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「シェアする」ことで広がるコーヒーの未来。開かれた焙煎所のかたち

「シェアする」ことで広がるコーヒーの未来。開かれた焙煎所のかたち

東京都墨田区

    2026.03.13 (Fri)

    目次

      2021年、コロナ禍の逆風の中で誕生したBERTH COFFEE ROASTERY Haruは、「シェアロースター」という新しいかたちで、コーヒー文化の裾野を広げようとしています。ものづくりの街・押上で、若き焙煎士はなぜ“開かれた焙煎所”を選んだのか。街とともに育つ5年目の現在地を紐解きます。

      ものづくりの街で見つけた、風の通る場所

      押上駅から約10分、スカイツリーがまっすぐに視界に飛び込んでくるタワービュー通り沿いに、BERTH COFFEE ROASTERY Haru(以下、Haru)はあります。

      2012年のスカイツリー開業に合わせて整備されたタワービュー通り。

      墨田区は古くから“ものづくりの街”として知られてきました。金属部品を作る職人、革細工の工房、小さな印刷所。今もそうした人たちがこの界隈で働き、暮らしています。Haruの常連にも、近所の工場で部品を作る職人さんがいるといいます。

      「この場所は、偶然のようで必然でした。」と語るのは、BERTH COFFEE事業責任者を務める西村さん。

      BERTH COFFEE ROASTERY Haru の事業責任者を務める西村結衣さん。

      Haruを運営するBackpackers’ Japanは、東日本橋のCITANや蔵前のNui. HOSTEL & BAR LOUNGEなど、東京の東側を中心に店舗を展開してきました。各店舗に届けるコーヒー豆を自分たちで焙煎するため、新たに焙煎所を構えることになり、同じエリアで物件を探し始めたといいます。そんな中、同社の役員がたまたまこの通りを走っていたときに今の店舗を発見したそうです。

      「もともと、飲食不可の物件だったんです。でも、上に住んでいる大家さんが『コーヒーなら好きだからいいよ』と言ってくださって。」(西村さん)

      決め手になったのは、会社が大切にしてきた“風通しのよさ”という価値観でした。大きな窓があり、空気の抜け感がある。通りから店内が見え、ふらっと入りやすい。墨田区には焙煎所がいくつかあるのですが、隅田川が近く風の流れがあるため、煙が抜けやすいのだとか。大きなチェーン店ではなく、個人の焙煎所が根付く土壌が、この街にはありました。

      2021年4月29日、Haruはオープンしました。

      「生きるように働きたい」コーヒーの道を選んだ理由

      茨城県出身の西村さんがコーヒーの世界に足を踏み入れたのは、東京の大学に通っていた19歳のときでした。あるコーヒーショップで開催されたセミナーで、アフリカ系と中南米系のコーヒーを飲み比べたことがきっかけです。

      「酸味や質感、フレーバーによって、こんなにも味の印象が違うのかと驚きました。そこからコーヒーの奥深さに惹かれていったんです。」(西村さん)

      実家はホテル経営、親戚はケーキ屋。小さい頃からおいしいものに囲まれて育った西村さんは、ワインや紅茶の資格も取得しましたが、最終的に選んだのはコーヒーでした。理由のひとつは、生産者を取り巻く現実です。

      「コーヒーの生産者には貧困という現実がある。そのギャップを社会的によくしていけるんじゃないかと思ったんです。仕事としてやる価値があるなと。」

      「卒業後に好きなコーヒー屋で働くために、大学時代は焙煎セミナーやカッピング会に通い続けました。」(西村さん)

      西村さんは一般企業への就職活動も経験しましたが、インターンの時点で「自分には合わない」と悟ったそうです。

      「24時間のうち8時間は働くわけですから、好きなことでないと続かない。生きるように働きたい、という感覚がずっとありました。」

      働きたいカフェに履歴書を持ち込んでは断られる日々。卒業間近、偶然立ち寄ったNui. HOSTEL & BAR LOUNGEに応募し、採用されました。ホール担当でしたが、カッピング会で培った知識を活かし、次第に“一番コーヒーに詳しいスタッフ”として頼られる存在になっていきます。

      そして2020年、コロナ禍で会社が新規事業を模索する中、全スタッフ参加のブレインストーミングが行われました。50〜60ほど出てきたアイデアの中に「焙煎所」があり、立候補したのが入社2年目、24歳の西村さんでした。

      「根を張る」と「帆を張る」。シェアロースターという実験

      店名の「Haru」には「根を張る」と「帆を張る」という二つの意味が込められています。コーヒーの味や多様性を突き詰めながらも、風通しのよい開かれた焙煎所でありたい。その象徴が、「シェアロースター」という仕組みです。

      焙煎機を共有し、誰でも自分でコーヒー豆を焙煎できる。アメリカでは一般的ですが、Haruがオープンした当時、日本ではほとんど例がありませんでした。

      西村さんがこの仕組みにこだわった理由には、学生時代の経験があります。

      「大学生のとき、焙煎をしたいと思っても貸してくれる場所がなかったんです。『焙煎は職人がやるもので、素人がやっちゃいけない』という風潮があって。やっと見つけても1回2万円から。アルバイトの給料では手が出ませんでした。」

