山口県下関市
2026.06.30 (Tue)
目次
関門海峡、響灘、周防灘と周囲を3つの海に囲まれた下関は、海とともに発展してきた港町で、古くから漁業や捕鯨業、水産加工業が興り、地域の文化を形成してきました。昔からふぐ食に親しんできた土地でもあり、伊藤博文がそのおいしさにふぐ食を解禁したという話も有名です。唐戸市場に近い下関市立しものせき水族館「海響館」(以下、海響館)はフグや関門海峡をはじめとした下関ならではのコンテンツはもちろんのこと、日本で唯一シロナガスクジラの全身骨格標本(本物)を展示しているなど、見応えのあるスケールの施設です。本記事ではその魅力に迫ります。
水産都市として発展してきた下関には、さまざまな歴史があります。室町時代には朝鮮との交流があり、アジアに開かれた港として繁栄。江戸時代になると北前船の寄港地となった下関には、さまざまな産物を運ぶ船が出入りしました。明治以降は近代的な漁業が発展し、昭和へ移ると鯨の捕獲量が増加。1966年には下関漁港が水揚げ高日本一となりました。

海響館近くの歩道から見た関門海峡。館内3階の海峡展望デッキから見る景色もおすすめ。
一方で下関と聞いてすぐ思い浮かべるものに、フグの存在があります。下関の近隣海域はフグの好漁場に囲まれており、下関市彦島にある南風泊市場は国内でただ一つのフグ専門の卸売市場です。下関は全国有数のフグ流通拠点として発展し、それに伴い加工業と料理文化も発達してきた背景があります。街を歩けばフグをモチーフにしたモニュメントやイラストを目にすることも珍しくありません。

海響館の隣にある唐戸市場は一般客もフグを食べたり買ったりできる市場として人気。
ちなみに、下関ではフグのことを「ふく」と呼ぶ慣習があります。その由来には諸説ありますが、「幸福」に通じる縁起の良い呼び名として地域に根付いてきました。
さて、関門海峡に面した海響館は、生き物をどう見せるか、水槽から何を伝えたいか、などにこだわった、コンセプチュアルな水族館として知られています。

クサフグの集団産卵地として、県の天然記念物に指定されている山口県光市の室積海岸をモデルにした水槽。
「水産都市・下関のシンボルとして親しまれてきた前身の旧下関市立下関水族館を受け継ぎ、海響館は2001年にオープンしました」と館長の立川利幸さん。

元海獣類(イルカやアシカなど)のトレーナーでもある海響館の館長・立川利幸さん。
目玉の一つは、やはりフグの展示です。フグの仲間約100種を展示しており、ここまでの種数を展示しているのは、フグの街である下関の特色を最大限活かすためで、他の水族館にはない唯一の魅力となっています。

フグの王様といわれるトラフグ。食用のフグのなかで一番の高級魚。(画像提供:下関市立しものせき水族館「海響館」)
ちなみに「フグ目」に属する魚たちにはいくつかの共通点はあるものの、ハリセンボンやカワハギ、ハコフグ、さらにはマンボウなども含まれます。私たちが一般的にイメージするフグとは大きく異なる姿をした仲間も多く、その多様性の豊かさこそが「フグ目」の面白さといえるでしょう。

世界初の生体展示となるツバサモンガラ属の一種(現在のところ和名はついていない)。
「下関にとってフグとは?」と立川さんに尋ねてみると「絶対外せない生き物」と即答されました。そうしたフグへの愛情はコーナーの充実度からよく伝わってきます。

愛らしい表情を見せるハリセンボンの仲間・ポーキュパインフィッシュ。
海響館は大規模改修工事のため8カ月の休館を経て、2025年8月1日にリニューアルオープンしました。今回のリニューアルでは、そうしたフグの展示にかける熱い思いをオリジナルデザインのシートで表し、フグの展示コーナー「世界のフグ」の入口に大きく掲示しています。展示種数だけでなく、フグ愛の深さも世界屈指といえそうです。

フグの体をベースに、ユニークな特色を1枚の絵に落とし込んだオリジナルビジュアル。「膨」「棘」「毒」といった漢字が多用されるなど、見れば見るほど面白い。
また、リニューアル時にはフグについて楽しく学ぶコーナー「フグペディア」も新たに誕生しています。その一部ではふぐ食についても詳しく展示されており、禁止されていたふぐ食が解禁されたストーリーを漫画で学べたり、ふぐ刺しの作り方をパネルや動画で知られたりと、下関が「ふぐの街」といわれる理由がよくわかる内容になっています。ちなみに、皿にきれいに盛られたふぐ刺しのサンプルは、ふぐの専門店でわざわざ本物をつくってもらい、それをかたどり製作したそうです。

下関がなぜ「ふぐの街」となったかを説明するコーナーも設けられている。

「フグペディア」ではフグに関するさまざまな情報を紹介。構成や見せ方、デザインなど細部にも工夫がいっぱい。剥製や標本など、実物の展示にこだわっているのも面白い。
先述した通り、海響館は展示方法に強いこだわりが感じられる水族館です。単に“観る”だけでなく、多くの“学び”を直感的に得られるという点において、非常に面白い取り組みをしているところが海響館の魅力といえます。

