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「ときめき」を届ける小さなコミュニティセンター。人と人とがつながるカフェ

「ときめき」を届ける小さなコミュニティセンター。人と人とがつながるカフェ

兵庫県神戸市

    2026.03.25 (Wed)

    目次

      2023年、神戸・花隈の雑居ビルの一室に誕生したpetalは、コーヒーを軸にしながら「コミュニティセンター」を名乗る小さなカフェです。元バレーボール選手という異色の経歴を持つ店主・南波美紅さんは、なぜこの街で“ときめきをチャージできる場所”を作ろうとしたのか。店名の「花びら」のように広がるつながりの輪をたどりました。

      花隈の路地裏で見つけた、自分だけの景色

      三宮から西へ少し歩いた花隈は、阪急花隈駅を中心に広がる小さなエリアです。大通りの喧騒からは離れているものの、古くから人が暮らし、個人商店が息づく下町の空気が残っています。近年は路面店ではない隠れ家的な小さなカフェや菓子店が点在し、わざわざ足を運ぶ人が増えている注目のエリアでもあります。

      petalがあるのは、そんな花隈の雑居ビルの2階。通りからは小さな看板が見えるだけで、初めての人は少し勇気がいる入口です。扉を開け、店内に入ると窓の向こうに花隈公園が見えます。かつてこの地にあった花熊城の名残を伝える城郭風の石垣と、その上にのぞく木々の緑。街なかの憩いの場として親しまれるこの公園は、春には桜が咲き、花見客でにぎわいます。

      「もともと路面店ではなく、ビルの上階にひっそりとあるような店に憧れていました。」という南波さん。公園が目の前にあること、大きな窓から光が差し込むこと、いくつもの条件が重なっての即決でした。
      通りすがりにふらっと入る店ではないからこそ、SNSで見つけて来る人、誰かに教えてもらって来る人、そして一度来たらまた訪れたくなる人が集まる。隠れ家を“見つけた”という小さな喜びが、この店への入口になっています。

      コートからカウンターへ。一杯のコーヒーが拓いた道

      南波さんの前職は、バレーボール選手。兵庫県出身で、小学校の頃からバレーボールひと筋。強豪校を経てプロチームに所属し、神戸を拠点にプレーしていました。バレーボールに全力を注ぐ日々の中で、社会人になって初めて生まれた“自分だけの休日”。その時間に足を向けたのが、カフェでした。

      「癒やしを求めてカフェに通ううちに、あるコーヒースタンドに何度も足を運ぶようになって。初めて『常連』になるという経験をしたんです。職場でも家でもない場所で、店主やほかのお客さんと何気ない言葉を交わす。そのコミュニケーションが、自分にはすごく心地よかった。」

      立ち飲みのカウンター越しに生まれる会話。その体験が、南波さんの人生を動かしました。カウンターの中に立つ人への憧れが芽生え、「バレーボールを引退したら、カフェの世界に飛び込んでみたい。」という気持ちが育っていきます。

      引退後、南波さんはまず、通い続けていた神戸のコーヒースタンド・FRANKのオーナーに相談。「まずはスターバックスで働いてみるといいよ。」というアドバイスを受け、スターバックスでアルバイトを始めます。ホスピタリティや接客の基本を2年かけて身につけた後、FRANKでコーヒーの技術を一から習得。バリスタとしての腕を磨くうちに、味づくりの核心は焙煎にあると気づき、焙煎の世界にも踏み込みました。

      「決めたことはやり切る、という感覚はあるかもしれません。目標に向かって突き詰めていくところは、アスリート時代と変わらないですね。」

      独立前には移動式の出店活動も経験。各地のマーケットに出店しながら、自分に合う場所や表現の仕方を探りました。けれど最終的にたどり着いたのは、「空間ごと、自分の手で作りたい」という思い。コーヒーの味だけでなく、インテリアや器、花など五感のすべてで包み込むような場所を作りたい。そしてもうひとつ、自分もみんなも帰ってこられる“居場所”をひとつ持ちたい。その願いが、2023年のpetal開店へとつながっていきます。

      “ときめき”をセレクトする場所

      店名の「petal」は英語で「花びら」という意味。南波さんが日常の中で大切にしている“ときめき”という感覚から生まれました。お店を始めるにあたって、自分は何にときめくのかを書き出していったとき、繰り返し登場したのが“花”だったといいます。

      「カフェだと分かる名前ではなく、『何のお店だろう?』と思ってもらえるくらいがちょうどいいなって。響きもかわいいし、自分の好きなものをそのまま名前にしました。」

      店内は木のぬくもりを基調とした空間。こだわったのは、座って飲める場所と立って飲める場所の両方を設けたこと。かつて自分が通ったコーヒースタンドのように、サッと立ち飲みで会話を楽しむスタイルも大切にしたかったといいます。

      一方で、窓際のカウンター席は、本を読んだり一人の時間を過ごすための静かな場所です。大きな窓の向こうには花隈公園の石垣。日当たりのいい日は柔らかな光が差し込み、開放的な空気が漂います。

