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伝統をブラッシュアップし、未来へつなぐ。壬生寺 貫主・松浦俊昭さんが愛用する「SOU・SOU」の作務衣とコート

伝統をブラッシュアップし、未来へつなぐ。壬生寺 貫主・松浦俊昭さんが愛用する「SOU・SOU」の作務衣とコート

京都府京都市

    2026.02.12 (Thu)

    目次

      京都には、長く愛される“ええもん”があります。それは形あるモノに限らず、土地に根づいた美意識や、丁寧に暮らす人の姿勢そのもの。この連載では、そんな「京のええもん」をよく知る京都の人々に、愛用品やその魅力を語ってもらいます。平安時代創建の古刹(こさつ)・壬生寺(みぶでら)の貫主(かんす)であり、奈良・唐招提寺の副執事長も務める松浦俊昭さん。寺院の運営だけでなく、各地での法要、日本文化を繋ぐ海外活動にも尽力する松浦さん。松浦さんが日々でまとうのは、京都のテキスタイルブランド「SOU・SOU」の作務衣(さむえ)とコートです。

      松浦俊昭さん

      プロフィール:1967年、京都市生まれ。壬生寺の貫主。唐招提寺の副執事長。壬生寺で生まれ育ち。龍谷大学大学院文学研究科修了後、高野山で修行。平成9年より壬生寺の塔頭(たっちゅう)、中院(ちゅういん)の住職を務めている。現在は壬生寺の貫主として寺院を運営。イタリアやスリランカでの日本文化交流活動、東日本大震災の被災地での法要など、国内外での社会活動にも積極的に取り組んでいる。

      愛用品:「SOU・SOU」の作務衣、コート

      平安期に創建、新選組とのゆかりが深い壬生寺

      京都市中京区にある壬生寺は、平安時代に創建された律宗の古刹です。三井寺の僧が地蔵菩薩を安置して堂を建てたことが起源とされています。寺の近隣は新選組の屯所(たむろじょ)があった場所。沖田総司が境内で子供たちを集めて遊んだ、相撲興行を行った、寺の法生池で魚やスッポンを捕って料理した、といった逸話が残っています。境内には新選組の墓所、壬生塚があり、隊長・近藤勇の胸像と遺髪塔、隊士11名の墓が祀られています。

      松浦俊昭さんは貫主として、この歴史ある壬生寺を運営しています。貫主とは寺院を運営する、いわば“住職”の役職です。

      「律宗は、法要については決まり事がありますが、実践についての決まった作法がありません。他宗である真言宗で行を積むのが習わしとなっています。ただどこに行くかは行者の意志で決められます。ここに行かなくてはならないという決まりはありません。」

      松浦さんにとって、仏教の教えを守ること、歴史や伝統をつなぐことにおいて、“守り続けること”と“変えていくこと”のバランスはどこにあるのでしょうか。松浦さんの想いと活動、そして愛用品を通して、その答えを紐解いてみました。

      “伝統技術の継承”を掲げ、壬生狂言の衣装を復元

      壬生寺では毎年春、秋、節分に、国の重要無形民俗文化財である壬生大念佛狂言(以下、壬生狂言)が行われています。壬生狂言は鎌倉時代から約800年の歴史を持つ、セリフのない劇です。

      2024年、松浦さんは壬生狂言の衣装を復元新調するプロジェクトをスタートさせました。松浦さんが重視したのは、100年先を見据えた伝統技術の継承です。そのため、プロジェクトチームは30〜40代の職人メンバーで結成されました。織物は西陣織職人、染め物は型染め職人、デザインは日本画家・諫山宝樹(いさやま・たまじゅ)さんが手がけています。諫山さんは2024年のNHK大河ドラマ「光る君へ」の衣装デザイン、NHK連続テレビ小説「ばけばけ」の日本画指導を担当した日本画家です。

      松浦さんが職人たちに伝えた言葉は「かたよらない、こだわらない、とらわれない」。

      「般若心経には『無』という字が多く出てきます。『無』とは“かたよらない、こだわらない、とらわれない”ことで、人は真ん中を走ることができるという教えです。衣装の復元には、昔のものとまったく同じものを作るというイメージがあるかもしれませんが、以前のものを超える衣装を作らないと、現代における復元の意味がないと思っています。私は、職人さんの知識や技術を最大限に活かし、それらを次世代につなぐため、“真ん中=かたよらない”という『無』の精神を大切にしました。」

      松浦さんは職人に衣装復元を的確に依頼するため、生地の特性を勉強しました。もとの衣装は木綿生地でしたが、質感や強度、演者の動きやすさを重視し、麻生地を採用。諫山さんは、衣装を床に広げた状態ではなく、着用したときの柄の見え方を意識してイチからデザインを描き直したのだそう。「復元=再現ではない」という松浦さんの想いと若手職人の力を総結集して出来上がった復元衣装は、2025年春の公演でお披露目されました。

      国内外を飛び回り、仏教精神と日本文化を伝える

      松浦さんは国内外での社会活動にも精力的です。毎年3月11日14時46分には、東日本大震災の被災地である気仙沼で法要を執り行っています。

      「津波で亡くなられたご主人が見つかった場所で、お店を再興された奥様がいらっしゃいます。そこにお地蔵さまとお社をお送りし、毎年、現地の方々とご供養しています。」

      イタリア・フィレンツェの寺院・真如寺の尼僧、アンナ・マリア・マッラーディさんとは20年以上にわたり交流があります。2025年は現地に赴き、世界平和と、京都とフィレンツェの友好親善を祈り、京都の夏の民俗行事・地蔵盆を営みました。

