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札幌がアートを育てはじめた場所。40年目の「芸術の森」を、歩いてみる。

札幌がアートを育てはじめた場所。40年目の「芸術の森」を、歩いてみる。

北海道札幌市

    2025.12.09 (Tue)

    目次

      札幌の中心部から車で約40分。静かな森に抱かれるようにして広がる「札幌芸術の森」は、1986年の開園以来、アートと自然と人をつなぐ場所として、40年近くにわたり市民に愛され続けてきました。“創造性をまちづくりの軸にする”という今でこそ当たり前となった視点を、札幌がいち早く行政レベルで掲げた背景には、札幌青年会議所の若者たちの熱意がありました。今回は、札幌芸術の森という公共文化施設がどのようにして生まれ、いかにして地域の創造活動を支えてきたのか。その軌跡をたどります。

      市民の声が生んだ、アートと共に生きる拠点

      札幌芸術の森の原点にあるのは、1977年、札幌青年会議所の若手経営者たちを中心に提言された「札幌アートパーク構想」です。「芸術を市民のものに」「創造性の基地」といったビジョンを掲げ、当時の市政に対して新しいまちづくりの方向性を提案しました。

      北海道・札幌にゆかりのある近現代美術をコレクションの中心とし、多彩な特別展を開催している「札幌芸術の森美術館」。

      この動きを受け、当時の板垣市長が応え、市が本格的に整備を開始。15年をかけて段階的に広がったのが、現在の札幌芸術の森です。

      「札幌アートパーク構想」を札幌市にプレゼンテーションした際のスライドも大切にデータ化されている。

      「1972年の札幌冬季オリンピックに向けて急速にインフラ整備が整ったものの、その後のオイルショックにより当時の札幌は低成長時代に。そんな中、街のブランディングの次なる一手として注目されたのが、芸術や文化を中心としたまちづくりだったのではないか思います。」と語るのは、札幌市芸術文化財団 市民交流プラザ事業部のセンター事業担当部長の右谷誠さん。

      札幌市芸術文化財団 市民交流プラザ事業部のセンター事業担当部長の右谷誠さん。

      市民の声と行政のビジョンが交差して生まれたこの施設は、今も札幌における文化政策の象徴としての存在感を放ち続けています。

      野外に広がる、74点の彫刻との出会い

      札幌芸術の森のハイライトともいえるのが、屋外に広がる「野外美術館」です。ダニ・カラヴァン、グスタフ・ヴィーゲラン、安田侃、砂澤ビッキといった国内外の著名作家の作品74点が、自然の風景に溶け込むように点在しています。

      広大な野外美術館のマップ。74点の作品を巡る散策は、訪れるたびに新しい発見がある。

      「雪が降り積もると、作品の周囲が自然にレフ板のような役割を果たし、ふだんよりも彫刻が鮮明に見えるんです。同じ作品でも、季節や時間帯によって見え方がまったく変わる。それがこの場所の面白さです。」と話すのは、本郷新記念札幌彫刻美術館 館長の吉崎元章さん。芸術の森の立ち上げ当初からこの場を知る一人です。

      芸術の森の開園当初を知る、本郷新記念札幌彫刻美術館の館長・吉崎元章さん。

      彫刻作品は、札幌の気候や地形に合わせて制作されており、“室内ではなく外でこそ生きる”という作家たちの信念のもと、自然との対話を前提に構成されています。彫刻が“環境とともに呼吸している”ような、不思議な感覚を味わえるのは、ここならではの体験です。

      ダニ・カラヴァン氏・作「隠された庭への道」

      内田晴之氏・作「異・空間」

      福田繁雄氏・作「椅子になって休もう」

      新宮晋氏・作「雲の牧場」

      砂澤ビッキ氏・作「四つの風」。朽ちていく過程もアートとなる。

      つくる、学ぶ、育てる。創造の土壌として

      札幌芸術の森は“見る”だけでなく、“つくる”ことに開かれた施設でもあります。陶芸、木工、ガラス、染色、版画などのジャンルに応じた市民向けの創作工房では、単発のワークショップから日数をかけてじっくり制作する講座までを用意。誰でもアート制作を体験できる場として機能しています。

