STORY
灯台のようなコーヒー屋。大阪・西田辺から届ける、一杯の豊かさ

灯台のようなコーヒー屋。大阪・西田辺から届ける、一杯の豊かさ

大阪府大阪市

    2026.03.25 (Wed)

    目次

      大阪・西田辺の住宅街、下町の風情あふれる一角にあるコーヒーショップ・COFFEE LONG SEASON。大阪は日本でも喫茶店の多い街として知られ、コーヒーが日常に溶け込んできた土地です。そんな街の中心地から少し離れた場所で、店主の沖田卓也さんは自家焙煎のスペシャルティコーヒーの魅力を伝えてきました。

      一杯のコーヒーをきっかけに、人が立ち止まり、街の空気に触れ、豊かな時間が生まれる。明かりを灯す“灯台”のように街に寄り添う一軒のコーヒー屋を通して、ローカルとともにある店の姿を見つめます。

      西田辺の路地に、焙煎の匂い。喫茶店の記憶から始まった場所

      大阪市南部のターミナル・天王寺からほど近い阿倍野区・西田辺。大通りから一歩入ると、住宅や個人商店が並ぶ静かな街並みが広がります。その路地の一角に、COFFEE LONG SEASONはあります。もともと60年以上にわたり、この街で親しまれてきた喫茶店だったこの店に、店主の沖田卓也さんが出会ったのは、コロナ禍、店を開く場所を探している頃でした。

      「物件は1年くらい探していたのですが、この場所をたまたま見つけて、ピンときたんです。昔ながらのカウンターが残っていて、大きな窓もあって。ここならいい店ができそうだとイメージできました。」

      西田辺にはそれまでほとんど縁がなく、駅名すら知らなかったという沖田さん。街の知名度よりも、この街と空間の魅力が決め手になりました。

      店主の沖田卓也さん。

      「僕は大阪・此花区の出身で、昔ながらの人のつながりや空気感が残る下町で育ちました。この街の空気にも、どこか故郷に通じるものを感じ、落ち着くところがあったのだと思います。中心地はすでに多くのコーヒー屋があり、今後、生き残っていくためには、『人と同じ場所で同じことをしても仕方ない』という思いもありました。」

      以前から使われた建具をそのまま残した空間には、ヴィンテージの北欧家具やアート、レコードや植物が置かれ、心地いい空気が漂います。大きな窓の向こうには車や自転車が行き交いますが、不思議と店内は静かです。

      「店の中と外が少し切り離されたような感覚になるからか、初めて来た方でも落ち着くと言っていただくことが多いです。」

       

      自然光の差し込む大きな窓。

      沖田さんお気に入りの熊のライト。

      カウンターに置かれるのは、建築家・坂茂のシグネチャーである紙管の椅子。

      店内には、沖田さんがファンだという、柚木沙弥郎の作品も。

      店内に流れる音楽もこの店の大切な要素のひとつ。レコードプレーヤーやスピーカーの一部は常連客が持ち込んだもので、音楽をきっかけに生まれた交流がそのまま店の風景を構成しています。

      レコードの音が、焙煎の香りや湯気の立つカップとともに、緩やかな時間をつくり出しています。

      ツールから、人生へ。向き合い続けるコーヒーの魅力

      長年この街に根付いてきた喫茶店の記憶を引き継ぎながら、新しい憩いの場として息づきはじめたCOFFEE LONG SEASON。オープンまでには、沖田さん自身の長い歩みがありました。

      大学生の頃、建築やアート、デザインに興味を持っていた沖田さんは、当時流行していた古民家カフェやコーヒー店を巡るうちに、その場に流れる空気や雰囲気に惹かれるようになりました。コーヒーの味に関心があったというよりは、人と人がつながるための“ツール”として魅力を感じていたといいます。一度は就職活動をするも、デザイナーなどの専門職は狭き門。それでもまずはどこかで働かなければと、踏み出したのがカフェの世界でした。

      最初に働いたのは、大阪のイタリアンカフェ。当時はまだ珍しかった本格的なエスプレッソマシンに触れながら、バリスタとして腕を磨いていきました。転機となったのは、パリ発のサードウェーブコーヒーショップ・COUTUMEでの経験です。浅煎りのスペシャルティコーヒーを初めて口にしたときの驚きは、今でも忘れられないといいます。

      「コーヒーなのに、果物のような風味やジューシーさがあり、自分が知っているコーヒーとはまるで違う。こんな世界があるんだと衝撃を受けました。」

      その後、大阪・西区にあるワインとコーヒーの専門店・TAKAMURA WINE & COFFEE ROASTERSでハンドドリップや焙煎に本格的に向き合うようになり、コーヒーへの理解をさらに深めていった沖田さん。福岡の自家焙煎店でロースターとしての経験を積んだのち、2022年にCOFFEE LONG SEASONをオープンしました。

      「入り口はカフェという場所でしたが、コーヒーをやりたいという思いで転職を重ねるうちに、気づけば10年以上、コーヒーに携わるようになっていました。コツコツと地道に向き合い続けてきた結果、はじめは人をつなぐためのツールだったコーヒーが、人生の一部のような、素晴らしい存在になっていきました。」

