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いい店がいい街を作る。蒲郡で描く、開かれた街の風景

いい店がいい街を作る。蒲郡で描く、開かれた街の風景

愛知県蒲郡市

    2026.03.25 (Wed)

    目次

      愛知県蒲郡市。三河湾に面する港町で、母校の目の前にある荒れた敷地を、喫茶店を中心とした小さな“村”に変えた人がいます。喫茶hirayaの店主・小田あきよしさん。「いい店がいい街を作る」という信念で外と地元をつなぎ続ける、13年目の現在地を訪ねました。

      母校の目の前で始まった、小さな“村”づくり

      蒲郡は、山と海に挟まれた東三河の港町です。バブル期には4つの温泉街を擁し、マイクロバスで団体客が押し寄せる観光地でした。そのにぎわいが遠のいた今も、豊かな自然と穏やかな暮らしのリズムはこの街に残っています。

      喫茶hirayaがあるのは、中学校のすぐ目の前。実はこの学校、小田さんの母校です。かつて生徒会長を務めた校舎を窓の向こうに眺めながら、毎日コーヒーを淹れています。開業した頃、ちょうど当時の学年主任が校長になっており、校長室から「お客さんが来るからコーヒー5つ」と電話がかかってくることもあったそうです。

      この敷地はもともと、小田さんの父親が管理を任されていた場所。13のガレージと2つの平屋が並ぶ一画は、長年手つかずのまま荒れ放題でした。父親に「お前がなんとかしてみろ」と言われた小田さんは、まずは敷地の整理に着手。ガレージや平屋にはまだ人が暮らしていたため、一人ずつ訪ねて回りました。小田さんが毎日、缶コーヒーを持って会いに行き、一緒に飲みながら話をした結果、住民全員が納得する形で退去。店づくりがスタートしました。

      旅の先々にあったコーヒー。地元に戻った理由

      蒲郡で生まれ育った小田さんが、最初から飲食の道を志していたわけではありません。愛知大学を卒業後、まずは塾講師として就職。3年間、全力で働きました。けれど心のどこかにはずっと、「自分の手で何かを作りたい」という思いがあったといいます。

      塾で働くかたわら、自分でハンドドリップのコーヒーを淹れるようになりました。豆屋で買った豆を丁寧に挽いて、一杯ずつ落とす。その時間の豊かさに、少しずつ惹かれていきます。退職後、貯めたお金で旅に出ました。

      「世界中どこへ行っても、コーヒーがあるんですよね。旅先でも日常でも、いつもそばにある。やっぱりこれだな、と思いました。」

      帰国後、日進市のカフェで約1年間修業。当初は名古屋で店を開くことも考えていました。けれど久しぶりに地元に戻り、山と海に囲まれた蒲郡の景色を改めて眺めたとき、迷いはなくなったといいます。

      「やっぱりめちゃくちゃいい場所だなと思って。ここでやろう、と決めました。」

      知っている人のもので満たす。途中のままの空間

      喫茶hirayaの建物は、もとは2軒続きの住居でした。畳の部屋、台所、風呂、勝手口。それらをすべて取り払い、ひとつの空間に作り替えていきました。

      図面はありません。「ここに段差をつけたいんだけど、どうすればいい?」と相談しながら、ホームセンターで材料を揃え、自分の手で組み上げていきました。大きな力になったのは、蒲郡で開催されるフェス「森、道、市場」の主催者。本業が建築業で、お互いの現場を3日ずつ手伝い合う“労働交換”で協力し合ったといいます。できない部分は、その人が連れてきた大工さんの手も借りて、9カ月で完成させました。

      「基本は『完成したらつまらない』というのが自分たちのテーマで。全部途中でいいんです。作りながら、死ぬ前ぐらいに完成すればいいかなと思っています。」

      店内を見渡すと、ひとつとして“買ってきただけ”のものがありません。窓の磨りガラスや木枠のサッシは、古い建物の解体現場を巡って集めてきたもの。ゆらゆらと揺れるガラス越しに差し込む光が、既製品にはない柔らかさを店内に落としています。

      豆が並ぶ棚や扉は、東京から蒲郡に移ってきた家具職人に依頼して作ってもらったもの。「知らない人のものは使いたくないんです。顔の見える人が作ったものに囲まれているほうが、気持ちがいいので。」

      靴を脱いで上がれる小上がり席。小さな子ども連れの家族も安心してくつろげるよう設けたそう。

      メニューにも同じ哲学が貫かれています。アイスクリーム、チーズケーキ、ガトーショコラ、すべて自分たちの手で作ります。開店当初はコーヒーだけの営業でしたが、「甘いものも欲しい」という声に応えて、レシピ本を頼りにチーズケーキを焼き始めました。以来13年、砂糖の量やレモンの加減、チーズの配合を少しずつ変え続けています。