ダイバーが水中マイクを使用し生き物たちを紹介してくれる「ダイバートーク」。スタッフとの掛け合いやクイズの投げかけも行われ、楽しみながら生き物たちの理解を深められる。
関門海峡は目の前にあるけれど、一体この海の中はどうなっているのか。そんな好奇心に応えてくれる展示が、関門海峡の水槽です。ポンプで潮の流れを発生させることで、関門海峡の環境を再現し、その中を泳ぐ魚たちの生き生きとした姿が見られます。

関門海峡の海をテーマとした水槽がこちら。関門海峡を借景として、ポンプで潮の流れを作るなど、海の環境を再現。まるで海の中を覗いているかのような臨場感があります。

「瀬戸内海」をテーマにしたトンネル水槽では、イワシの群れに入り込んだような没入感を味わうことができる。
関門海峡の潮流が生まれる仕組みを解説した展示もあり、そこでは関門海峡の潮流の速さを目で見て体感する展示のほか、特殊な地形や歴史の舞台となった場所が数多くあることをわかりやすく紹介されており、下関をいろんな方向から知ることができます。

関門海峡の潮の流れがいかに速いかを体感できる展示。
「生き物を飼育し展示する水族館としては、単に生き物を見せるのではなく、学びにつなげることが大事です。とはいえ、水族館に来られる方の多くは“楽しさ”や“癒やし”を求めて来られると思います。そこで重要となるのは、学びを押し付けるのではなく、楽しさの中に学びをうまく入れ込むことなんです。そのため、まずは魅力ある展示をすることで、水槽の前をサッと通り過ぎないような工夫を心がけています。」

エサをあげる際にエイが水槽の前面にピタリと張り付くようにトレーニングし、イベントで公開している。これは海響館のスタッフがエイの魅力をもっと伝えたいという思いで実現したもの。
海響館が掲げている取り組みは「生き様展示」。生き物の習性や行動など自然での暮らし方を、トレーニングや環境づくりなどの工夫をすることで積極的に展示することにこだわっています。

生き物のありのままの姿を展示するのが「生き様展示」。ウミガメが水底で寝ている姿などはまさにそう。

下関市の「市の鳥」であるペンギン。泳ぐために進化をしたペンギンは、泳ぐ姿を見ていただくのが目指すべき展示であるとして、深くて大きな水槽が用意されている。(画像提供:下関市立しものせき水族館「海響館」)
「どの水族館でもいえることですが、生き物を大切に長く飼育することも大事にしており、小さい頃に海響館に来られて出会った子(個体)が、大きくなってから再訪された時に再会できるというのは、とても感動的なことだと思うんです」と立川さんは語ります。
また、海響館では近くの小学校とコラボレーションして、在学中の6年間をかけて地域や水族館での学びを持続的に行うプログラムに協力するなど、博学連携の教育活動にも力を入れています。

山口県の周防大島にある世界最大級のニホンアワサンゴ群生地の海をテーマにした水槽。海響館ではニホンアワサンゴの育成研究にも取り組んでいる(画像提供:下関市立しものせき水族館「海響館」)。

近海に生息するスナメリも展示されている。保護され、長年海響館で飼育されている個体も。
お土産を買うのが楽しみなショップも海響館にとっては展示の一部と位置付けられています。商品の中には、1枚1枚違う種がプリントされフグ図鑑と名付けられたクッキーや、海響館ならではのフグのぬいぐるみやキーホルダー、他では見られないアシカのアイテムなど海響館オリジナルの商品が多数そろっています。

海響館内のショップ「naminowa」。海響館オリジナル商品をはじめ、さまざまなグッズが用意されている。
オリジナル商品の数は、なんと300アイテム以上。その中には飼育展示スタッフが監修し、細部にもこだわった商品があり、フグのぬいぐるみには歯まで表現されています。知的好奇心をそそるようなものだからこそ、子どもの興味関心は続き、きっと自宅でも生き物について思いをはせることでしょう。家に帰ってからの学びにつながる素晴らしい試みです。

フグ愛が強すぎてリアルな見た目となった海響館オリジナルのフグのぬいぐるみたち。

フグだけを集めた図鑑クッキー。こちらは25周年を記念した限定パッケージバージョン。
「開館して25年たちましたが、この先も『下関に海響館はあってほしい』と市民を中心に多くの方から言っていただけるようにしなければならないと思っています。とにかく過ごすことが楽しい場所なので、子どもたちにも、大人の方々にも日常的に気楽に活用してもらいながら、自然と地域について学んでもらえるようにしたいですね」と立川さん。

リニューアルの際、立川さんがレイアウトを一新したいと強い思いを入れ込んだサンゴ礁がテーマの水槽。若かりし頃に沖縄県の慶良間諸島の海に潜って見た光景に感動してレイアウトをイメージしたそう。(画像提供:下関市立しものせき水族館「海響館」)
生き物の魅力を知ることは、海の豊かさを知ること。そして、その海を未来へ残していくことの大切さを考えるきっかけにもなります。楽しさの中で学びを届ける。そんな海響館の展示には、海や自然との新しい向き合い方が詰まっていました。

下関市立しものせき水族館「海響館」
公式ウェブサイト(外部サイトに移動します)https://www.kaikyokan.com/