      ここ数年は、11月にスリランカの日本語学校を訪問しています。

      「子どもたちに聞くと『書道はYouTubeで学んでいる』『お茶会という言葉は知っているけれど何をするものかはわからない』と話していました。子供たちは日本語を学んでいるけれど、生の日本文化を知らなかったんです。私は毎年、地蔵盆の行事を行うほか、書道教室やお茶会も開催しています。スリランカでの文化活動は、私のライフワークのひとつです。」

      寺院の作業にも、よそ行きにも。日常を支え、生業を引き立てる「SOU・SOU」の作務衣

      松浦さんが日常的に着用しているのが、作務衣。作務衣を選ぶときの基準は、何よりも丈夫さです。松浦さんの趣味はDIYで、境内のフェンスや看板は自作。庭木の剪定、草むしりも自身で行うため、地面に膝をついても破れにくい耐久性が必要なのだとか。松浦さんは京都のテキスタイルブランド「SOU・SOU」の作務衣を3枚ほど所有。この日の作務衣は、若林さんから贈られた冬用のもので、特に愛着がある一着です。

      「街中で行われる会合にも着ていきます。スーツにネクタイ姿でもいいのですが、作務衣なら自分の生業(なりわい)を否定せずにいられる。『SOU・SOU』の作務衣はスーツと同様の風格があるので、よそ行きにもぴったりです。」

      「SOU・SOU」の作務衣は、一般的なものとは異なる工夫が凝らされています。まず注目したいのは、襟元のスタンドカラー。

      「通常の作務衣は襟元がVの字に開いているので、下に襦袢(じゅばん)のような白衣(はくえ)を着なければなりません。こちらは襟元が閉まっているので、白衣でなく動きやすいカジュアルなTシャツなどを着込むことができます。」

      袖は、筒袖の袖口を糸で留めたデザイン。動きやすさと、和装の美しさが両立しています。

      「生地はワッフル地のような質感。通常の作務衣では使われないものですね。品のある質感で、洗濯機で洗えるのもうれしいポイントです。」

      冬の外出時は「SOU・SOU」のコートが定番。袖丈が長めなので、作務衣の上から着ることができます。スタイリッシュなデザインで、洋服の上から羽織ることもあるのだとか。

      「付属のベルトは取り外して、すっきりとしたシルエットで着るのが好きです。和と洋のどちらにも対応できるのは、さすが『SOU・SOU』だなと感じます。」

      伝統×現代を融合させた、「SOU・SOU」のコンセプトに共感

      松浦さんが大切にしているのは、修行の本質です。

      「修行という文字は、修理の“修”と、行くの“行”で成り立っています。修行とは、何かを極めるための苦行だけではなく、修理しながら先に進むことだと私自身は解釈しています。人間は生きていれば、必ず失敗します。失敗することは決して悪いことではありません。心がけたいのは、その失敗を繰り返さないようにすること。これまでと同じやり方だとまた失敗してしまう。だからこそ新しいエッセンスを加え、取捨選択をし、自らを直し、具現化し、前に進む。これこそが『修行』だと思っています。」

      そう話す松浦さんは、「SOU・SOU」のコンセプトにも深く共感しています。

      「着物も作務衣も、昔のままのスタイルだと先細りしてしまうでしょう。『SOU・SOU』は伝統的な和装をベースに現代的なデザインを取り入れることで、若い人たちからも愛されています。作務衣については、お坊さんの普段着をブラッシュアップすることで、幅広い層の方々が着ていると聞いています。職人さんの技術を活かし、伝統を現代、そして未来につないでいる、その姿勢がとても好きです。妻も『SOU・SOU』の大ファンで、バッグなどを使っていますよ。」

      松浦さんの「新しいエッセンスを加えながら、前に進む」という哲学が「SOU・SOU」の作務衣とコートに重なります。

      壬生寺のオリジナル品は、すべて京都メイド

      壬生寺の境内にある売店には、京都メイドの品が数多く並んでいます。聖護院八ツ橋は壬生寺のオリジナルパッケージ。前田珈琲のコーヒーは、松浦さんが自身でブレンドを手がけました。ほかにもストラップ、マスキングテープ、シールといった新選組グッズなどが販売されています。

      こちらは「SOU・SOU」とのコラボレーションで誕生した水筒です。壬生寺の菊の紋、桜の紋、そして新選組の段だら模様を配置。「SOU・SOU」のロゴマークと壬生寺のマーク、そして創建年を表す「since 991」の文字も記されています。

      「壬生寺オリジナル品のほぼすべてが京都メイドです。その理由は、京都だからといって選んだのではありません。いいものを選び抜いていった結果が、京都メイドだったんです。京都には、“ほんまもん”を知っている職人さんが多い。手を抜けない、抜かない、“ほんまもん”しか作れない。そんな職人さんが集まっているのが京都の街。私は先ほど申し上げたように、常々『かたよらない、こだわらない、とらわれない』と話していますが、京都メイドに関してはこだわりを捨てきれずにいます(笑)。京都の職人さんの伝統技術を活かした品々は、観光や参拝のお客様からとても喜ばれています。」

      1000年以上の歴史を刻み続ける壬生寺で、松浦さんは「私はこの時代において、寺院をお預かりしているだけ。次の世代につなぐ役割を精いっぱい努めています」と語ります。古刹の重みと現代的な軽やかさの共存は、「SOU・SOU」が提案する「伝統と革新の融合」そのものだといえます。

      SOU・SOU

      公式ウェブサイトhttps://www.sousou.co.jp/