業に入りましたが兄は戻る気配がなく、いつの間にか30年経ちました。」

      この30年で、日本酒をとりまく環境は大きく変わったそうです。1992年、特級・一級・二級といった等級制度が廃止され、日本酒は品質によりランク付けされるようになりました。また「地元メーカーの酒は二級酒が主力商品」と思われていた時代から、消費者の意識は「地酒=純米酒や吟醸酒などの上級品」に変化しました。旅先で地酒を飲んだり、おみやげに地酒を買ったりする人が増えていきました。

      「大手の酒造メーカーは技術力も生産力も販売力もある。地方の酒蔵もみんな頑張っている。地酒を選ぶ人も増えている。しかし、全国では酒蔵がどんどん減っており、現在稼働している酒蔵は1200軒ほどになってしまいました。どうすれば、もっとたくさんの人たちに日本酒の魅力を伝えることができるのだろうかと、日々悩みました。」

      地元のまちをめぐる酒蔵ツアーを企画

      転機はコロナ禍でした。それまで佐々木酒造が向き合ってきた“お客さん”は卸業者や販売店、飲食店。晃さんは、佐々木酒造のお酒を飲む消費者とは接点がありませんでした。しかしコロナ禍となり、飲食店でお酒の提供が制限されたり会食の機会が減ったりし、付き合いのある業者や飲食店も、佐々木酒造も売上が激減しました。

      「消費者のみなさんに直接、日本酒の素晴らしさをお伝えしたい。地元の飲食店や施設と支え合いたい」。その思いを形にしたのが『京都洛中酒蔵ツーリズム』です。

      酒蔵は通常非公開。ツアーでは日本酒造りの現場を間近で見学することができます

      「京都洛中酒蔵ツーリズム」の内容は、酒蔵見学、日本酒講座、試飲のほか、まち歩き、地元飲食店での食事など。京都市観光協会やツアー企画会社、旅行代理店、ホテルなどと手を組み、さまざまなツアーを実施しています。

      日本酒の試飲コーナーでは18種のお酒を用意

      「ツアーの目的は2つ。まずは、参加者のみなさまに酒蔵の魅力を知っていただくこと。酒蔵では『日本酒はこんな風に造っているんですよ、おもしろいでしょう』とお伝えしています。もうひとつは、地域全体を盛り上げること。佐々木酒造のお酒は130年以上にわたり地元のみなさまから愛されています。西陣で頑張る仲間たちと共に地域を盛り上げたい、京都の水や米を使わせていただいているので地元に恩返ししたいという気持ちもあります。」

      2024年度は約6000人が参加し、そのうちインバウンドは約2500人。2025年度は、日本人よりも外国人の比率が高くなると予想されています。

      海外展開への挑戦

      いっぽうで、海外市場への展開にも挑戦中。ベトナム、タイ、中国、台湾といったアジア地域の他、オーストラリアなどでバイヤーが多数来場する展示会に出展しています。その活動をサポートしてくれているのは、国税庁です。

      「我々酒蔵の監督官庁は国税庁で、技術指導のほか、海外展開の支援として補助金や消費税の免税などの制度を使わせてもらっています。実際には、国内で日本酒のニーズが減っているので、海外に活路を見出そうという方針なのでしょう。職員の方からは『良いお酒を造って需要を増やし、日本酒の文化を守りましょう。困ったことがあったらなんでも相談してくださいね』とお声かけをいただいています。」

      海外専用商品「佐々木ゴールド」(純米大吟醸)

      2024年には海外専用ブランド「SASAKI」を立ち上げました。ネーミングやラベルデザインを監修したのは、京都発のテキスタイルブランド「sou・sou」の若林剛之氏です。

      「若林さんからは『シャネルやルイ・ヴィトンといったメゾンはブランド名に創業者の名前を掲げている。海外では日本酒を『SAKI』と表記することがあるが、SAKEとSASAKIは発音が似ている。これから頑張って、 日本酒の代名詞を『SASAKI』にしていこう』と励まされました」。

      海外専用商品「佐々木ブラック」(純米吟醸)

      「SASAKI」は、料理と合わせやすい純米吟醸と、フルーティな香りですっきりとした味わいの大吟醸の2種。どちらも海外専用のプレミア商品のため、日本国内で入手できるのは関西国際空港出国後の免税店のみ。日本で飲むことができないのは残念ですが、海外で出会ったらぜひ楽しみたいですね。

      最後に、晃さんに今後の展望をうかがいました。

      「私たちがもっとも大切にしていることは良いお酒造りを続けること、日本酒文化を守り続けること、そして地域の歴史を繋いでいくこと。そのために『京都洛中酒蔵ツーリズム』や海外展開を通して、日本酒や西陣地域のファンを1人でも増やしたいと思います。」

      佐々木酒造
      京都府京都市上京区北伊勢屋町727

      公式ウェブサイト(外部サイトへ移動します。)https://www.jurakudai.com/