      木工房は、木工用の工具を一式備えた工作室と、専門的な制作・加工が可能な機械加工室を備えており、個人やグループでの利用が可能。

      佐藤忠良記念子どもアトリエは、札幌にゆかりの深い佐藤忠良の彫刻・素描作品を展示するギャラリーと子どもたちの感性を育てるワークショップルームを備えた施設。

      アートホールでは大小さまざまなリハーサル室の深夜利用も可能。野外ステージでは大規模な音楽イベントが開かれるなど、プロ・アマ問わず多様な芸術活動を支えるインフラとして、地元のクリエイターたちにとっても欠かせない存在です。

      音楽、ダンス、演劇などの練習、リハーサル、発表会、イベントまで多目的に利用できるアートホール。

      また、若手のプレーヤーの育成の場ともなっており、2000年に開校した「札幌ジュニアジャズスクール」や、1988年から続く「バレエセミナー」など、次世代の創造力を育むための継続的な教育プログラムも充実。パリ・オペラ座など一流の講師陣による指導を受けられることもあり、全国から受講者が集まります。

      「ここで育った子どもたちが、世界に羽ばたいていく姿を何人も見てきました。」と語る右谷さんの言葉には、文化の継承地としての誇りがにじみます。

      クラフト工房では工芸分野の講習会が受講できる。予約不要の制作体験、団体向けの講習会も開催される。

      サステナブルな公共文化施設としての好事例

      全国的に見ても、ここまで総合的かつ持続的に運営されている公共文化施設はそう多くはありません。札幌芸術の森は、文化行政における好事例の一つとして、他都市からも注目を集めています。

      札幌芸術の森の入口にはシンボルアートの伊藤隆道氏・作「空と地の軌跡」がある。

      その理由の一つが、市民との“距離の近さ”です。教育プログラム「札幌ハローミュージアム」では、市内のすべての小学校を対象に対話型鑑賞を実施。芸術を「知識ではなく、感じるもの」として伝える試みが、子どもたちの中に静かに根を張り始めています。

      「“芸森(げいもり)”という愛称が自然発生的に定着したことも、市民に親しまれている証拠だと思っています。」と語る吉崎さん。40周年を控えた今、施設では広報戦略の見直しや野外美術館での体験型イベントなど、次の時代を見据えたアップデートも進めています。

      都市戦略の中核としての“創造の森”

      札幌市が2006年に掲げた「創造都市宣言」や、2013年のユネスコ創造都市ネットワークへの加盟(メディアアーツ都市)など、市は一貫して文化芸術を都市戦略の軸としています。

      芸術の森の歴史について語り合う右谷部長(左)と吉崎館長(右)。

      札幌芸術の森は、その文化インフラの中核として、芸術祭の連携展示や作家との共同制作、メディアアートとの接点づくりなど、多様な形で機能し続けています。

      「芸術の森は、地域の作家とともに、札幌という土地の雪や光、風景を活かした創造活動に取り組んでいます。それが、この場所の“確かな土台”になっていると感じます。」と吉崎さん。

      自然の中で出会う、余白の時間

      そして、もう一つの魅力が“余白の時間”です。自然の中でアートを観て、感じて、歩く。レストランやショップも併設し森を抜けるエゾリスを眺めながら、心身をリセットするひとときを過ごせます。

      ナイジェル・ホール氏・作「池の反映」(左)、新妻實氏・作「目の城’90」(右)、下田治氏・作「ダイナモ」(中)。

      ボランティアガイドによる対話型鑑賞も人気で、作品の背景や作家とのゆかりなど、一期一会のやりとりが、アートとの距離をぐっと近づけてくれます。

      札幌芸術の森が育んできた“創造の土壌”は、今もなお、市民とともに育ち続けています。ここでしか出会えない“響き合い”を、ぜひ一度、体験してみてください。

      グスタフ・ヴィーゲラン氏・作「トライアングル」

      朝倉響子氏・作「ふたり」

      ライモ・ウトゥリアイネン氏・作「昇」

      札幌芸術の森

      公式ウェブサイト(外部サイトへ移動します)https://artpark.or.jp/