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連帯が育む文化の土壌。C.A.P.が体感する、神戸と外国のオープンな交わり

連帯が育む文化の土壌。C.A.P.が体感する、神戸と外国のオープンな交わり

兵庫県神戸市

    2026.02.16 (Mon)

    目次

      目的を持たず、ただ面白いと思うことを実験し続ける。1995年の阪神・淡路大震災の直後、フランスのアーティストたちからの連帯の呼びかけに応答した「C.A.P.(芸術と計画会議)」。30年以上にわたる活動から見えてくるのは、神戸という港町が持つ文化的な開放性と、“扉を常に開けている”という姿勢が生み出す豊かな交流でした。

      連帯から始まった、アーティストコミュニティの誕生

      神戸市中央区山本通、異人館が並ぶ北野エリアから程近い丘の上にある「海外移住と文化の交流センター」。1928年に建てられたこの建物で、C.A.P.は活動拠点を構えています。

      C.A.P.が誕生したのは1994年。神戸の旧居留地にあるアーティスト・杉山知子さんのアトリエで、11人のアーティストが集まって「これからの美術館」という提案書を作成したことから始まりました。しかし、翌1995年1月、阪神・淡路大震災が発生。美術館の計画は消えてしまったものの、C.A.P.というコミュニティは続いたのです。

      2023年からC.A.P.のリーダーを務めている築山有城(つきやまゆうき)さん。

      その年の春、フランスのマルセイユで「アクト・コウベ」という動きが起こりました。被災した神戸のアーティストたちへの連帯の意思を示すため、約150人のアーティストが集まり、2か月間にわたってイベントを開催。集まった義援金をどこに届ければいいか確認するため、発起人であるコントラバス奏者バール・フィリップスがまだ電車も動いていない神戸を訪れたといいます。そのフランスからの連帯への応答として、1995年10月、C.A.P.は初めてのアートパーティを開催しました。この出会いが、C.A.P.の国際的な活動の原点となったのです。

      使われなくなった建物が生まれ変わった場所、「100人大掃除」から

      現在C.A.P.が拠点とする「海外移住と文化の交流センター」は、かつて南米ブラジルへ渡る人々が神戸港から船出する準備をしていた場所です。「船の底で長旅になるので、狭い空間に慣れるために天井が低めに作られているんです」と、現在代表を務める築山有城(つきやまゆうき)さんが説明してくれます。

      この建物は長らく使われていませんでしたが、1999年11月3日、C.A.P.による「100人大掃除」が実施されました。参加費1500円を払った135人もの市民が、アーティストたちと一緒に建物や一帯を大掃除。そこから「190日間の芸術的実験」と銘打たれたプロジェクトが始まり、スタジオ、ギャラリー、カフェなどが次々と生まれていきました。

      計画を立てて実行するのではなく、実験しながら進んでいく。この姿勢が、C.A.P.の活動の核となっています。

      1999年11月3日、文化の日に行われた「100人大掃除」の際の記念写真。

      「扉は常に開いている」制作の現場を公開する試み

      4階には12部屋のパーソナルスタジオがあり、それぞれの部屋でアーティストが制作活動を行っています。特徴的なのは、すべてのスタジオが扉を常に開けているということです。築山さんは、この取り組みの意図をこう説明します。

      「ギャラリーや美術館で作品を見ても『よくわからない』と感じて帰ってしまう人は多いと思います。作品だけを見せるのではなく、普段どういう制作過程を経て作品が完成しているのかを公開することで、アーティストと鑑賞する人の距離を近づけたいんです。」

      築山さん自身も彫刻家であり、かつてこのスタジオで制作していた卒業生。入居してから人とのつながりが爆発的に広がったと当時を振り返ります。扉を開けて制作するこの場所では、市民の方々との交流が自然に生まれていきます。来訪者はアーティストと直接話ができ、制作の過程を間近で見ることができるのです。

      スタジオのほかに、アートスペースが3箇所設けられている。

      3月にスタジオを卒業する予定の染色家・池田圭さんの展示。

      なかなか目にすることのないアーティストの制作過程も展示することで、作品をより深く感じられる。

      「言い方が合っているかわからないですけど、ここは『アーティストの動物園』なんです。」と築山さんは笑います。一生懸命制作しているところを見られる。作った本人と直接話ができる。それは、アートを特別なものではなく、日常の延長線上にあるものとして感じてもらうための実験です。

      20年以上継続しているという「アート林間学校」での作品「COCOCOCOCO」。潤井一壮さんと的場健太郎さんが市民とともにつくった。

      ステンレス製のクッキー型からできている作品。

      神戸は「自由で、好きなことができる街」

      C.A.P.の最近の活動の一つに、2025年に制作した『スーパーゴッホゴッコカー』というプロジェクトがあります。2025年9月から2026年2月にかけて神戸市立博物館で行われたゴッホ展の関連イベントとして、どこでもゴッホになれる移動式の屋台をメンバー6人で制作しました。完成した装置は想像以上に大きく、運搬用の車両に積むのが困難でした。

