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本屋と宿が、まちに根を張る。ねをはすがつくる、下関の日常の中の非日常

本屋と宿が、まちに根を張る。ねをはすがつくる、下関の日常の中の非日常

山口県下関市

    2026.06.25 (Thu)

    目次

      地方のまちづくりというと、新しい施設や大型イベントを思い浮かべる人も多いかもしれません。しかし、本当に地域に必要なものは何でしょうか。歴史を学べる場所。文化に触れられる場所。自分の世界を少し広げてくれる場所。そうした“文化的な体験”が身近にあることもまた、豊かな地域には欠かせない要素です。下関の住宅街に生まれた施設・ねをはす HOTEL BOOK & CAFEは、本屋と宿泊機能を併せ持つ少し不思議な場所です。本を選び、泊まり、考える。一見するとユニークな複合施設ですが、その根底にあるのは「地域に文化の土壌をつくりたい」という強い思いでした。代表を務める林成吉さんに話を聞きました。

      「まちに根を張る」という願い

      下関市の市街にたたずむねをはす(画像提供:ねをはす HOTEL BOOK & CAFE)。

      「ねをはす」という名前には、「この地域に太い根を張り、みんなで育み、大樹のような存在になってほしい」という願いが込められています。施設を訪れると、その言葉の意味が少しずつ見えてきます。

      本屋でありながら宿でもある。宿でありながら地域の人も利用できる。観光客のためだけでもなければ、地域住民だけのためでもない。さまざまな人が交わる場所として設計されています。

      コンセプトルームには各部屋のコンセプトに準じた本が用意される。こちらは「コンセプトツイン」。

      もともと林さんは一級建築士として住宅設計に携わってきました。家をつくることは、人の暮らしをつくることでもあります。しかし次第に、ある思いが強くなっていったといいます。

      「建物だけでは、まちは豊かにならないと思ったんです。」

      住宅を建てても、そこに文化がなければ暮らしは豊かにならない。まちづくりにはハードだけでなくソフトが必要。そんな考えから、ねをはすの構想が生まれました。さらに、いつか息子へ事業を引き継ぐことも考えていました。

      ねをはすを運営する株式会社はやし住宅の代表取締役・林成吉さん。

      「どうせ残すなら、地域に貢献できる仕事を残したかったんです。」

      ねをはすは、不動産事業の延長ではありません。林さんにとっては、未来への投資でもありました。

      なぜ本屋であり、宿なのか

      建物内の1Fと2Fは本屋・カフェスペース。10~20時までは一般客も自由に入れる。

      ねをはすを特徴づけているのが、本屋と宿を組み合わせた営業形態です。なぜ本屋だったのでしょうか。

      「説明するまでもなく、今はオンライン上に膨大な情報があります。即効性だけでいえば、本よりもインターネットの方が便利です」と林さん。

      しかし、その一方で本には本ならではの価値があると考えています。

      「本は著者だけでなく編集者も関わり、何度も推敲や校正、ファクトチェックを重ねて世の中に送り出されます。時間をかけて磨き上げられた情報であり、知識の結晶なんです。」

      1Fの中央のスペースはイベントスペースとしても使用される。

      さらに林さんが大切にしているのは、情報そのものよりも“出会い”だといいます。

      インターネットでは、自分が興味を持ったものが次々と表示されます。しかしそれは裏を返せば、自分の知っている世界の延長線上に留まりやすいということ。一方、本屋には偶然があります。

      動線上にはとにかく本がびっしり。ふと1冊手にしたくなるようなディスプレイ。

      普段なら手に取らないジャンルの本。知らなかった作家。思いもよらない価値観。棚の前を歩いているだけで、自分の世界が少し広がることがあります。

      「本は人生を変えることがあると思うんです。だからこそ、ただ売れ筋を並べるのではなく、自分たちが未来に残したいと思える本を置きたいと思いました。」

      ねをはすのアイコンともいえるスペース「みちのち」。静かに本を読みたい人におすすめ。

      ねをはすに並ぶのは、地域本や観光本ではありません。子どもが見ても大人が見てもワクワクする本。新しい視点を与えてくれる本。生き方のヒントになる本。そして、何年たっても価値を失わない本です。

      1階には小説や新刊、絵本が並び、2階にはデザインや建築などの専門書が並びます。あえてコミックは置いていません。そこには、「本そのものと出会ってほしい」という林さんの思いが込められています。一方で、なぜ宿を組み合わせたのでしょうか。

      カフェスペースの横を進むと宿泊客専用のエレベーターがある。

      「つくりたかったのは、遠くへ行く非日常ではなく、日常のすぐ隣にある非日常なんです。」

      通常、人は非日常を求めると旅行へ出かけます。時間もお金もかかります。しかし林さんは、そうではない形を考えました。

      仕事や学校が終わったあとでも立ち寄れる場所。本と向き合い、自分と向き合える場所。それを地域の日常の中につくりたかったのです。

      エレベーターを昇った先にある、ねをはすの宿泊ロビー。

      本屋としての営業は20時まで。そして21時になると照明が落とされ、宿泊者だけがランタンを手に本棚の間を歩くことができます。静かな空間の中で本を開き、気になったページをめくる。朝5時まで自由に本を読み、気に入った本があれば購入することもできます。

