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文化との出会いをつくる。ART HUB NAGOYAに見る、名古屋のものづくり精神

文化との出会いをつくる。ART HUB NAGOYAに見る、名古屋のものづくり精神

愛知県名古屋市

    2026.05.20 (Wed)

    目次

      名古屋は、歴史的に“つくる”ことで発展してきた街ですが、その精神は工業だけにとどまりません。日々の暮らしを彩るさまざまな文化の中にも、名古屋らしい実直なものづくりの気質が息づいています。2024年12月、松坂屋名古屋店に誕生したART HUB NAGOYAもまた、そうした名古屋の生活文化を象徴する場所の一つです。

      松坂屋名古屋店の大規模改装の一環としてオープンしたART HUB NAGOYAは、日本の百貨店で初となる“ワンフロア全面アート”を掲げる空間。単なる美術画廊ではなく、アートと日常をつなぎ、人と文化が出会う“ハブ”を目指しています。そこには名古屋らしい“文化を届けるものづくり”の姿勢がありました。

      百貨店の中に生まれた、アートの“ハブ”

      ART HUB NAGOYAは、2024年に始まった松坂屋名古屋店の大規模リニューアルの中で誕生しました。8階フロアは以前、美術画廊、呉服売り場、学生服売り場などが並ぶ、いわゆる“百貨店の高層階”の構成でした。

      しかし今回の改装では、美術を核に据えた新しいフロア作りが構想されました。

      ART HUB NAGOYAの企画運営を担当する鎌倉望。

      「せっかくやるなら、日本一を目指そうという話がありました。」

      そう語るのは、ART HUB NAGOYAで企画運営を担当する、ラグジュアリー&アートバイヤーの鎌倉望です。

      フロアを構成するのは、第一画廊、第二画廊、open galleryの3区画とカフェスペース。年間最大150本規模の企画展が行われており、百貨店画廊が従来得意としてきたクラシックな作品だけでなく、現代アートや若手作家の作品も展示されています。

      「1991年、松坂屋名古屋店の中に松坂屋美術館が開館したことをきっかけに、作家の先生方とのお付き合いが続いています。それに加え愛知県は、瀬戸や常滑といった焼き物の産地がありますし、芸大も多い地域です。美術館では扱い切れていなかった地元の作家さんや若手の作家さんなどのお取り扱いを増やして、ART HUB NAGOYAが、東海エリアのアートマーケットの“ハブ”になれたらいいなと思っているんです。」

      背景には、名古屋のアートシーンに対する思いもあります。

      「ここ何年かでアートフェアも増えてきましたが、その多くは東京や大阪、福岡での開催。名古屋は結構、飛ばされてしまうんですよね。松坂屋名古屋店のお客様にももっとアートをご紹介したい、という歯がゆさがありました。」

      20〜30年前、名古屋には多くの現代アートギャラリーがあり、取引も盛んに行われていました。しかしその後、一時的に勢いは停滞。近年は展示販売イベント「ART FAIR NAGOYA」をはじめとした再興の動きも見られますが、まだまだ発展の途上にあります。

      だからこそART HUB NAGOYAは、単に美術品の展示や売買を行う場所ではなく、地域の文化を次世代へつなぐ拠点としての役割を担おうとしているのです。

      “見るだけでも歓迎”が生む、新しいアート体験

      ART HUB NAGOYAが特徴的なのは、“敷居の低さ”です。

      百貨店の美術画廊というと、どうしても“作品を買う人が行く場所”という印象があります。限られた富裕層の客のみが出入りを許される……といったイメージが強く、多くのお客様にとっては距離の遠い存在。

      しかしART HUB NAGOYAは、そのイメージを大きく変えようとしています。

      open galleryは屋上庭園へ向かう導線上に配置されています。屋上へ向かう家族連れの子どもが作品に反応し、会話が生まれる。あるいは、併設のカフェを目当てに来た人が作品を目にし、帰り際に展示へ立ち寄る。そんな風景が、日常的に見られるようになりました。

      フロア併設のカフェ・unique – ユニイク -。

      「以前のように囲われた画廊では、こういう動きはなかなか生まれませんでした。かなりオープンな空間を意識したことで、多くの人の目に触れるようになったんだと思います。」

      作品を“鑑賞する”というより、まずは暮らしの延長線上で自然に触れてもらう。その考え方は、従来の美術画廊とは少し異なります。

      実際、ART HUB NAGOYAには、これまで百貨店を訪れなかった若い世代や、アート目的の来館者も増えています。一方で、買い物に来た人が偶然作品に出会い、立ち止まることも。