      導入したのは、アメリカの「ローリング」社製の焙煎機。熱を循環させて焼くため、CO2排出量が少なく味のブレも小さいのが特徴。

      「スペシャルティコーヒーをもっと広げたいという思いがあって。そのためには消費者を増やさないといけない。消費者を増やすには焙煎士を増やしたほうがいい。おいしいコーヒーを焼く人、自分の思想を持って焼く人がいれば、そこにお客さんがついてくる。シンプルな考えですけど、そう信じているんです。」

      内装のコンセプトは“山の麓の川沿いの研究所”。壁の下部をぐるりと一周する青いラインは川をイメージ。

      現在、シェアローストの枠はほぼ満席。自分のカフェを持つオーナーが週1回焙煎に来たり、趣味で家族に飲ませる豆を焼く人がいたり。大学生も焼きに来るそうです。かつての西村さんと同じような若者が、焙煎士への第一歩を踏み出す場所になっています。

      「初めに貸していた人が、どんどん独立して自分でお店を持つようになりました。『卒業生』みたいな存在がいるんです。すごくうれしいですね。」

      肌に触れる部分には、すべて木や天然素材を使っています。ゆったりと、風が通り抜けるような空間です。

      横川コーヒークラブ。街に生まれた小さなコミュニティ

      オープンしたばかりの頃、お客さんはまばらでした。そこで始めたのが、毎週土曜日の朝10時から開催するカッピング会。テイスティングを通じてコーヒーを学ぶこの会に、段々と地元の人たちが通うようになり、彼らは自然発生的に「横川コーヒークラブ」と名乗り始めたそうです。

      「YCCって呼んでいたんです。今はお店が混んできてできなくなっちゃったんですけど、また復活させたいなと思っています。」

      西村さん自身も、Haruのオープンと同時に墨田区に引っ越してきました。それまでは茨城の実家から始発電車で蔵前まで通っていたのです。

      「この土地に住むことで、この地区の人たちのことを理解できると思ったんです。自分が遠くに住んで店に通う感じよりは、家みたいな感覚で働けたらいいなと。あまり仕事とプライベートを分けないのが好きなんです。」

      西村さんからコーヒー豆の生産国の話を聞くうちに、国の文化に興味を持ったという常連のアーティストが制作したファイバーアート作品。マヤ文明の“結び目文字”にインスピレーションを得て、Haruのオープン日「2021年4月29日」が刻まれている。

      自分自身が街のいろいろな店に足を運び、常連になる。そうして顔見知りになった店主に「実はコーヒーショップをやっていて、今度一緒に何かやりませんか」と声をかける。コロナ禍で人と人とのつながりが薄くなった時期、西村さんは意識的に“縫い直す”ことを心がけました。隣同士に座ったお客さんを紹介したり、地元アーティストの展示を開催したり。

      コーヒーに関わるすべての人が誇れる世界のために

      2023年から、西村さんは生産国への買い付けに行き始めました。エルサルバドル、グアテマラ。現地の農園を訪れ、生産者と直接会います。最初は“遠くの国の遠い人”だった相手が、毎年顔を合わせるうちに関係が深まっていきました。今では家に泊めてもらうこともあるといいます。

      生産地・生産者たちのことをもっと知って欲しいという想いから冊子もつくられている。

      「毎年春頃に行くんですけど、いつもBBQのご馳走を振る舞ってくれて。『そろそろ来るだろうから、鳥を捕まえとく』なんて言ってくれるんです。日本からわざわざ来てくれることが、すごくうれしいみたいで。」

      各豆の説明が詳細に記されたポップ。豆の香りも試すことができる。

      Haruの豆のラインナップは、おいしさだけで選んでいません。毎年同じ生産者から買い続けることで、信頼関係を築いていく。今年うまくいかなくても、来年も再来年も買い続ける。常連客も、生産者の名前を覚えて「今年もこの豆をください」と言ってくれます。

      「コーヒーって、年に一度しか収穫できないんです。年に一度しか収入がない。来年売る相手がいるかどうかって、生産者にとってはすごく不安なこと。自分が毎年行って、『来年も買うよ』と伝えることで、安心してコーヒーが作れる世界を作りたいんです。」

      押上という“ローカル”と、中南米の農園という“ローカル”。二つの土地を行き来しながら、Haruは独自の立ち位置を築いてきました。パッケージには「コーヒーに関わるすべての人が誇れる世界に」というコンセプトと「1杯のコーヒーから旅が始まる」というメッセージが記されています。

      袋を作っているのは、近所に事務所を構える印刷会社。コンポスト可能な素材を使い、使用後は自然に分解できます。

      「この店は、ずっとここにあってほしい。冗談半分ですけど、今いるスタッフがおじいちゃんになっても立っていてほしいんです。常連さんも一緒に年を取っていって。昔の飲食店では当たり前だったことが、今は少なくなっている。そういう意味では、“今っぽくないお店”でありたいなと。」

      BERTH COFFEE ROASTERY Haru

      公式ウェブサイト(外部サイトに移動します)https://backpackersjapan.co.jp/berthcoffee/haru