      宿泊客は21時以降、ロビーでランタンを受け取り、自由に本屋スペースに行くことができる。

      本を売ることが目的ではありません。本と出会う時間をつくること。そして、本を通じて自分自身と向き合う時間をつくること。ねをはすが提供しているのは、宿泊体験というよりも、そんな文化的な体験なのかもしれません。

      地域の日常の中に、文化を置く

      こちらは最上階の「スーペリアツイン」。レコードプレイヤーが用意され、本と音楽を楽しめる。

      興味深いのは、林さんが最初から観光施設を目指していなかったことです。もちろん県外からの利用者もいます。実際に広島や岡山から訪れる人も多く、鹿児島から3泊した宿泊客もいたそうです。しかし最も大切にしているのは地域の人たちです。

      宿泊客の約25%は山口県内から。下関市内からの利用者も約10%を占めています。これは林さんが目指した姿そのものでした。

      質の高いアメニティ、タオル、パジャマも人気の理由。和紙が織り込まれたタオルは一般販売もされている。

      「一番利用してほしいのは近所の人たちなんです。」

      地域の人が文化に触れられる場所。わざわざ東京や福岡へ行かなくても、新しい価値観や刺激に出会える場所。それがねをはすです。

      こちらは「スタンダードツイン」。ビジネスマンの利用も想定したコストパフォーマンスが魅力。

      館内には子どもたちが勉強できるスペースもあります。放課後に訪れ、本に囲まれながら学ぶ子どもたちも少なくありません。

      長居することを前提につくられた空間。取材時にも複数人の学生がここで勉強していた。

      「ここで過ごす大人の姿を見て、子どもたちにも文化への関心を持ってもらえたらうれしいですね。」

      いつか大人になったとき、自分のまちにこんな場所があったことを誇りに思ってほしい。その思いが根底にあります。

      夢を語り続けた先にできた場所

      ねをはすの構想が始まったのは2019年。しかし、その直後にコロナ禍が訪れます。宿泊施設をつくるには最悪ともいえるタイミング。それでも林さんは諦めませんでした。

      「とにかく周りに夢を話し続けたんです。」

      すると、空間デザイナー、アパレルデザイナー、クリエイター。さまざまな仲間が集まり始めたのです。

      ねをはす内に併設されたアパレルショップ・TIGER BAMBOO JEANS。代表の浜井弘治さんは林さんの幼馴染で、ねをはす立ち上げメンバーの一人。ISSEY MIYAKEの愛弟子としても知られる。

      「こうした方が面白い。」「こんなこともできるんじゃないか。」

      構想は次第に広がっていきましたが、資金調達も簡単ではありませんでした。

      「どれだけ現実的に夢を実現できるかを説明するのが大変でした。」

      それでも少しずつ賛同者を増やしながら、ねをはすは形になっていきました。

      地域の文化を育てる拠点へ

      ホテルの廊下にも本がびっしり。ねをはすがおすすめする本が定期的に入れ替わる。

      現在、ねをはすでは映画監督や俳優、デザイナーなどを招いたイベントも開催されています。トークショーやワークショップ、ファッションショーなど、その内容は多岐にわたります。目指しているのは、単なる宿泊施設でも、本屋でもありません。

      「昔の名曲喫茶やレコードショップのような存在になりたいんです。」

      そこへ行けば面白い人がいる。新しい価値観に出会える。その地域の文化的な豊かさを支える場所。そんな存在を目指しているといいます。

      施設内に貼られたイベント告知ポスターたち。とにかくイベント数が多いのも魅力のひとつ。

      そして最後に、これからの目標を尋ねると、林さんはこう話してくれました。

      「ここにあり続けることです。」

      大きなチェーン店になることでも、全国展開することでもありません。この場所に根を張り続けること。そして地域の人たちにとって誇れる存在になること。

      ねをはす内のレストランはランチに限り、一般開放もされており、地域の人々との交流が食事を通しても行われる。

      今年、ねをはすを運営する株式会社はやし住宅は中小企業庁が選ぶ「はばたく中小企業・小規模事業者300社」に選ばれました。次はグッドデザイン賞も目指しているそうです。

      「スタッフたちに自信を持ってほしいんです。このビジネスモデルそのものが価値だと認めてもらいたい。」

      地域の未来は、こうした小さな挑戦の積み重ねによって形づくられていくのかもしれません。下関の住宅街に静かに根を張るその場所は、今日も誰かの新しい世界への入口になっています。

      ねをはす

      公式ウェブサイト(外部サイトへ移動します)https://neohas.jp/