      コーヒーは浅煎りを中心としたハンドドリップが一番人気。季節ごとに豆を選び、味わいを変えています。カフェラテには島根県の木次牛乳を使用。パスチャライズ製法で引き出された、牛乳本来の甘さとコクが軽やかな浅煎りのコーヒーにしっかり寄り添います。

      定番の人気メニューであるプリンは、近所の菓子店に依頼した少し固めのクラシックな仕上がり。自家製ではなく、南波さん自身が心から美味しいと思える作り手に託すのがpetalの流儀です。

      ベルリンのアーティスト・カコサトコさんによるマグカップ。ろくろを使わず、全て手びねりで作っているのでひとつとして同じ形のものはない。

      器も、南波さんの“好き”がにじむ要素のひとつ。メニューによって異なる作家の器を使い分けており、中にはベルリン在住の作家によるチェック柄のマグカップも。南波さんが開店前から憧れていたもので、petalで使い始めたことをきっかけに作家本人が来日時にポップアップを開催したこともあります。「この器で飲みたい。」という理由で足を運ぶ客もいるほどです。

      「自分がいいと思ったものだけをお客さんに届けたい。売れるから置く、ということは絶対にしません。その姿勢がお客さんとの信頼を作ってくれていると思うんです。」

      季節の花をあしらったオリジナルドリップパック。冬はブルーのチューリップ、春はポピーなど、花の色や質感がコーヒーの味わいを連想させる仕掛けに。デザイナーが手がけたオリジナルの巾着やトートバッグも販売。

      花隈に広がる、小さなつながり

      petalの扉を押すには少し勇気がいる。けれど、一度来た人は何度も戻ってくる。開店から丸3年、口コミで少しずつ輪が広がり続けてきました。最初はSNSで見つけて来る人が中心でしたが、年を追うごとに「人から聞いて。」という来店動機が増え、地域の人が日常的に通うようになりました。

      ロスフラワーを使った草木染めのカーテン。作家によるワークショップも開催した。

      客層は2、30代の女性が中心ですが、ご近所のファミリー層も多い。平日は子どもを送り出した後に夫婦で、休日は家族連れで。南波さんは常連の子どもたちの成長を間近に感じる存在にもなっています。

      「『もうすぐランドセルを買うんだ』なんて話を聞いたり。街の人と一緒に年を重ねている感覚があるんです。」

      地域とのつながりは、店の外にも広がっています。花隈公園で開かれる夏祭りや地元の自治体や婦人会が主催するイベントに、南波さんはコーヒーの出店で参加。そこで地域の人と顔見知りになり、「目の前でカフェをやっているんです。」と声をかける。その出会いが、新しい常連を生んでいきます。

      南波さん主催、花隈公園でのラジオ体操。「神戸の朝を盛り上げたい!」という気持ちで始めたそうで、体を動かした後はpetalでコーヒーを飲むのが定番コース。

      近隣のカフェや個人店との関係も穏やかです。お互いの店を行き来し、客同士がおすすめし合う。競い合うのではなく、この界隈を訪れる人がそれぞれの店を巡ることで、花隈という街全体の魅力が少しずつ厚くなっていく。そんな空気があるといいます。

      “好き”を発信するイベントマルシェ「weekend」を主催している南波さん。自身が店を持つ前から、まだ一歩を踏み出せない作り手たちの背中を押してきた。petalもまた、その延長線上にある。

      南波さんが開店前から続けているマーケットイベント「Weekend」も、この街とのつながりを深める活動のひとつ。三宮の東遊園地にある貸しスペースで2ヶ月に1回ほど開催し、10店舗ほどが出店するイベントです。まだ店舗を持たない若手の作り手が腕を試せる場所として育ち、ここから独立して自分の店を構えた人も少なくありません。

      「人を巻き込んだ方が楽しいし、その分だけ広がりも大きくなる。ひとりでやるより、みんなで動いたほうが面白いんです。」

      花びらのように、少しずつ

      南波さんにとって、petalとはどんな場所なのでしょうか。

      「petalはカフェなんですけど、私は『コミュニティセンター』って名乗っているんですよ(笑)。コーヒーを提供する場所というより、コミュニティセンターの真ん中にコーヒーがある、という感覚なんです。」

      人と人がここで出会い、お客さん同士がつながり、それが外へと巡っていく。petalはカフェという形をとりながら、人が集い、つながりが巡る小さなコミュニティセンターであろうとしています。

      「ここに来て家に花を飾るようになった。」「作家さんの器を自分の家にも迎えた。」petalをきっかけに誰かの日常がほんの少し変わること。それが南波さんにとって一番のやりがいだといいます。

      「お店に来てくれた人、自分と関わる人の暮らしを、ほんの少しでも豊かにできたら。それが続ける理由ですね。」

      将来的には、もう少し広い場所でセレクトショップを兼ねた空間を作りたいという夢もある。けれど今は、この小さな店だからこそできることを大切にしたい。南波さんが“コミュニティセンター”と呼ぶこの場所は、今日も静かに開いています。

      petal

      公式Instagram(外部サイトに移動します)https://www.instagram.com/petal_kobe/