山口県下関市
2026.06.29 (Mon)
目次
1866年創業。幕末の動乱期にのれんを掲げた松琴堂は、160年近くにわたり下関の人々に愛され続けてきました。祝い事や季節の贈り物、大切な人への手土産。松琴堂の和菓子は、地域の日常の節目に寄り添いながら受け継がれてきました。そして今、その歴史は大きな節目を迎えています。七代目から八代目へ。長い歴史を持つ老舗にとって、事業承継は単なる世代交代ではありません。技術や味だけでなく、人とのつながりや地域との関係性まで受け継いでいく営みです。今回話を伺ったのは、七代目店主の西原由実さんと、八代目としてのれんを受け継ぐ娘の佳那さん。親子の言葉から見えてきたのは、「店を継ぐ」というよりも、「地域文化を残す」という覚悟でした。
松琴堂が店を構えるのは、下関市役所の西隣。唐戸へと続く通り沿いに、老舗らしい落ち着いた佇まいを見せています。現在は穏やかな空気が流れるこの界隈ですが、かつては下関を代表する商業地でした。

松琴堂。左手は新しくできた茶房・風舞(ふわり)。
江戸時代、下関は「西の浪華」とも呼ばれた港町です。北前船が行き交い、商人や文化人が集まり、多くの人々で賑わっていました。

松琴堂の七代目店主・西原由実さん。
「市役所の場所には鍋城と呼ばれたお城があったそうです。北前船の時代など、この辺りはずっと今でいうところの大都会だったのだと思います。大商人が闊歩して、名医が集まる、そんな時代もあったようです」と話すのは七代目の西原由実さんです。
松琴堂の前身は両替商や質屋だったと伝わっています。藩との取引も行う格式ある家柄で、後に京都の菓子店から嫁いだ女性をきっかけに菓子作りを始めたといいます。

松琴堂の歩みを物語る古文書の控え。
店内には、創業当時の様子を伝える古文書も残されています。松琴堂の歴史をたどることは、そのまま港町・下関の歴史をたどることでもあります。人が集まり、文化が生まれ、商いが育まれてきた街だからこそ、この店もまた160年という長い時間を重ねることができたのでしょう。
松琴堂を代表する銘菓が、1866年に生み出された「阿王雪(あわゆき)」。卵白と砂糖、寒天を使った真っ白な菓子で、口に入れると雪のようにふわりと溶けていく独特の食感が特徴です。

「阿王雪」。軽い味わいで抹茶や緑茶とよく合う。
今では下関を代表する銘菓として知られていますが、その誕生当時は白砂糖そのものが貴重な時代でした。上質な材料を惜しみなく使ったこの菓子は、当時の人々にとって驚きと憧れの存在だったに違いありません。

全国菓子博で金賞受賞など、数々の名誉な賞を授かっている。
さらに有名なのが、その名前の由来です。松琴堂の近くには、かつて伊藤博文の住まいがありました。松琴堂の菓子を好んでいた伊藤博文は、その儚く消える口どけを春の淡雪になぞらえ、「阿王雪」という名を提案したと伝えられています。
歴史上の偉人との逸話もさることながら、興味深いのは、その味が今も変わらず受け継がれていることです。
「ずっと一子相伝で、書き残したレシピなどもなく、口伝。レシピはこの頭の中にあります」と由実さん。
代々ただ一人に受け継がれてきた製法。それは単なる技術継承ではありません。菓子作りに向き合う姿勢や、お客様への思いまで含めて受け継がれてきたものなのです。
一方で、松琴堂はただ昔のままを守ってきたわけではありません。時代に合わせて変えるべきことには挑戦してきました。その象徴が、2000年に誕生した「ゆき花」(ひと口サイズの「阿王雪」)です。

「阿王雪」を一人分のサイズにカットした「ゆき花」。
それまで「阿王雪」は一本の棹菓子として販売されていました。しかし核家族化が進み、生活様式も変わる中で、「もっと手軽に楽しんでもらえないか」と考えたのです。ところが当初は反対もありました。

現在も販売されている通常サイズの「阿王雪」がこちら。
「先代の妻である私の母が、切って売ることになかなか理解を示してくれなかったんです。」
それでも時代に合った商品として受け入れられ、やがて大ヒット商品となりました。
「しばらくして母が『今の時代はこれなんだね』と言ってくれたんです」と由実さんは振り返ります。

茶房・風舞の店内。曲線を描くカウンターなど七代目のこだわりが詰まっている。
2022年には隣接して和菓子の茶房・風舞もオープンしました。 そこでは出来たての和菓子を楽しめるほか、「阿王雪」を使った新しい食べ方も提案しています。薄く焼いたカステラの皮で「阿王雪」を巻いた「ゆきごろも」もその一つです。

「ゆきごろも」を巻く薄焼きの皮を焼いているところ。
「『阿王雪』のいろんな食べ方を提案したかったんです。」
伝統を守ることと、新しい楽しみ方を提案すること。一見すると相反するようですが、長く続く店ほど、その両方を大切にしています。守るために変える。松琴堂の歩みは、そのことを教えてくれます。

茶房で提供している「乙女のゆきごろも」。皮が温かいうちに食べておきたい。
そんな松琴堂の未来を担うのが八代目となる西原佳那さんです。
先日開催された160周年記念の会で、正式に事業承継が発表されました。製造部門は京都で菓子作りを学んだ姉が受け継ぎ、佳那さんは経営を担う予定です。

八代目となる西原佳那さん。
由実さんはこう振り返ります。
「実は子育てをする中で、今に至るまで私から『継ぎなさい』と言ったことは一度もないんです。自然と4人の娘の中で話がまとまっていったんです。」
今では仕事の多くを娘たちに任せているそうです。 そんな佳那さんに、なぜ承継を決意したのかを尋ねました。
「『継がないといけない』という感覚よりも、このお店や文化は残していかないといけないという感覚でした。」

「母は頑張り屋さんでお菓子のことをひたすら考えています」と笑う佳那さん。
家業だから継ぐ。そういう話ではありません。160年続いてきた店が持つ意味を知っているからこそ、自分たちが残さなければならないと感じたのです。
「昔からのお客様とお話をする中で、長く続ける大変さや重みを感じています。毎日必死です。」
そう語る佳那さんの表情には、責任と覚悟がにじんでいました。
最後に夢を尋ねると、佳那さんは迷うことなく答えてくれました。
「とにかく『阿王雪』を絶やさないことです。私の次の代にも続けてもらいたいし、味も変えずに、ずっと語り継いでいってもらえるようなお菓子を作りたいと思っています。目指せ創業200年です。」

「阿王雪」をはじめ、松琴堂の菓子は次の世代へ。
その言葉を聞いていると、松琴堂が受け継いでいるものは和菓子だけではないように思えてきます。
祝いの日の記憶。家族のだんらんの記憶。故郷を思い出す味の記憶。地域の人々が積み重ねてきた時間そのものが、この店には宿っています。老舗とは、古い店のことではありません。地域の記憶を未来へ渡し続ける存在なのです。

松琴堂の店内。老舗の趣が感じられる。
七代目から八代目へ。受け継がれるのは技術だけではなく、この街で育まれてきた文化と時間。松琴堂は今日もまた、そのバトンを次の世代へと手渡そうとしています。

※松琴堂の商品は大丸下関店、大丸松坂屋オンラインストアでもご購入いただけます。
松琴堂
公式ウェブサイト(外部サイトへ移動します)https://www.shokindo.com/