      アートを見る人と、百貨店を訪れる人。その両者をゆるやかにつなげていくことこそが、この場所の大切な役割になっています。

      “一瞬の出会い”をデザインする

      ART HUB NAGOYAを語る上で欠かせないのがWALL MUSEUMの存在です。

      これは8階のアートフロアへ向かう導線上に設置された、各階のアートインスタレーション群の総称。VMD(ビジュアルマーチャンダイジング)チームが中心となり、館内各所にアート作品を配置しています。

      VMDチームのメンバー・伊藤友希子は「ART HUB NAGOYAに向かうお客様のワクワクする気持ちや期待感を高めていくような、そういう場所を作りたい」と語っています。

      VMDチームのメンバー・伊藤友希子。

      VMDとは、百貨店やアパレルショップの現場で発展した考え方。商品をどう見せるか、どんな導線を設計するか、どのように空間全体の世界観をつくるか。VMDチームは単に商品を並べるのではなく、空間を通じてブランド体験を設計する部署。

      WALL MUSEUMでは、これまで百貨店空間の世界観をつくり続けてきた経験を活かし、作家と対話を重ね、一緒に展示空間を形にしています。

      「アートは、作家さん自身の世界観が重要です。一方で、私たちも松坂屋というブランドを背負っています。その両方をどう共存させるかを考えながら進めていますので、常に共同でものづくりをしている感覚でしょうか。」

      館内には22箇所の展示スポットがあり、来店者が必ずどこかで作品と遭遇するように導線設計されています。

      「百貨店は多くの場合、売り場を目指して歩く場所ですよね。目的地が決まっていることが多い。でも、その途中で偶然アートと出会えたら面白いなと思っているんです。一瞬の出会いを意識しています。」

      ただし、百貨店の来店者は立ち止まってじっくり鑑賞するとは限りません。通り過ぎる一瞬で作品が記憶に残ることもあれば、「なんだろう?」という小さな違和感だけが残ることもあります。

      そのため、ART HUB NAGOYAでは「どこから見始めてもいい」ことを前提に空間を構成。

      「全部を順番に見てもらうより、“たまたま出会った”こと自体を大切にしたいんです。」

      偶然の出会いを受け止める設計。その考え方には、文化を生活の中へ自然に溶け込ませようとする姿勢が表れています。

      生活と文化を結ぶ、百貨店の役割

      松坂屋には、長年掲げてきた「生活と文化を結ぶ松坂屋」という標語があります。これは、戦後に一般公募で集まった言葉。伊藤はこの標語について「私たちから発信したわけではなく、お客様側が“百貨店に文化を届けてほしい”と願ったことに意味がある」と話します。

      かつて百貨店は、単に物を売る場所ではありませんでした。ハレの日の買い物をしたり、家族で出かけたり、文化に触れたりする場所でもあったのです。ART HUB NAGOYAが目指しているのも、まさにそうした役割の再構築です。

      展覧会を開催する松坂屋美術館、作品を販売する画廊、偶然の出会いを提供するWALL MUSEUM。ART HUB NAGOYAは、それぞれ異なる文化体験をゆるやかにつなぎながら、百貨店全体を“文化と暮らしが交わる場所”として再編集しているのです。

      その結果、松坂屋名古屋店の中では、新たな人の流れが発生しています。

      「カフェのお客様がアートと偶然出会うだけでなく、逆の流れもあるんです。作家の先生が在廊する際、お客様とのお話が盛り上がり、『ちょっとコーヒーでも飲んで話そうか』みたいな感じで、画廊からカフェに人が動くこともあるんです。双方向に人の流れができているなと感じます。」

      名古屋の“ものづくり”は、文化を届けることでもある

      ART HUB NAGOYAでは、地元作家の展示に加え、若手作家や、名古屋ではまだ紹介されていない現代アーティストの企画も積極的に行っています。背景にあるのは、「間口を広げたい」という思いです。

      「絵を買う人だけではなく、まずは興味を持ってもらいたいんです」と鎌倉は話します。

      だからこそ、ここでは“見るだけ”でも歓迎されます。カフェで休憩する人、屋上へ向かう家族連れ、待ち合わせの合間に立ち寄る人。そうした日常の中で、偶然アートと出会うこと自体に価値があると考えているのです。

      それは、ものをつくるだけではなく、「どう届けるか」「どう出会わせるか」を考える姿勢でもあります。

      「どんな展示をやっているか分からなくても、とりあえず行ってみようと思ってもらいたいですね。ART HUB NAGOYAに行けば、何か面白い展示が見られると思ってもらえるような存在になれたらと思います。」

      鎌倉と伊藤の言葉には、文化を特別なものにせず、日常へ開いていこうとする意思がにじんでいました。人と文化が出会う場所を“つくる”こと。それもまた、名古屋らしいものづくりの一つなのかもしれません。

      ART HUB NAGOYA

      公式ウェブサイトhttps://www.matsuzakaya.co.jp/nagoya/garou/