      人気のチーズケーキ。「レシピの改良は、食べる人は気づかないかもしれない。けれど同じものを出し続けるのは性に合わないんですよ」と小田さんは笑います。

      最近の自信作は、コーヒーアイスクリーム。子どもにも食べてほしいからカフェインレスの豆を使い、エスプレッソをたっぷり効かせて、素材はできるだけシンプルに。知り合いの作家が焼いたエスプレッソカップに盛りつけます。

      コーヒー豆は約10カ国分をストック。商社とともにタンザニア、グアテマラ、ブラジルなどの農園を訪れ、生産者の暮らしに触れながら豆を選んでいます。

      「顔が見える人の豆を使うほうが、やっぱりテンションが上がるんですよね。農産物だから出来のよくない年もある。でも相手の顔を知っていると、今年はしょうがない、大事に使おうと思えるんです。」

      外から届く声が、街を変えていく

      小田さんには、店づくりに対して明確な考えがあります。

      「地元の人を喜ばせるだけでは、街は変わらないと思っています。県外からわざわざ足を運んでくれた人が『この店やばいね』『蒲郡やばいね』と言ってくれると、地元の人がそれを聞いて初めて、自分たちの街のよさに気づく。だからこの店は、外から来た人にも認めてもらえるよう、一切妥協せずに作ろうと決めました。」

      その姿勢は、少しずつ周囲を動かしていきました。開業して半年後、以前から声をかけていたカレー屋が敷地内に入ります。最初は「同じ敷地に飲食店が2つあるのはイメージが湧かない」と断られていましたが、一緒にイベントを開いた夜、「俺もここに入りたい」と言ってくれた。その半年後には服屋も加わり、今は3つの店が同じ敷地で営業しています。

      テナントを選ぶとき、小田さんが大切にしているのは、信頼できる人かどうか。同じ方向を向いている人でなければ、いい場所にはならない。「いつか入ってね」と声をかけて、時間をかけて関係を育てていきます。

      同敷地にある店・サンデースパイス。店名の通り、スパイスにこだわった本格スパイスカレーを提供。カレーを食べたあと、喫茶hirayaにコーヒーを飲みに……とはしごする人も少なくないそう。

      5年前には、この場所とは別に2号店・八百富珈琲(やおとみ)を開きました。こちらは地元の日常に寄り添う“駄菓子屋さんのような場所”がコンセプト。コーヒー豆の販売とテイクアウト、ドーナツとお菓子を扱い、目の前にある地元の人気スーパー・サンヨネの買い物帰りに親子が立ち寄る光景が日常になりました。サンヨネの社員有志による「コーヒー部」にドリップを教えに行ったり、学校の先生たち80人を対象にコーヒー教室を開いたりと、地域との接点はこの2号店を起点に広がり続けています。

      いい店がいい街を作る。この場所で続ける理由

      小田さんが大切にしている「いい店がいい街を作る」という言葉は、栃木県黒磯で独自のカフェ文化を築いたSHOZO CAFEに影響を受けたものだといいます。何もない場所にまず1軒の店ができ、その周りに人と店が集まり始め、やがて街の風景そのものが変わっていく。

      「蒲郡にも、もっとどんどん店ができてほしい。自分で何かを始めたいと思っている人がいたら、背中を押してあげたいんです。仲間が増えて、街に面白い場所が増えていかないと、自分たちの今後もないと思うので。」

      今後の構想を聞くと、穏やかな口調のまま、次々と言葉が出てきます。

      「仲間とピザ屋をやりたい。花屋も、パン屋も、床屋もほしい。敷地の真ん中を子どもが遊べる公園にしたい。カレーを食べて、コーヒーをゆっくり飲んで、服を見て、子どもは外で走り回る……そんな一日が過ごせる場所を夢見ています。」

      「客層は、半分の一見さんと半分の常連がちょうどいい」と小田さんは言います。外から来る人を蔑ろにしてもいけないし、地元の常連も大事にしたい。その両方があって初めて、この店は成り立っている。

      「楽しくないことは、やらないと決めています。お金のためにブレてしまうと、嫌な仕事ばかり増えていくから。好きな人と、楽しいことだけを続けていく。それがいちばん長く続く方法だと思っています。」

      子どもが生まれ、「この子が住みやすい街であってほしい」という思いも加わりました。自分が楽しいと思える場所を増やしていくことが、そのまま次の世代への贈り物になると信じています。

      中学校の前の荒れ地は、13年をかけて、カレーの香りとコーヒーの湯気が漂う小さな“村”になりました。公園はまだない。ピザ屋も花屋もまだない。けれど「完成したらつまらない」のだから、それでいい。缶コーヒー片手に始まった対話から、この場所は生まれました。今度は一杯のコーヒーから、次の誰かとの物語が始まります。

      喫茶hiraya

      公式Instagram(外部サイトに移動します)https://www.instagram.com/garagecoffeecompany/