      焙煎で、豆の個性を引き出す。“旬”を届ける一杯

      COFFEE LONG SEASONは、仕入れから焙煎、抽出、提供までを一貫して行い、豆の個性をできるだけ素直に引き出すことを大切にしています。店頭に並ぶのは、4~5種のシングルオリジン。基本は浅煎りですが、深煎りも用意していると言います。

      ラインナップはコロンビアやエチオピア、グァテマラなどを中心に、季節や仕入れの状況に応じて入れ替わり、その時々のコーヒーの“旬”を大切にしています。店名の「Long Season」の由来も、季節の味わいを途切れることなく届け続けたいという想いから。かつて自分の働いたロースターや、つながりのあるインポーターなどを介して、そのシーズンにあった豆を選び抜いています。

      焙煎では産地ごとの特徴が伝わることを重視し、軽やかな酸味や甘みが自然に感じられる仕上がりを目指しています。

      柑橘を思わせる明るい酸味や花のような香り、ナッツのような甘みなど、それぞれの豆が持つ表情の違いに出会えるのも、この店ならではの魅力です。

      沖田さんは、一杯の背景にある人の存在についてこう語ります。

      「コーヒーは僕らだけで完結するものではなくて、インポーターやエクスポーター、生産者など、いろいろな人がバトンをつないでいくことで一杯になります。そういうドラマがある飲み物だと思うんです。」

      そんなこだわりのコーヒーに合わせて、COFFEE LONG SEASONでは、スイーツも手づくりしています。人気の「クレームブリュレ」は、なめらかなクリームにカルダモンのスパイシーな香りを効かせた一品。アーモンドリキュールの風味がほのかに重なる大人の味わいで、コーヒーとの相性も考えられています。

      日常と非日常のあいだに。スペシャルティが街に馴染むまで

      沖田さんは、コーヒーを「日常と非日常のあいだにある飲み物」だと言います。毎日のように飲まれる身近な存在でありながら、ふと立ち止まる時間をつくってくれるものでもある。だからこそスペシャルティコーヒーも特別なものとして構えるのではなく、暮らしの中に自然に溶け込む形で届けたいと考えています。

      「押しつけにならないことは大事にしています。まずは飲んでもらって、その人なりに感じてもらえたらうれしいですね。ある日ふと、『このコーヒーはなんでこんな味がするんだろう』と思ってもらえたらいいなと思っています。」

      下町の住宅街という土地柄もあり、店にはコーヒーに詳しくない人も訪れます。初めて浅煎りのコーヒーを口にする人も多く、「ここのコーヒーは何か違うね」と声をかけてくれることも。そうした小さな気づきや驚きが積み重なることで、スペシャルティコーヒーは少しずつ街の日常になっていきます。

      豆の量や蒸らす時間などをきちんと測ることも、おいしいコーヒーを淹れるコツ。

      真ん中から外側へゆっくりとお湯を注ぐ。

      自宅でもおいしいコーヒーを飲んで欲しいと、始めたのがマンツーマンで行うコーヒー教室。地域とのつながりを育てる取り組みのひとつにもなっています。「道具はあるけど淹れ方がわからない」「自分で入れると薄くなってしまう……」そんな悩みに応えながら、沖田さんが丁寧にレクチャー。いくつかの産地のコーヒーを飲み比べることで、味の違いを実感できるのも教室の魅力のひとつです。

      街の案内所として。街と暮らしをつなぐコーヒー屋

      オープンから4年が経ち、COFFEE LONG SEASONには少しずつ常連客の姿も増えてきました。店を訪れる理由もさまざまで、コーヒーを目当てに来る人もいれば、沖田さんとの会話を楽しみに立ち寄る人もいます。また一方で、全国各地のコーヒー好きがCOFFEE LONG SEASONを目指して訪れることも少なくないと言います。

      今年力を入れるのはメキシコのコーヒー。麻袋のポップなデザインもお気に入り。

      「西田辺は住宅街が広がる静かなエリアで、一見すると何もないようにも見えますが、近年は、地元の野菜を扱う直売所や器店、本屋など、暮らしに寄り添う素敵な個人店も少しずつ増えてきました。この店が、そんな西田辺という街を知ってもらうきっかけ、町の観光案内所みたいな存在になれたらと思っているんです。」

      沖田さんにとって、コーヒー屋は単に飲み物を提供する場所ではありません。街の中に明かりを灯し、人を導く存在。いわば“灯台”のような役割を持つ場所でもあるといいます。

      「中心地に人が集まりやすい時代だからこそ、ローカルの魅力を発信していくことが大切だと感じます。コーヒーをきっかけにこの街を訪れる人が増え、その流れがまた地域の店へと広がっていく。そうした循環を少しずつ育てていきたいですね。」

      実は、COFFEE LONG SEASONという名前には、もう一つ込められた願いがあります。それは、「長く続く店でありたい」ということです。

      この場所で街に明かりを灯すように、長く、静かに続いていく一軒のコーヒー屋。その存在が、多くの人の暮らしに、小さな豊かさをもたらし続けていくことが何よりの目標です。

      COFFEE LONG SEASON

      公式ウェブサイト(外部サイトに移動します)
      https://longseason.base.shop/