      「作ってしまったので、解体して運ぶのが大変。それなら『押していこう』ということになったんです。」

      大きなリアカーに装置を載せて、C.A.P.から大丸神戸店、神戸市立博物館周辺を練り歩きました。

      背景の絵は神戸の市章山を夜のカフェテラス風に仕上げ、参加者は赤い髭や麦わら帽子などでゴッホに扮装し、その場で記念撮影ができる仕組みです。関西らしいブラックユーモアに溢れた企画に、道行く人々も足を止めて参加してくれていたといいます。

      印象的なのは、このプロジェクトがチーム制作だったこと。基本構想を考えたメンバー、土台を作った築山さん、絵を描いたメンバーなど、それぞれの得意分野を活かして一つの作品を作り上げました。しかも、直接顔を合わせることなく、それぞれが継ぎ接ぎしながら進めていったそうです。

      「スーパーゴッホゴッコカー」メンバーの一人であるアーティスト・マスダマキコさん(写真右)が衣装を、同じくメンバーのマスダケイコさんが顔ハメパネルを作成したのだそう。

      「よくも悪くも『ほっといてくれる』市民性というか。神戸は好きなことが自由にできる街だと思っています。」

      明治の開港以来、神戸は外国人居留地を中心に多様な文化が混在してきた歴史があります。居留地にはモスクもあれば教会もあり、いろんな国の人々が暮らしてきました。港町として人の出入りが激しく、出会いと別れを繰り返してきた土地柄が、「来たんだね、楽しもう」「帰るんだね、またね」というライトな距離感を育んできたのです。

      自然発生的に広がる、国際的なつながり

      築山さんがC.A.P.と出会ったのは2006年。当時住んでいた京都から神戸に戻ってくるタイミングで、大学の先輩に連れられてミーティングを見学に来たそうです。

      「その時にアイルランドとアーティストを交換する『リュックサックプロジェクト』の話が出ていて、海外なんて行ったことなかったのに思わず『はい!』と手を挙げてしまった。そこから運命が動き出しました。」

      作品を郵送すると関税がかかるため、アーティストがリュックサックに作品を入れて直接交換するというプロジェクト。1年後、築山さんは実際にアイルランドに渡りました。また、来日したアイルランドのメンバーとは、神戸で有馬温泉や防災記念館を訪れるなど、交流を深めたといいます。

      こうした国際交流は、最初のフランスとの連帯から始まり、自然発生的に広がっていきました。現在も世界各地のアーティストコミュニティとつながりを持ち、海外からのアーティストを受け入れたり、神戸から海外のコミュニティに出かけて活動したりしています。

      30年以上の歴史の中で築いた信頼関係から、国内外を問わずさまざまなプロジェクトの相談が絶えないそう。

      目的を持たないからこそ、オープンでいられる

      C.A.P.の名前は「カンファレンス・オン・アート・アンド・アートプロジェクツ(芸術と計画会議)」の略。最初は11人のアーティストが集まって話すところからスタートした会議体で、今も月1回集まって直近の課題などを話し合っています。メンバーは毎年変わりますが50人前後。約8割はアーティストですが、会社員やアートファンの方もいるといいます。

      「アーティストだけで話していると見えないこともたくさんあるので、別の角度からの意見もフラットに協議しながら進んでいます。」

      芸術祭「神戸六甲ミーツ・アート2025」で展示したという “架空の地図”の作品。さまざまなの国の地図をちぎってコラージュしたものだ。

      築山さんは、C.A.P.の活動を「アーティストを支援する団体」や「アートで地域を盛り上げるもの」とは少し違うと説明します。

      「それぞれアーティストが自分のできる範囲で自分の身の回りの環境を変えていく、考えていくというコミュニティです。アーティスト自身が問題と感じていることを、無理をしない範囲でなんとか変えていけないだろうかという意識で活動しています。」

      実験しながら進む、C.A.P.のこれからの展望

      「目的を決めずに実験しながら進んでいくのが、ドキドキワクワクするやり方だと思います。」

      築山さんはこれからも面白いと思ったことを実験し、アーティスト以外の人とも協力しながら、新しいことにチャレンジしていきたいのだといいます。C.A.P.の30年を振り返ると見えてくるのは、「〜のために」という目的を掲げて作られたものではなく、面白がり、実験し、連帯する中で結果的に生まれてきた文化です。

      明治の開港から続く神戸の開放的な土壌と、そこに集まる人々のライトな距離感。その上で扉を開け続けてきたC.A.P.の30年が、神戸らしい文化の混ざり合いを育んできました。そして今日も、新しい実験が続いています。

      C.A.P.

      公式ウェブサイト(外部サイトへ移動します) https://cap-kobe.com/